第77話 対留玉
キリキリと弓を引き、
「ふふ。そんなに構えられると、逆に外したくなりますね」
「わたしはいつでもいい。負ける気など、ないものでね」
「それは楽しみだ」
笑うと同時に、矢が飛ばされる。真っ直ぐ自分に向かった矢を剣で叩き落とそうとした温羅だったが、その矢の軌道に変化を感じて跳びすがった。
「くっ」
ただ真っ直ぐに飛んで来るだけならばよかったが、温羅にあたる直前に分裂したのだ。三つに分かれた矢は、生きているかのように温羅を翻弄し、確実に息根を止める急所を狙って来る。
一本は横を通った瞬間に剣で斬り折り、残りは二本。しかし、どちらも捉え切れない。
矢を躱し、温羅は矢を捉える隙を探す。そうして右往左往しているように見えたのか、留玉はくっくっくと引きつるように嗤った。
「ほら。そのままでは、やがてあなたを捉えるのは簡単そうですね」
「言ってな」
余裕のある笑みを見せる留玉に、温羅は一言を返すのみだ。それを不満に思ったのか、留玉は手のひらに収まる大きさの青色の棒を取り出した。
留玉は棒を軽く宙に放る。すると棒は一瞬のうちに伸び、
「まだまだ行きますよ!」
その宣言通り、留玉は宙の矛を掴むと同時に温羅に向かって駆け出した。飛び回る矢を落とすことに気を取られていた温羅は、己の腹に向かって閃く金属の輝きに息を詰める。
「ぐっ」
「……おしい、躱されましたか」
鳩尾を突き刺そうとした留玉だったが、温羅が反射的に体を引いたために
腹に触れた手に、赤い液体がへばりつく。ああ斬られたのだ、と他人事のように感じた。
力の半分ほどを怪我の治癒に回し、温羅は
矛をくるりと回して、留玉は微笑する。飛び回っていた矢は、今留玉の周りを動き回っていた。
「始祖の鬼と聞いていましたから、どれほどの力を秘めているのかと思いきやですね。私のような学者無勢に後れを取るとは」
「……あんた、煽るのがうまいな」
「お褒めに預かり嬉しいですね」
冷水のような温羅の声色にも、留玉はあくまで丁寧に接する。それが本気か演技か、温羅には判断が付かなかった。
だからこそ、温羅はヒュンッと振り下ろされた矛を弾いた。更に曲線を描きながらこちらへ向かって来る二本の矢を目の端に捉え、その場で跳んで躱すと同時に叩き斬る。連続で二本。
「ちいっ」
「ここからが本番だ!」
温羅は一歩下がった留玉に瞬時に近付き、彼の懐を狙う。右上、横、左下。それぞれからの剣技を流れるように成し、留玉を追い詰める。
留玉は温羅の刃を躱し続けていたが、運悪く己が放ち温羅によって折られた矢の残骸に足を取られてしまった。よろけて地面に手をついた時、温羅が間近に迫った。
「終わりだ!」
突くようにして、温羅は剣を前へと動かす。その動きもわずかに怪我の影響で遅くはなったが、常人相手なら目にも止まらぬ速さだ。
あくまで、相手が常人ならば。
「……な、に?」
「残念ですが、これくらいの想定外は想定内なのですよ」
温羅は信じられないという顔で、留玉を凝視する。切っ先は、留玉の首筋に指一本分ほどの間を空けて止まっていた。
何故なら、温羅の右肩に一本の矢が突き刺さっていたからである。
じわじわと血が広がり、衣を濡らす。温羅は矢を引き抜こうとしたが、強烈な痛みを感じて思わず手を離した。
「やめておいた方が良いですよ。その矢は特別製でして、
凄いでしょう? 得意げな顔をする留玉に、自分の肩を掴んだ温羅が呻く。
「わたしは初めの矢から分裂した三本の矢、全てを壊したはずだ。なのに何故、四本目が出て来る」
「……私は一度も、一本を三本に分けたとは言っていませんよ?」
「!」
目を見開く温羅に、折角だから教えてあげましょうと留玉は楽しげに言った。
「確かに、主に動いていたのは三本でした。しかしそれらは全て、あなたが落としてしまいましたからね。呪術によって隠していたもう三本を見える形にしただけです」
「もう三本、だと!」
温羅の頬を一本が掠っていく。ピッと頬に亀裂が入った。それを拭う間もなく、温羅は気配のみで後ろから飛んで来た矢を躱す。
一瞬だけ見えた鏃は、一度撃ち付ければ外れにくいように鏃の方向とは反対向きにも
「矛に加え、飛び回る矢があなたのお相手です。……さあ、早くどうにかしないと負けてしまいますよ?」
歪んだ笑みを浮かべる留玉に、温羅は鼻で笑って返した。
「――はっ。何が相手でも、わたしたちは諦めるわけにはいかないんだよ!」
温羅は自分の肩に突き刺さった矢を力任せに引き抜いた。血飛沫が飛び、酷い傷口が露わになる。
痛みで顔をしかめた温羅だったが、血まみれの矢を投げ捨てた。そして、右手を握り締める。痛みがより走るが、今度こそは足を踏み締めた。小さく、己の力を呼び寄せる。
「……
――ボワッ
右手を起点として出現した赤い炎は、腕を軸として渦を巻きながら登っていく。そして、肩の傷を焼いた。
「―――ッ」
ジュウジュウと焼けるにおいと音が広がり、留玉は顔をしかめる。
温羅はそのまま右手に剣を握り締めた。すると、刃が明るい若草色に輝く。
「
温羅の力を阿曽媛の加護が支え、紅い瞳に紅蓮の炎を映す。腕を上った炎もまた、剣へと移って行く。
地を蹴り、温羅は跳躍した。幻術や自由自在の矢、そんなものに負けるつもりは毛頭ない。あるのは、仲間と共に人喰い鬼の首をかき切ることだけだ。
「―――
「おおおおおおぉぉぉぉぉぉっ!」
留玉の矛が温羅の首元へ突き出される。相打ちで倒れるつもりもなかった温羅は、一度彼の矛を弾いた。そして、再び跳躍すると躍り掛かった。
――ザンッ
「……あ」
見事、温羅の剣が留玉の腹を捉え、撫で斬った。赤い飛沫が宙を舞い、留玉はどさりと倒れ込む。
「くっ……。まさか、あなたに斬られるとは、思いもしませんでしたよ」
ヒュウヒュウと頼りない息を吐き、留玉が苦笑する。仰向けになり、皮一枚で繋がった下半身を見て再び苦しそうに笑った。
「しかし、喋れるものですね。……流石は人喰い鬼様、というところでしょう……か……」
がくり。見下ろしていた温羅の目の前で、留玉は目を見開いたまま事切れた。彼の目を閉ざしてやり、温羅は剣を血振りして鞘に収める。
じくじくと痛む肩に、今度は治癒の力を傾けていく。これで、完全とはいかずとも動かせるくらいにはなろう。腹の傷は血が止まり、落ち着いている。
「……三将も、人喰い鬼が創り出したっていうのか?」
立ち尽くす温羅の目の前で、留玉として生を受けていた者は
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