第67話 禁忌
柱が折れ、壁に穴が開いている。床にはぶち抜かれた穴が開き、何処からか入り込んだ砂ぼこりで汚れていた。また、壁には刃で着いた傷が何本も走っている。
「さて、どうしたものかしら」
天照が腰に手をあて仁王立ちしている。その周りでは、片付けに勤しむ阿曽たちの姿があった。
弟たちに混ざって作業をしていた月読は、ふと思い立って天照の元へと近付いた。
「姉上、
「成程、その手があったわね!」
パンッと両手を合わせた天照は、早速
「石土毘古って、誰なんです?」
阿曽は首を捻り、傍にいた須佐男に尋ねた。
「それは、石とか土とかを司る神の名だ。彼の元には、他にも家屋を造るための力を持った神が
須佐男によれば石土毘古の他、
そうこうしているうちに、手紙は燕となって空へ消えていった。それを確かめ、天照は阿曽たちを振り返った。
「ここはもういいわよ。みんな、ありがとう。……そうそう」
天照は須佐男を手招き、月読は弟の仲間たちを呼ぶ。
「須佐男。わたくしは、あなたに話しておかなければならないことがあります。そして、それはみんなにも聞いてほしいの」
「何だよ、姉貴?」
話の内容に思い当たる節がなく、須佐男はきょとんと目を瞬かせた。それは阿曽たちも同じである。
天照と月読は弟たちを無事な部屋に移動させ、彼らの前に座り込んだ。そして彼らを先に座らせて、天照が話し始めた。
「須佐男、あなたは『時』を司る力を思い出したわね。司るとはいえ、そこには禁じられたこともある。全ての行為が、神であることを理由に許されはしないわ」
「ああ?」
「天照さん、それってどういうことですか?」
須佐男が肩眉を上げ、大蛇が言葉として訳す。その連携を微笑ましく思いながらも、天照の斜め後ろに控えた月読が口を開いた。
「決して、時を戻してはいけません。お前が戻れなくなるから」
「……どういう意味だよ、兄貴」
「その通りの意味ですよ」
月読は淡々と、しかしはっきりと言い切った。
「強すぎる力には、それ相当の
「意味はわかるさ。だが、それと『オレが戻れなくなる』こととの関係性がわからないんだよ」
どっかりとその場に胡坐をかき、須佐男は頬杖をついた。月読の話を最後まで聞くための姿勢だ。それを知っているから、月読はその態度を咎めない。
「……時を戻す。それは、この世の
「だから、戻れなくなる、と?」
「そういうことです。―――おおまかにはね」
おおまかには。その言葉は、須佐男に聞こえないほど小さな呟きだった。だから、須佐男には前半しか聞こえていない。月読が突然自分を褒めだして、困惑する。
「兄貴は、オレを買いかぶり過ぎだよ。優しいなんて、そんな言葉はオレには似合わない」
須佐男は両手を頭の後ろで組み、苦笑する。その弟の頭を、天照が後ろから叩いた。ぺちん、と軽い音がする。
「地味に痛いな、姉貴」
「そんなこと言わないの」
文句を言う弟に、天照はもう一度拳をくれた。それから、少しだけ痛そうな顔をする。
「須佐男、決して禁忌を犯しては駄目よ?」
「大丈夫。絶対に犯さない。……約束だ」
天照の小指と須佐男のそれが交わり、約束がなされた。
翌日。須佐男は月読を相手取って、己の力を使いこなすための鍛錬をしていた。たった二人で夜明け前の時間から動くのは、いつ以来だろうか。
月読は決して戦闘向きではないのだが、誰よりも須佐男の癖を理解している彼だからこそ、この鍛錬には必要だった。
「須佐男、僕でよかったんですか?」
そう言いながら、月読は
「兄貴なら、何があっても大丈夫だろ?」
須佐男は天叢雲剣を構え、不敵に笑った。それから地を蹴って、月読の頭上を取る。
「自らあたりに……いえ、違いますね」
「!!」
月読の矢が放たれたのは、頭上にいる須佐男の方ではない。全く別の、自らの正面だ。
そちらを飛んだ矢は、何かにあたって弾かれる。その先に、小さな剣が落ちた。
「流石兄貴! わかってんな」
「あなたがわかりやすいんですよ。あの剣を時へ放って今呼んだのでしょう?」
現代の言葉で言うならば、時間を伴った空間転移を行なっている。ただ空間を移動するだけではなく、そこに時間というくくりが生じるのだ。
「正解―――どわっ」
月読は矢を放った直後に落下してきた須佐男の手首を掴み、投げ飛ばした。剣を振る時すらも与えない早技である。
木の幹にぶつかり、須佐男は起き上がった。これくらいでは、多少の痛み以外感じない。再び飛び出そうとした時、額に弓で引き絞られた矢の先端が触れた。
「今回はここまでですよ。きみには、まだ行くところがあるでしょう?」
「お預けか。わかったよ」
降参だと須佐男が言うと、月読の弓矢が離れた。
弟に手を貸して立ち上がらせ、月読は彼の背を押してやる。
「そろそろ行かなければいけないのでしょうが……その前に、一度姉上のところに行きなさい。大切な話がありますから。仲間たちもそちらへ行くよう言ってあります」
「大切な話? オレのこと以外で、まだ何かあるのか?」
須佐男が首を傾げると、月読は首肯した。
「ええ。――阿曽くんについて、少しわかったことがあるのですよ」
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