第23話 次の場所へ

 饒速日にぎはやひ和珥わにと共に阿曽たちが一息ついたのは、夜が明けようとしている時間帯だった。ふうっと足を投げ出し、須佐男が天井を見上げた。

「はぁっ、ねみぃ!」

 饒速日と和珥は、四人を客間に案内すると引き上げていった。今晩の礼は明日すると言い置いて。阿曽たちは寝間着に着替え、汚れた服は畳んで置いている。

 すぐにでも寝てしまいたいとごねる須佐男に苦笑いを向け、大蛇は「その前に」と真面目な顔をした。

「まずは、傷の手当てをしないと。特に阿曽」

「え、俺ですか?」

 目を瞬かせる阿曽に、大蛇は大きく頷いてみせた。

「勿論だろう? だってきみが一番重症なんだから」

「え? あ、ほんとですね……」

 阿曽は、自分以外が普通の人ではないことを失念していた。須佐男は高天原の神であり、大蛇は地祇くにつかみであり、温羅は始祖からつながる鬼だ。彼らの治癒力は、阿曽の比ではない。今もまさに、少しずつ傷が治っていっている。

 対して阿曽自身はと言えば、桃太郎との立ち回りで体中に傷を負っていた。頬の傷は深くはないが赤い筋ができているし、二の腕や腿には擦り傷切り傷が幾つもある。

 いつの間にか席を外していた温羅が戻って来て、阿曽の前に腰を下ろす。その手の中には、何かが入っているらしき手のひらに乗る大きさの壺があった。

「ほら、まずは腕出して」

「温羅さんそれ……いっ」

 何かを塗りつけられ、傷に痛みが走る。阿曽がビクッと反応するが、温羅は苦笑しつつも手を止めない。緑色のべたつくものが、阿曽の患部を覆っていく。

「これは、饒速日さんに頼んで貰って来た塗り薬だ。薬草とかをすりつぶして作るらしいけど、持ち合わせがなかったから、丁度良かったよ」

 次は頬、そして足にもその薬を塗り込まれる。初めは抵抗していた阿曽も、温羅の気持ちを汲んで痛みがあっても我慢するようになった。

「よし、終わり」

「なんか、べたべたしません?」

「少し経てば色もべたつきも消えるって聞いたよ。朝起きる頃には気にならなくなってるだろうね」

 壺の口を栓で閉じると、温羅はそれを荷物の中に片付けた。阿曽はまだ気になったが、薬を洗い流すわけにもいかない。素直に状況を受け入れた。

 十種宝物を守る戦いが終わったことを実感し、阿曽は「ふわぁっ」と大あくびをした。それにつられるようにして、須佐男も口を開けてあくびをした。そして、そのまま筵に倒れ込んだ。

「眠っ。明日のことは明日考えようぜ……。おやす……」

「早っ」

「よっぽど疲れたんだな」

 阿曽のツッコミに笑いながら、大蛇も横になる。

「ぼくらも休もう。夜中の戦いは、考えを鈍らせる」

「そうしようか。阿曽、大蛇、おやすみ」

「おやすみなさい……」

 すぐに、隣からは寝息が聞こえてくる。三人分のそれに安心感を覚えながら、阿曽はゆっくりと睡魔に身を委ねていった。


 翌朝。朝餉あさげに招かれた阿曽たちは、饒速日と向かい合った。

 阿曽の傷につけられていた薬は、温羅の言う通り綺麗に乾いてわからなくなっていた。傷も昨日程は痛まない。

 食卓には、炊いた米と菜っ葉の汁物、それに漬物という大君身分の者としては質素で素朴な食べ物が並ぶ。

「昨晩は助かった。改めて礼を言わせてくれ」

 饒速日は深く頭を下げ、須佐男たちは「やめてください」とすぐさま顔を上げさせた。「しかし」と躊躇う饒速日に、須佐男は苦笑いをする。

「オレたちは、首を突っ込んだだけです。十種宝物を守り通したのは、饒速日さんの力のお蔭ですよ」

「そうです。結界が破られれば、戦いに勝っても負けていましたから」

 温羅も須佐男に同意する。顔を上げた饒速日に、大蛇と阿曽も頷いてみせた。

「そんなことより、朝餉を食べましょう。オレ、腹減ってるんです」

 ぐるるる……。須佐男の言葉に応じるかのように、彼の腹の虫が鳴った。その場にいた全員が驚き、また笑った。

 朝餉は穏やかに進み、阿曽たちは饒速日との会話を楽しんだ。高天原のことや中つ国のことを話題にした。そうして食器が片付けられた後、本題に入った。

 饒速日が須佐男に問う。

「これから、お前たちはどうするつもりだ?」

「オレたちの目的は、堕鬼人をなくすこと、そして人を鬼と成す者を討つことです。……神域を守る巫女に心当たりがあるので、まあ、彼女に助言を貰いに行きます」

 少し歯切れの悪い言い方をする須佐男に、阿曽は疑問を抱いた。しかし、それは特に問題ではないだろうと蓋をする。

「……そうか。ははっ」

 須佐男の答えを聞き、饒速日が笑いだした。目を見張る阿曽を置いて、温羅と大蛇も忍び笑いを漏らす。須佐男はと言えば、少し頬が赤いだろうか。

「そうか、に会いに行くか。ならその前に、あいつに会うことも出来よう」

「あいつ?」

「そうだ、温羅。あいつは、高天原を恨み、それでいて高天原との深い関係性を捨てきれない、中つ国の武人だ。名を――香香背男かかせおという」

「……かかせお」

 呟く阿曽に、饒速日は「まあ、簡単に話が分かるやつではないがな」と乾いた笑みを見せた。須佐男には覚えがあるのか、苦虫を噛み潰したような顔をしている。

「……そちらは、まあ、機会があれば」

「それでいい」

 饒速日は須佐男の微妙な反応を肯定し、和珥に命じて何かを持って来させた。それは巾着袋と小壺、それに新たな衣服だった。

「巾着の中身は、弾薬だ。壺には温羅に渡したのと似たような塗り薬が入っている。また、衣服はお前たちのそれがぼろぼろだったのでな、使えなくなった時にでも着てくれればいい」

「ありがとうございます。助かります」

「ああ、武運を祈っているぞ。何か助けが必要なら、いつでも尋ねろ」

「はい。お元気で」

 それらを受け取り、四人は武海の地を後にした。





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