第61話 ただいま
―――カッ
「うわっ」
光が弾け、阿曽は吹き飛ばされて温羅に受け止められた。
「大丈夫かい、阿曽」
「あ、はい。……あっ、八岐大蛇は!?」
ほっとしたのも束の間。阿曽が顔を上げると、八岐大蛇は咆哮して苦しみもがいている。尾が凶器となり木々を粉砕して、吐き出される水飛沫が地面をえぐる。
須佐男はこちらに向かって来る木の欠片や水を剣で打ち弾き、仲間二人を守り切った。
「くそっ。最後まで世話の焼ける……!」
悪態をつくのは、最早ご愛敬だ。
やがて暴走は徐々に静まり、八岐大蛇の動きがぴたりと止まる。どうしたのかと阿曽たちが顔を見合わせた瞬間、八岐大蛇が断末魔にも似た声を上げた。
「―――――……!」
再び八岐大蛇は光に包まれ、その眩しい光が阿曽たちの視界を奪う。
「……?」
阿曽はしばらく目を閉じた後、ゆっくりと目を開いた。温羅に抱き締められるように支えられ、目の前には棒立ちになっている須佐男が見える。温羅の顔を見上げれば、彼も顔を硬直させて何処かを見つめている。
「須佐男さん、温羅さん……?」
「……阿曽、見てみろ」
須佐男に促されて指差された方向に顔を向けた阿曽は、彼ら二人が固まった理由を知ることになる。
「大蛇、さん……」
彼らから少し離れた空中に、元の姿に戻った大蛇が浮いていた。目を閉じ、顔を伏せがちにして、薄い翡翠色の光をまとっている。八岐大蛇の姿は、もうない。
須佐男と温羅、阿曽が恐る恐るの体で大蛇に近付いていく。
すると、突如として大蛇を包んでいた光が弱まり、大蛇が落下した。
「おわっ」
どさり。須佐男が思わず手を伸ばし、大蛇を受け止めた。しかし突然のことで耐え切れず、体の均衡を崩して尻もちをついた。幸い、抱きかかえられた大蛇は怪我をすることはなかった。
須佐男は体を起こし、自分よりも小さな大蛇の状態を確かめた。
大蛇の胸元の衣は破れているが、傷は綺麗に塞がっている。また八岐大蛇の姿であった時の傷はなく、須佐男はほっとした。
「大蛇、怪我は?」
「ない。綺麗に塞がってやがる」
「よかったぁ」
ほっと胸を撫で下ろした阿曽は、日月剣を握り締めた。
その時、須佐男は懐で動く気配を感じ、目を向けた。
「大蛇……?」
「うっ……」
身じろぎし、大蛇が薄く目を開ける。それから視線を彷徨わせ、自分を見つめる三人の顔に焦点をあてた。掠れる声で、仲間の名を呼ぶ。
「須佐男、温羅。阿曽……?」
「全く、世話のかかるやつだ」
「お帰り。戻って来たね、大蛇」
「お帰りなさい、大蛇さん」
須佐男は口調だけは怒っているが、その実顔は緩んでいる。温羅は大蛇の髪を
「……ただいま、みんな」
泣きそうな顔で笑い、大蛇が呟く。
彼の傍には、色を失った珠を
大蛇は須佐男の支えを断り、ゆっくりと立ち上がった。体が元に戻って時を経ていないために重く、思った通りには動かない。それでも一歩ずつ前に進み、大蛇は草薙剣を手に取った。
重く、のしかかるような剣。無色透明になった飾りからは、そこに封じられていた力が別の場所、つまりは大蛇自身に戻ったことを示している。
大蛇はその剣を持ったまま、薙ぎ倒されずに残った木へ向かって歩いて行く。その根元では、
「これは、きみに返そう。ぼくには、もう必要ないものだから」
そう言って、尊の傍に置いてやる。尊に今起きる気配はないが、起きた時、草薙剣の存在に気付くことだろう。
大蛇は自分のことを見守る仲間たちを振り返り、微笑んで見せた。同時に翡翠色の闘気をみなぎらせる。
「力は戻ったみたいだ。これで、また一歩天恵の酒に近付いたね」
「わたし、大蛇か。次は、阿曽か須佐男か」
指折り数えた温羅が、隣に立つ二人を見る。須佐男は温羅の視線を受け止め、両腕を上げて手を頭の後ろで組んだ。
「オレの本当の力、ねえ。別に何処かに封じられているとか、そんなことはないはずなんだがな」
「俺は、日月剣を使いこなせるようにならなくちゃ」
意気込む阿曽に、須佐男は楽しげに提案した。
「なら、鍛錬の項目を増やしてみるか? 阿曽」
「本当ですか!? やります、やらせてください!」
「オレの力についても、どうせ強くならなくちゃ勝てないんだ。阿曽の鍛錬につき合いながら、身につけるべきものを考えるよ」
阿曽の頭を軽く撫でながら、須佐男は苦笑を浮かべた。本当に心当たりがないのだから仕方がない。
翌日から、本当に阿曽の練習項目が増えた。
体が回復したからと、大蛇と温羅も彼の状況を理解してある程度の準備は済ませてくれている。それに感謝しつつ、阿曽は日月剣を真っ直ぐに構え、最初の鍛錬相手である温羅の剣撃を受け、弾いていた。
「まだまだぁ!」
「くそっ」
温羅の剣はその鋭さと器用さを増し、思わぬところに突っ込んで来る。そのため、阿曽は温羅から剣さばきを学び取りながら、弾き返すか受け止めるしかない自分の姿勢を歯痒く感じていた。
大蛇はまだ本調子ではないというが、その素早い剣使いは見事だ。身軽に跳躍し、阿曽の隙を突く。
須佐男は相変わらず力業を得意とし、阿曽の腕がしびれるほどの剣撃を浴びせかけてくる。これが鍛錬だとわかっているのかと疑いたくなるほど、須佐男は本気で阿曽に向き合ってくれた。
鍛錬が終わると、野草や肉、米を中心とした朝食の時間となった。
阿曽は擦り傷切り傷を負った経験を糧に変え、自分を失わないよう考えなければ、そう思って鍛錬に取り組んでいた。
そういった鍛錬の日々が続いていたある日、突如高天原からの連絡が入った。白い燕が、紙片となって須佐男の手に落ちる。
―――助けて欲しい。
何を何から助ければいいのか。それは何も示されない。
須佐男を筆頭に天照の元へと向かうため、一度櫛名田の元へ戻ろうかという結論に至った。
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