第47話 鬼ノ城
翌日。阿曽たちは高天原を出て、再び中つ国へと降り立った。その中でも温かな日差しが射す、
四人が目指すのは、温羅が拠点を置いていたという
「もう何年も前のことだけど、あの頃は馬鹿だったよ」
きっと何年なんて
思えば、鬼は長命だという。また、神も年を取らずに生きていると聞いた。阿曽のようなただの人とは、時間の感じ方が違うのかもしれない。
「それにしたって、何処まで行くんだ? 鬼ノ城ってのはまだあるのかよ?」
歩き始めて二刻(約一時間)程経ち、早くも須佐男が音を上げた。辺りに民家もなく、何処に向かっているのかもわからない状況では仕方ないだろう。体は疲れているはずなどないのだから。
温羅は苦笑いを浮かべ、自分の前を指差す。
「あともう少しだ。あの山の中腹にあるはずだよ」
阿曽が温羅の指が向く方向を見やると、大きな山がそびえ立っていた。青々とした
「温羅さん?」
いつの間にか阿曽と大蛇、須佐男が先を行き、温羅は立ち止まっている。少し顔を俯かせた温羅は、阿曽の言葉に顔を上げた。
「いや、何でもないよ」
「……そう、ですか」
何か、思うところがあるのだろう。阿曽はそれを聞きたいと思ったが、大蛇に無言で止められた。
「大蛇さん、何でさっき止めたんですか?」
前を歩くのは、須佐男と温羅だ。その五歩分ほど後ろを歩く阿曽は、大蛇の袖を引いて尋ねた。前の二人には聞こえないよう、小さな声を出す。
大蛇は少し体を低くして、阿曽に合わせながら歩いてくれた。大蛇も小声で話す。
「温羅は、おそらくあまり鬼ノ城に行きたくないんだと思う。だから、それ以上の追及はやめておけって言ったんだ」
「でも、その嫌な理由を知らないと、何かあっても対処出来ません」
阿曽は腰の剣に目をやって、右手を添えた。
「俺は、日月剣を使いこなさなくちゃいけないんですから」
「……そしてぼくは、過去と向き合わなくちゃいけない、か。あの
「阿曽、大蛇。置いて行くぞ」
気が付けば、須佐男と温羅は手の届かない所まで歩いていた。どうやら阿曽と大蛇の歩く速さが遅くなっていたらしい。
「すぐ行く」
大蛇が大声で答え、阿曽を伴って駆け出した。
鬼ノ城が建つ山は、近くで見るとより巨大だった。
道はないかと見回していた阿曽の耳に、草をかき分ける音が聞こえた。その方向に目をやれば、迷うことなく山の中に一歩を踏み出している温羅の姿があった。
「温羅さん、わかるんですか?」
「勿論。昔、ここは庭だったんだから」
懐かしそうにそして何処か痛そうに微笑み、温羅は剣で道を切り開いた。彼が斬った先には石畳があり、人が作った歩くための道が続いていた。
とん。温羅は石畳に足を乗せると、仲間たちを手招いた。
「こっちだ。この道をたどれば、鬼ノ城にはそれほど時間はかからない」
昔、仲間と共に敷いた道だという。この道を使って麓の村に下り、食べ物や美しい女を盗み取って来たとか。それを聞いて引いた目をした阿曽に、温羅は苦笑いを見せた。
「言っとくけど、わたしは女人を盗んできてなど、誓ってしていない。それをしていたのは、血気盛んで退屈を嫌う者たちだ。……まあ、わたしもそれを止めなかった辺り、同罪だろうけどね」
「温羅さん……」
「温羅、歩けるか?」
阿曽と須佐男に気遣われ、温羅は意外そうに微笑んだ。
「まさか、阿曽のみならず須佐男にまで慰められるとはね」
「……温羅、沈めてやろうか」
「ごめん、それはやめてくれ」
軽口を叩き合い、四人は名もなき鬼を抱く山へと分け入る。何処かに獣がいるのか、うなり声が聞こえる。更に鳥の涼やかな声が聞こえ、この地の豊かさを示していた。
「……?」
ふと、阿曽は立ち止まった。それは、山には行ってから一刻(約三十分)程経った頃だ。何かが感覚の糸を揺らした。
「どうした、阿曽?」
温羅に尋ねられ、阿曽は首を左右に振った。
「いえ。ただ、何かいるような気がしただけです」
「何か?」
温羅はぐるりと周りに警戒の糸を張るが、何かが引っ掛かる気配はない。どうやら獣は近くに居るが、襲ってくる様子はない。
温羅の様子に自分の思い違いだと判断した阿曽は、手をひらひらと振った。
「すみません。何もいなかったですよね」
「うん。だけど、油断は出来ないから」
気を付けて。それを言い置くと、温羅は鬼ノ城を目指す足取りへと戻った。
先に登っている須佐男が、熊よけのためか大声で状況を説明してくれる。
「おい、もうすぐ着くぞ。向こうに石の壁みたいなものが見える。阿曽、へばってるだろうが、頑張れ」
「わ、わかってます」
肩で息をする阿曽は、空元気を出して岩場を登っていく。
気が付けば、四人の目の前には石造りの建物が建っていたであろう廃墟が姿を見せた。石積みは所々崩れ、壁がしっかりと真っ直ぐ立っている場所の方が少ない。
しかしその圧倒的な大きさに、阿曽は息を呑んだ。人一人と同じくらい大きな石がごろごろとしている斜面に、鬼ノ城はかろうじてその姿を一部取り留めていた。
「大きい……」
「懐かしいな。……ここが鬼ノ城だよ、みんな」
「この何処かに、温羅の半分があるわけだな」
「須佐男、何で少し楽しそうなんだ」
大蛇の呆れ声を聞き流し、須佐男は冷たい石の壁に手を添える。目を閉じて、気配を探る。
静かで静謐な森の中、一瞬の違和感が須佐男の頭を駆け巡る。しかし彼が目を開ける前に、仲間三人を背に守っていた者がいた。
「温羅!」
「ごめん、須佐男。これはわたしが相手をしなくちゃいけないんだ」
温羅の前に、木から飛び降りてきたものが立つ。目は血走り、身のこなしは軽い。
男は手にした剣の切っ先を温羅に向けると、喜びを噛み締める顔で笑った。
「―――久し振りだな、温羅」
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