第34話 暗闇の中で

 目にも止まらぬ速さで交わる二つの刃。

 阿曽は歯を食い縛りながら、桃太郎が繰り出す斬撃に耐えていた。

 それも長くは続かない。重々承知だが、阿曽には反撃する隙を与えないのだ。

「くっそぉ!」

 一瞬、桃太郎の動きが鈍る。その瞬間を見逃さず、阿曽は日月剣を彼女の脇に叩きつけた。しかしそれも浅く肌を斬っただけに留まり、桃太郎は軽い身のこなしで距離を取る。

 何処までも続く暗闇の中、足場は平坦だ。上り坂や凹凸があるわけではない。という意味では、動きやすい。

 それでも息は上がり、阿曽はこの場を切り抜ける術を考えあぐねていた。

「―――でもっ」

 再び飛びかかるように追撃する桃太郎を躱し、阿曽は血を流す頬を拭った。桃太郎の攻撃を受けた手は痺れ、剣を持つのも辛い。

 諦めるのは簡単だ。首を斬られればいい。心の臓を差し出せばいい。そうすれば、もう苦しまなくて済む。

 無表情な桃太郎から、何故かそんな誘惑が聞こえた気がした。阿曽自身の内なる声なのかもしれないが。

 運悪くまともに剣撃を受け、その衝撃で吹き飛ばされる。何処かの壁に打ち付けられることはなかったが、地面は阿曽を痛めつける。口の中を切ったのか、鉄の味が広がった。

「諦めないからなッ!」

 確かにまだ、拙い剣技だ。須佐男たちの足元にも及ばない。しかし自覚はしているし、努力も怠らない覚悟だ。

 跳び起きて飛んできた刃を弾き返し、阿曽は叫んだ。弱い自分の声を吹き飛ばすために。


「諦めの悪い野郎だぜ!」

 須佐男は桃太郎を剣撃で吹っ飛ばし、それでも追って来る桃太郎に辟易しつつも叫んだ。

 何度斬りかかっても躱される。ようやく届いた刃は彼女の頬をかするに留まり、須佐男がよろめいた瞬間をまた狙われた。

 須佐男は客人の村で桃太郎に斬りかかった。しかしいつの間にか暗闇の中に身を置き、今また桃太郎と剣を交えている。

「クッ」

 桃太郎を倒すのは、きっと難しくはない。胸を突いてしまえば済む話だ。しかしそれが案外難しく、何度目かの戦闘にも関わらず手こずっている。

 桃太郎から距離を取り、須佐男は飛びかかるようにして剣を叩きつけた。ギンッという重い金属音が耳を突く。

 無表情な桃太郎の顔には、苦悶はない。ただ凪のごとく、静かにこちらの息根を止めに来る。

 己を守る桃太郎の剣を押し、首に刃を近付けたい。しかし、簡単には届かずにするりと逃げおおせられてしまう。

 舌打ちをし、須佐男は天叢雲剣あめのむらくものつるぎを構えた。

「―――オレの刃を知ってるような戦い方しやがる」

 だとしても負けるわけにはいかないし、勝って仲間と再び会わなければならない。

 桃太郎の刃が須佐男の二の腕をかする。パッと散った鮮血を目にして、須佐男の目が据わった。


 ―――キンッ

 温羅は執拗な刃を弾き返し、桃太郎から距離を取った。

「しつこいな」

 嘆息したい衝動にかられたが、そうするほどの隙は与えられない。すぐに襲い掛かって来た無言の刺客に、温羅は全てを打ち返すという剣技で応じていた。

 何度か相手の剣が触れ、腕や足には刺し傷や切り傷が幾つも出来ている。その全ては浅いものだが、痛みがないわけではない。

「なんだか、こっちの癖を熟知しているような斬り方なんだよな」

 何度もこちらの息根を止めに来る桃太郎の剣。温羅は突破口を探しながら、隙を突いて彼女の右腕に狙いを定めた。

 腕や足を斬られれば、少なからず動きに影響が出る。その隙を突き、一気に勝負を決めてしまいたい。

 出来ることなら、この空間の何処かにいると信じたい仲間たちと合流したい。特に阿曽は、一人で敵と戦うにはまだ力が弱い。信じていないのではなく、信じているからこそ傍にいてやりたい。

 あの時果たせなかった約束を、今度こそは破らないように。

「―――まだ、わたしはから抜け出せていないようだ」

 自嘲気味に笑い、温羅は思いきり桃太郎に斬りかかった。


「さて、どうやって合流しようかな」

 右腕を斬られそうになり、咄嗟に出した左腕から血が流れる。

 大蛇は己の力で血を止めながら、桃太郎の動きを注視した。自分の攻撃が効いたと考えたのか、彼女は天羽羽斬剣を構える大蛇を正面から襲う。

 大蛇は一時的に力の入らない左腕は放置し、右腕のみでその重い剣撃を薙ぎ払った。

「くっ。……須佐男たちより弱いとでも思っているようだね。事実だけど」

 真っ直ぐに突き通すような剣を跳び躱し、大蛇は苦笑する。

 須佐男は嵐のような力を持ち、温羅も追随を許さない体術の持ち主だ。しかし大蛇は、とある理由から本来の力の半分しか持ち合わせていない。

 それでも、幼い容姿で侮られるのは我慢ならない性分なのだ。

 桃太郎の頬には、切り傷がある。血を拭う仕草をしていたから、痛みを感じないわけではないのだろう。

 タンッと桃太郎が跳び上がる。剣を両手で振り上げ、大蛇の体を縦に切り裂くつもりだろうか。

「そうはいかないよ!」

 大蛇は彼にとっては武骨な剣を速度をつけるために背後に構え、振り上げるようにして桃太郎の二の腕を斬った。

 溢れた鮮血が大蛇の顔にかかり、一瞬視界が閉ざされる。こういう時、最も危ない。

 大蛇は相手の殺意のみをなぞり、背後から振り下ろされた剣を転がって躱した。ザクッと桃太郎の剣が地面を割る。あれが触れたらひとたまりもなかっただろう。

「さあ、反撃だ」

 大蛇は顔についた血を袖で拭い、明瞭な視界を得て表情を改めた。

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