第104話 黒き炎

 ―――カッ

「なっ!?」

 阿曽の腰からまばゆいばかりの光が発せられ、全員の注目が集まった。すぐ近くにいた温羅が阿曽に近付き、眩しくて目を閉じよろめいた阿曽を支えた。

「大丈夫か、阿曽」

「温羅さん……。うん、大丈夫ですけど」

 ようやく光が落ち着き、阿曽は自分の腰に目をやった。すると日月剣ひつきのつるぎの鍔に彫られた日と月と星、それぞれの一部に嵌められた石がわずかに残った光を零した。

「今、剣が光って……」

「ああ。これは一体」

 二人して顔を見合わせるが、答えなどでない。仕方なく、阿曽は剣を抜いた。何か変化したということもなく、首を傾げる。

「―――くっ。何だ、今の光は?」

 はっと阿曽が顔を上げれば、人喰い鬼が満身創痍のままでこちらを睨みつけている。ぼろぼろな肢体ではあるが、その戦意は衰えを知らない。

 人喰い鬼の剣が阿曽に向けられ、そこから光速の勢いで切っ先が飛び出して来る。空を斬るそれは、阿曽の喉笛を斬り刻もうとした。

「っ!」

 阿曽は無意識に剣を振り切る。すると、その瞬間に太陽と見紛う光が弾けた。

「え……――――」

「ぎ、ぎゃああああぁっ」

「阿曽!?」

 ぽかんと立ち尽くす阿曽の前で、人喰い鬼の腕が燃えていた。それは光に焼かれたようにただれ、苦しみのたうつ。

 ぎょっとした須佐男が阿曽の方を見て、何かを察した。大蛇と晨と宵を見やり、温羅に頷く。

「阿曽、よくやった!」

「え……? あ、はいっ」

 戸惑うままに返事をした阿曽だったが、須佐男が再び人喰い鬼に向かって行く様を見て、己を鼓舞する。

(俺は、もう立ち止まって何も出来ないなんて嫌だ。……必ず、父上も取り戻す)

 阿曽の心情に呼応するように、日月剣が温かくなる。それは、阿曽を勇気付けているかのようだった。

 見れば、宵が放った矢が人喰い鬼を拘束している。更に晨と大蛇が隙を作り、人喰い鬼の懐に入り剣を的確に振り回す。温羅は、自在に伸び晨たちを邪魔する刃を斬り刻んで回る。

 その混乱に隠れ、須佐男は時を待っていた。自分の元へと駆けて来た阿曽を見下ろし、ふっと口元を緩ませる。

「阿曽、わかるか?」

「何が、ですか」

 須佐男が言わんとすることがわからない。阿曽は正直に問い返すと、首を横に振った。その仕草に、須佐男はくっと喉で笑った。

「次の一手で、戦いが終わる」

「一手で……。須佐男さん、実は――」

 ごくりと唾を呑み込み、阿曽は夢で阿曽媛に教わった内容を須佐男に話す。温羅たちも聞き耳を立てながら戦っているのがわかった。何故なら媛の名を阿曽が口にした瞬間、温羅の動きが鈍ったからだ。

「―――へえ」

 須佐男は天叢雲剣あめのむらくものつるぎを立て、敵を見据えながら相槌を打つ。実の兄である日子ひるこが囚われていると知り、須佐男は人喰い鬼を睨む目の力を強めた。

「なら、倒す前に訊き出さないとな。兄貴を閉じ込めたその訳と、天岩戸あまのいわとの場所を」

「はい」

 須佐男の隣で阿曽も日月剣を構える。背中を半分合わせ、切っ先を揃えて人喰い鬼を見据えた。

 温羅の顔が見える。自分の血に濡れながらも、懸命に刃を斬り捌く。

 大蛇は素早さを活かし、翻弄する動きで人喰い鬼に確実に迫る。

 晨は大胆に刃の中に突っ込んでは、人喰い鬼の本体を狙う。

 宵は背中の怪我を押し、温羅たち三人の援護を確実にこなしていく。

 人喰い鬼は彼ら全てを相手取りながら、確実に消耗の一途を辿っていた。彼自身は認めないだろうが、翼となった瘴気が当初の勢いを失っている。

「……」

「……」

 須佐男と阿曽は同時に頷き、共に地を蹴った。

「ガアッ」

 最早獣のように咆えると、人喰い鬼は剣を持たない左腕を前に突き出した。するとその手のひらから、黒い水流のようなものが勢いよく飛び出す。先が裂け、咆哮する。

「竜、か!」

 黒炎の竜が、深淵の瞳でこちらを凝視する。真っ直ぐに阿曽へ向かって空を駆ける。

「阿曽、躱せ!」

「嫌です!」

 須佐男の言葉を突っぱね、阿曽は竜と真正面からぶつかった。

 阿曽は剣を思い切り振り下ろし、竜は咆哮と共に大きく開けた口で剣を受け止めようとする。

「負ける、かあぁぁっ!」

 阿曽の瞳が赤から黄を含んで橙に輝く。それに応じて剣も輝きを帯び、光を纏った阿曽が竜を斬り裂いた。

 ――――――ッ!

 声にならない断末魔を上げ、黒竜は消滅した。同時に、人喰い鬼は左腕を失う。

 竜と運命を共にした左腕が落ち、人喰い鬼は顔をしかめた。その憎々しげな瞳は橙に輝く阿曽に据えられ、阿曽も臆することなく見返した。

 ザク。一歩踏み出し、阿曽は人喰い鬼に向かって口を開いた。

「お前に、訊きたいことがある」

「……」

「俺の父、日子は何処にいる。そして、何故父を閉じ込めた?」

「……それを知って、如何する」

「決まってる。俺は、父に会いに行く。……最早、記憶の中にしかいない。その記憶を上書きする」

 思い出の中の父ではなく、現実に共に暮らす父という存在にしたい。阿曽の密かで儚い願いだ。

「阿曽……」

 温羅を始め、仲間たちは阿曽の切実な声に言葉を失っていた。皆が阿曽の気持ちを汲み、余計な手出しはしない。ただ、見守る。

「く、くく」

 喉を震わすように嗤い、人喰い鬼は歪んだ笑みで阿曽を見返した。

「そんなの知りたいか。日子の行方を?」

「ああ、知りたい。……お前を倒し、堕鬼人を救って、父上と会う」

「それを望むなら、我が残した者たちを倒すことになるだろうな」

「……?」

 人喰い鬼の言う『残した者たち』に心当たりがなく、阿曽は眉を顰める。しかし人喰い鬼も答えるつもりはないらしく、大きく剣を振り回した。

「……来い、落とし子よ。お前の光、我が闇にて呑み込んでやろう」

「必ず、取り戻す」

 光と闇がぶつかり、火花を散らした。

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