第27話 宝物の力

 月読つくよみの断言を聞き、須佐男はすぐさま動き出そうとした。

「よし、そうとわかりゃあ高天原に戻……」

「いや、須佐男たちはしばらく中つ国にいてくれませんか」

「なんでだよ!?」

 勢いを削がれた須佐男が頬を膨らませると、月読に代わって天照あまてらすが話し始めた。

「聞いて、みんな。高天原での天恵の酒探しは、一旦わたくしと月読が受け持つわ。その代わりに、みんなには堕鬼人を創り出す者を見つけ出してほしいの」

「そちらも目的の一つではありますが、何故改めて?」

「大蛇の言うことは最もね。……実は昨日、久方ぶりに饒速日にぎはやひさんから連絡を受けたの」

「饒速日さんが……?」

 長い間、高天原とのつながりを絶ってきたという饒速日。彼が自ら天照に接触を試みたということは、何か起こったのだろうか。

 天照は先程までの姉の顔から表情を変え、

「積もる話もあったのだけど、今はそれをのんびりと話す時ではないわ。彼は無沙汰を詫びた上で、桃太郎と犬飼と名乗る者たちに十種宝物とくさのかんだからが狙われたと知らせてくれた」

 その時、あなたたちの助けを借りたと感謝していたわよ。天照はそう言って、四人に微笑した。

「それぞれの力量を評価した上で、犬飼たちが何故宝物を狙ったのか調べて欲しいと頼まれたのよ。……受けてくれるわよね?」

「……その前に、何故十種宝物が封印を施された倉に仕舞われるほど大事にされているのか、お教え願えますか?」

 間髪入れずに首肯しようとした須佐男を制し、温羅が前に出る。

「温羅の問いは当然ね」

 天照は頷くと、胸の前で指を組んだ。

「十種宝物。それは饒速日さんが中つ国に降りる時、この高天原から餞別としてお渡ししたもの。そのとおの宝物は、全てが揃って初めて強固な結界を張ることが出来るの。……つ国からの瘴気を全て跳ね返すために」

「外つ国……」

「中つ国と高天原、そして黄泉の国。その三つだけで世界が出来ているわけではない。海の遥か向こうには、わたくしたちですら力及ばない者たちがひしめいている。……もしも結界が崩れてしまえば、この三つの世界は崩壊の危機に瀕するわ」

「……もしや、犬飼はその混沌を狙って?」

 温羅の言葉に、天照は浅く頷く。

「その可能性が高い、と見ているわ。更に広い世界を相手取るには、わたくしたちでは力が不足している。もしも犬飼たちが外つ国と結んでいるとすれば、結界を壊すことは必定」

「反対に考えれば、結界さえ保持し続ければ外つ国と奴らとの結合は成されません。そのためにも、奴らの背後にいると思われる全ての元凶を倒さなければ」

 月読が姉の言葉をつなぎ、補足する。「その通りね」と天照は微笑む。

「これが十種宝物を封じて守る意味と、元凶を探す意味。……引き受けてくれるかしら?」

「この国のみならず、世界さえ関わることであれば、断ることは出来ませんね」

 くすりと温羅は笑い、仲間たちの顔を順に見る。須佐男は勿論のこと、大蛇と阿曽も頷く。

「では、成立ということで。……櫛名田」

「はい」

 月読に呼ばれた櫛名田が進み出る。

は、封じてありますか?」

「勿論ですわ」

「なら、良いのです」

 櫛名田の返答に満足したのか、月読が天照の後ろに下がる。彼らの会話の意味をはかりかねる阿曽だったが、それは今問うべきではないだろう。

「では、頼みましたよ」

「任せてくれ。姉貴、兄貴」

 天照と月読の姿がかき消え、光も失われる。

 ほおっと息を吐いた櫛名田の肩に、須佐男が手を置く。

「助かったぜ、櫛名田」

「ええ……。やっぱり、あの方々とお話しするのは緊張するわ」

「高天原に戻らずに姉貴たちと話すには、ここしかないからな」

 さて、寝ようぜ。須佐男が大あくびをして、伸びをした。もう緊張感が抜けてしまったらしい。その早さに呆れた大蛇が、須佐男の背をどつく。

「痛っ」

「きみ、もう少しないのか?」

「もう少しって?」

「いや……もういいや」

 苦笑いを漏らした大蛇が、須佐男の肩を後ろから押した。

「明日から、また始まるんだ。寝るんだろう、須佐男」

「だな。……あ、そうだ。阿曽」

 廊下に出る直前で、須佐男は阿曽を呼んだ。何事かと首を傾げる阿曽に、にやりと笑ってみせる。

「明日の早朝、稽古するからな。覚悟しとけよ」

「はい」

 その手に掴んだ日月剣を握り締める。阿曽も温羅と共に、櫛名田のもとを辞した。




 月の出ない夜だ。この国には、もともと月も日もないのだが。

 岩肌がむき出しになった壁に手をつき、犬飼は浅く息を吐いた。既に桃太郎は中つ国に戻り、何処かで鬼を狩っていることだろう。

「力及ばずかい、犬飼」

「……楽々森ささもり

 キッと睨みつけるようにして顔を上げれば、そこには犬飼と同じく黒い衣装に裳を包んだ男が立っていた。坊主に近いほど髪を短く切っており、こちらをからかうような目が癪に障る。

 楽々森はくすくすと笑うと、ひょいっと一回転して後方に跳んだ。彼が先程までいた場所には、犬飼の回し蹴りが通り過ぎる。

 ちっと舌打ちした犬飼に、楽々森がまた笑った。

「そう怒るなって。あの御方も一度くらいの失態じゃ何もおっしゃらないよ。それにあの武海の地にある倉は、ちょっとやそっとじゃ破れやしないんだから」

「そうかもしれないが、お前に言われると腹が立つ」

「酷いな、仲間なのに」

 笑いを収め、楽々森は犬飼に顔を寄せた。周りを気にするそぶりを見せながら、囁く。

「あちらがこっちの目的に気付いた可能性がある。奴らを足止めするために、留玉とめたまがやってみたいことがあるんだってさ。俺らを呼んでるぜ」

「……そうか、わかった」

 犬飼は再び繰り出しかけた足技を収め、楽々森の背を追った。

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