第78話 対楽々森

 近くで、四人分の戦う音が響く。それぞれに、仲間たちが命を懸けているのがわかる。

 須佐男は深く腹の内にまで息を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。目の前には、好戦的な瞳でこちらの出方を窺う青年の姿がある。彼の名は、楽々森ささもり

「須佐男っつったっけ? 俺の相手を買って出たんだ。楽しませてくれるんだろうな?」

「残念だが、お前を楽しませるつもりは微塵もない」

 須佐男は天叢雲剣あめのむらくものつるぎを鞘から引き抜き、構える。それを見て楽々森も腰の両側から一本ずつ、計二本の剣を抜き放った。

「俺はさ、戦うのが好きなんだよ。犬飼のように真面目なやつや、留玉のように戦いを実験の場としか見ていないやつとも違う」

「……」

 須佐男は楽々森の話を無視し、唐突に剣を振り下ろす。しかし楽々森は、さも当然といった動作でその剣を受け流した。

 それでも須佐男は間を与えることなく、次々と刃を楽々森と交える。キンッキンッという金属音が互いの耳を刺激する。

「―――っは」

 何度交わされたかわからない剣を弾き、須佐男は一度楽々森と距離を取った。楽々森も同様に須佐男から離れたため、須佐男は天叢雲剣を持たない方の左手を密かに動かした。腰に残した小さな剣を時へと放つ。

 楽々森は体勢を低くし、不敵に微笑んだ。地を蹴り、突進してくる。

「次はこっちから行くぜ!」

「来いッ」

 須佐男は、何処から来られても対応出来るようにと腰を低くした。そのお蔭か、真上から二本の剣を叩きつけられてもしのぎ切る。

 楽々森の赤い瞳と、須佐男の海色の瞳がかち合った。

(今だ)

 須佐男は心の中で呼びかけ、時へ飛ばした剣を引き戻す。出現場所を楽々森の背中後方と設定し、来い、と念じた。

 すると一部の空間が歪み、鋭利な刃物が現れる。放った時と同様の速さで楽々森の背中に突き刺さる。

「――甘いな」

「なっ」

 ――ドッ

 須佐男の腹の右側に、自らが放ったはずの剣が突き刺さっていた。それを信じられないという驚愕の表情で見つめる須佐男に、楽々森は鼻で笑う。

「お前、考えてることが顔に出るよな。常人には一瞬の変化は掴めないかもしれない。だが、俺をそれらと同等だと思ったら、大間違いだ」

「―――っ」

 未だ衝撃から立ち直れない須佐男に対し、楽々森は容赦ない。一度須佐男の元を離れると、今度は彼の腹を両脇から斬り抜くように両手を広げ、一気に交差させる。

 須佐男は咄嗟に腹に刺さった短い剣を引き抜き、天叢雲剣と共にその剣戟を受け止める。しかし力及ばず、短い方は刃を両断されてしまった。

「くそっ」

 そのままでは腹を斬られる。須佐男は天叢雲剣で受け止めた刃を力任せに弾き飛ばし、持ち換えてもう一方をも受け止めた。流石に片方を吹き飛ばされた楽々森は体の均衡が崩れ、思うように力が入らない。

 それでも須佐男の抵抗をいなし、楽々森はせせら笑った。

「殺せたと思ったんだけどな」

「簡単に、させるかよ」

 腹からはまだ血が流れている。傷口が塞がるのにはもう少し時がかかるだろう。

 わずかに上がった息の下で、須佐男は楽々森への対抗策を練っていた。読まれてしまうため、刃を時へ放つ技は使えない。そうなると、単純な剣技での戦いとなってくる。

(オレはまだ、真の力を取り戻していないんだろうな)

 温羅が目覚め、大蛇が取り戻した力。そして、少彦那から天恵の酒のありかを吐かせるために必要な条件だ。まだ乗り越えられていないのは、阿曽と須佐男のみである。

 時に干渉する。それが自分の真の力だと思っていたが、違うのだろうか。須佐男の中に、わずかな揺らぎが生まれる。

 揺らぎは技の切れとなり、目の中にも現れる。そして、それを見過ごす敵ではない。

「よそ見すんなよ!?」

「がっ」

 剣の柄の底を鳩尾に叩きつけられ、須佐男は近くの倉に頭からぶつかった。バキバキッと壁をぶち破り、中の床に打ち付けられる。壁材だった木の破片が腕に刺さり、鈍く痛む。

 破片を抜き、血だらけのそれを放り捨てる。それから、こちらへ突進してくる楽々森を迎え撃つため、須佐男は雑念を振り払った。

 今は、己が何者かを悩む時ではない。須佐男は浮かんだ言葉を吐き出し、同時に剣を振り下ろした。

「――ざん

「何っ!?」

 楽々森の二本の刃は、須佐男を捉えるかと思われた。しかし何故か須佐男の前から後ろへと移動して、須佐男を傷付けることが出来なかった。

 まるで、須佐男のいる場所だけが切り取られ、隔絶されてしまったかのように。

「は?」

 一瞬前まで自分に向かって刃を向けてきた楽々森が、次には自分の後ろにいる。その状況についていけなかったのは、須佐男自身も同じだった。

「お前、何しやがった!」

「くっ、知るか!」

 振り向きざまに斬りつけてきた楽々森に応じて剣を斬り交わし、須佐男はもう一度後ろへ跳んで、体勢を立て直す。そして、今度は自ら言葉を紡いだ。

「斬!」

「―――かはっ!?」

 離れた位置にいるはずの楽々森の喉笛を、須佐男の剣が斬った。大量の血が赤い花となって四散し、目を見開いた楽々森が前に倒れ込む。

 須佐男が手元を見ると、剣の切っ先が消えている。見れば、楽々森の頭があった場所に切っ先が揺れていた。

「……そうか」

 つまり、須佐男が無意識に放った技『斬』は、敵と自分との間に隔絶を創る技なのだ。敵が向かって来た時に放てば、敵の攻撃を躱すことが出来る。自分が敵に向かって行く時は、もしも遠く離れていたとしても敵に剣技を届かせることが出来るのだ。

 須佐男は、両手を握り締めた。何となくではあるが、今までとは異なる感覚がある。これが『目覚め』なのかもしれないと思った。

「……楽々森」

 須佐男は剣を鞘に仕舞い、倒れた楽々森の傍にしゃがんだ。首を斬られ、命は残り少ない。警戒する必要もないだろうと考えたのだ。

「……っあ。す、さの」

 少しずつ広がる赤い水たまり。その中心で、楽々森は光を失いつつある目で須佐男を睨みつけていた。

「まさ、か。おま、の……を。目覚めさせ……はな」

「オレも驚いた。だが……お前は負けたんだ。最後に言うべきことはあるか?」

 須佐男は立ち上がり、天叢雲剣の切っ先を楽々森の胸に向けた。完全に動きを断つために、最期の決着をつけるために。

「……」

 少しずつ、楽々森の体が砂塵となっていく。足が崩れ、指が崩れ始めた。その様子をじっと見つめ、須佐男は待つ。

 すると、楽々森の唇がわずかに震えた。息が漏れるような言葉で、言い残す。

「おま、は。……ことさまに、ころ……れろ」

「……『ことさま』? おい、誰に殺されろって言った!」

「……」

 にやり。楽々森の唇が歪む。須佐男を最期に出し抜いたのだ。そのまま、目の光は永遠に失われた。

 須佐男は舌打ちし、砂塵の中に剣を突き立てた。




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