温羅

第46話 二人の過去

 少彦那すくなひこなに本来の力を取り戻さなければ天恵の酒を渡せないと言われた阿曽たちは、一度山を下りていた。

 体を伸ばした須佐男が、くるりと仲間たちの方を振り返る。

「というわけだが、オレたちはどうすりゃいいんだ?」

「一先ず、神殿に戻ろう。その後、わたしや大蛇の力を取り戻しに行かないといけないのだろうけど……」

 ちらり、と温羅が大蛇を見る。大蛇と目が合い、二人は困った顔をした。

 彼らの反応に不自然さを見出みいだし、阿曽が首を傾げた。

「どうしたんですか、二人共?」

「いや……」

「まあ、ね」

 気が進まないのか、大蛇と温羅の反応は鈍い。見かねた須佐男が助け舟を出した。

「二人にとって本来の力を取り戻すってことは、なんだよ。阿曽」

「嫌なって。二人は、昔は違ったんですか?」

「違うというか、別人だな」

 そう言って、須佐男は珍しく苦笑いした。

「その辺りのことは、神殿で詳しく聞かせてやるよ。今はひとまず、戻ろうぜ」

「はい」

 阿曽は素直に須佐男に同意し、温羅と大蛇と共に天照たちが待つ神殿へと戻って行った。




 三日月が夜空を照らしている。

 部屋の中では松明がわずかな風に揺れている。天照と月読は須佐男たちから少彦那との会話を聞き、顔を見合わせた。

「本当に少彦那という神はいたのね。しかも、山津見と親しいとは驚いたわ」

「確かに山を統べる神と親交があれば、中つ国でのことを知っていてもおかしくはありませんね」

 二人共、まずは少彦那が人喰い鬼について少し知っていたことに驚いた。そして更に、話は温羅と大蛇の過去へと移って行く。

「二人の本来の力、ですか。ちょっと待っていてください」

 その場を離れた月読が大きな地図を持って来て、机の上に広げた。大きな竜の形をした地形が、阿曽の目の前に現れる。武海の地や客人の村の場所には、墨の字でその名が書かれている。

「これ、中つ国の地図ですよね」

「ええ。ここに、温羅と大蛇それぞれに所縁ゆかりの深い場所があります。その地を順に訪ねて行くのが良いでしょうね」

 そう言うと、月読は筆を取り出した。細く短いその筆には黒い墨が付いており、月読が地図の二か所を丸で囲む。竜の腹付近と背中にそれぞれ一か所ずつだ。

 天照が温羅を見て、首を傾げる。

「そういえば阿曽は、温羅と大蛇のことをどれくらい知っているかしら?」

「どれくらい、と言われても……」

 正直な話、阿曽は語れるほど温羅のことも大蛇のことも、ましてや須佐男のことも知らない。彼らが使う剣の名、闘気の色、そして彼らの性格は知っている。また須佐男が天津神で大蛇が地祇、温羅が鬼であることもわずかながら知っていることだ。

 正直にそう言うと、天照はころころ笑った。

「それはそうよね。では簡単に、本人たちから語ってもらいましょうか」

「「え」」

 それまで大人しくしていた温羅と大蛇が硬直した。しかしどれだけ嫌そうな顔をせども、天照に撤回する気配はない。月読はそ知らぬふりをし、須佐男は苦笑いを浮かべていた。

「……仕方ない、か」

 ため息をつき、温羅が軽く片手を挙げた。自分からが話すという合図だろう。

「結果だけで構わないわ。行けば全てわかるもの」

 そう言って、天照は嬉しそうに話すよう促した。

「では、本当に簡単に。……わたしは、鬼ノ城きのしろという城を持ってある地を治めていたんだけど、かなり暴政を敷いていてね。反乱を起こした部下と戦って負け、力の半分を封印されたんだ」

「え……」

「じゃあ、ぼくも」

 阿曽が驚きを隠せずにいる中でゆらりと片手を挙げ、大蛇も自身の過去を教えてくれた。

「ぼくは元々龍神なんだ。その強大すぎる力を持て余して近くの村々を焼いて回った結果、須佐男に退治されてしまったんだよ。しかもぼくの半身を草薙剣くさなぎのつるぎに封じて、やしろに預けてしまった。今ではその剣も誰かの手に渡っていて、簡単には力を取り戻せなくなってるんだよ」

「え……」

 言葉を失うという経験をした阿曽は、思いの外衝撃的な二人の過去を受け止め切れずにまばたきをした。

「え?」

「ああほら、阿曽が混乱しただろう」

 一気に話を詰め込み過ぎだ。須佐男に言われ、温羅と大蛇がすまなそうにする。

「すまないね、阿曽。かなり短くしたつもりだけど、わかり難かったかな?」

「今のぼくらと違うから、受け止め切れてないんだよね。大丈夫かい?」

「あ、いや……時を貰えれば大丈夫かと」

「阿曽、とりあえず深く息を吸って吐いてください」

 月読の言葉に従って息を整えた阿曽は、改めて温羅と大蛇を見た。

 温羅も大蛇も整った顔立ちだ。温羅は須佐男と同じ年頃に見えて阿曽よりは十歳程上に見えるが、大蛇は数歳上くらいにしか見えない。

 そんな二人の壮絶な過去は、阿曽には想像も出来なかった。

(でも天照さんは『簡単に』と言っていたから、本当は長い話なんだろうな……)

 途方もなさにごくりと喉を鳴らし、阿曽は首を左右に数回振った。

「いえ、大丈夫です。それに、温羅さんは温羅さんで、大蛇さんは大蛇さんですから。過去がどうあれ、俺は今のお二人を信じます」

 過去は過去であり、二人が過ちを反省して改めようとしているのなら問題はない。阿曽がそう言うと、温羅と大蛇は明らかにほっとした顔をした。いつも冷静で落ち着いている二人がそんな顔をするのは珍しい。

「―――っ、ふふっ」

 少し意外で、面白い。そう思った瞬間、阿曽は笑い出してしまった。

「お、おい」

「阿曽?」

「何笑ってるんだ?」

 自分では笑いを止められずにいる阿曽を唖然と見ていた五人も、顔を見合わせて笑い出す。

 笑う視界に、もう見慣れてしまった顔が並んでいる。阿曽はこれからも三人と一緒ならば何でも乗り越えられる、そう信じた。

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