第22話 結界保持
ザンッ
桃太郎は須佐男たちの包囲網を抜け、阿曽の目の前に降り立った。
「「「阿曽ッ」」」
三人分の異口同音が響き渡る。温羅がこちらへやって来るのが見える。しかし、間に合わない。
「―――鬼は、死ね」
「絶対、嫌だ!」
桃太郎の振り下ろした剣を転がって躱した阿曽は、勢いをつけて立ち上がった。その眼前には既に桃太郎が到達していたが、阿曽はひるむことなく剣を構えた。
金属音が響き、二つの剣が打ち合う。
阿曽は、少しずつ劣勢に追い込まれていることを自覚した。じりじりと桃太郎が押し込んで来る。このままでは、隙を見て首を
真っ直ぐに、阿曽は桃太郎の瞳を見た。その淡い青の瞳は、焦点を結んでいない。以前出会った時、彼女には心の起伏が認められた。
やはり、おかしい。
しかし今、それを尋ねるような余裕はない。敵を殺すことしか考えていないような動きをする桃太郎に、問うたところで無駄だろうが。
問うべき相手は、彼女ではない。
どうにかして、この難局を脱しなければ。力任せに桃太郎の剣を押し返そうとするが、びくともしない。
すると何を思ったか、桃太郎は突然剣を持つ手の力を抜いた。
「―――うわっ」
使った力の分だけの反動を受け、阿曽の体は前につんのめる。受け身を取ろうとするが、がら空きになった背中を桃太郎に晒してしまう。
「はあっ!」
真っ直ぐに、首を狙って剣が振り下ろされる。
それでも、阿曽は桃太郎が予測したのと反対の行動をとった。刃が打ち合うことを恐れず、転げると同時に剣を突き出してきたのだ。
「―――!」
阿曽の剣は桃太郎の頬をかすり、彼女の顔に傷をつける。つ、と流れ落ちた一筋の赤い血を、桃太郎は驚きの顔で指を使いすくった。
「阿曽、よくやった」
「温羅さんっ」
桃太郎と阿曽の間に跳び下りた温羅は、その背に泥だらけの阿曽をかばう。そして桃太郎の次の攻撃に備えた。
「……」
桃太郎の視線が二人の後ろに向けられる。頬の傷はもう気にしていないようだ。
彼女の視線の先には、結界を創る
桃太郎は、跳躍した。真っ直ぐに、饒速日の頭上をとらえる。
饒速日は、チッと舌打ちした。彼女が落ちると同時に陣が乱されれば、結界は崩れて宝物が盗まれてしまう。それだけは避けなければ。
「温羅、そいつを斜めに落とせ!」
右手で描いていた陣のすぐ上に、新たに結界を描いていく。もしも桃太郎がその上に着地しても、簡単には破れない強固なものを。それでも、もしもは存在する。だから、温羅に桃太郎の落下地点をずらすよう頼んだのだ。
「はいっ」
温羅は饒速日の意図を正確に読み取り、桃太郎に向かって剣撃を放った。風の刃のようなそれを、桃太郎は躱すか打ち払うかしなければならない。
結果、着地点はずれた。
同時に、倉の結界が完成する。
「……おや、間に合わなかったか」
犬飼は、倉の上にいた。その足元の屋根が修復されていくのを見て、嘆息する。
「やれやれ。機を逸してしまったか」
「まだ終わっちゃいねぇぞ!」
須佐男が剣の切っ先を犬飼に向け、吠える。その対角には大蛇がいて、こちらも犬飼を睨みつけていた。二対一の戦いは、
隣の倉の上から助走をつけ、須佐男が跳び上がる。その勢いのまま斬りかかるが、犬飼は余裕の笑みを浮かべて腰に手をやった。
「では、置き土産と行きますか」
犬飼は細身の剣を取り出すと、須佐男を真っ向から受け止めた。そして、目を見張る彼の剣を弾き返した。
「くっそ」
「ぼくが行く!」
ひらりと体勢を立て直し、須佐男は再び剣を構え直す。大蛇はその翡翠色を剣にまとわせ、剣撃を放った。
大蛇の攻撃は流石に受け止め切れず、犬飼は数歩後ずさった。
しかし、「はっ」という気合と共に斬り伏せてしまう。
「今のは、少し危なかったか」
本心からはそう思っていないであろう笑みを浮かべたまま、犬飼は懐に手を入れた。何を取り出すかと身構えた須佐男と大蛇の前で、光が弾けた。
暗闇の中、発生した光だ。目くらまし以上の効果を上げ、須佐男たちのみならず、地上にいた阿曽たちの目も潰す。
犬飼は桃太郎を指を鳴らすことで呼び戻し、動けずにいる須佐男たちを見やった。
「では、また会おうか」
その言葉と共に、二人の気配が掻き消える。
「待ちやがれ!」
須佐男が闇雲に手を伸ばすが、つかめるはずもない。
やがて慣れて阿曽が目を開けると、そこには焦げた建物と須佐男たちの姿があった。
どさっと座り込み、饒速日が大きなため息をつく。
「はあ……。間に合った」
「お疲れ様でした、饒速日さん」
「お前らもな、温羅。お前があいつをそらしてくれたお蔭だ」
力を使い過ぎた、と饒速日は疲れた顔で微笑んだ。そこへ和珥が走り寄って来て、主の無事を喜んだ。
「よかったです、主。あなたを失ったらと思うと、気が気ではありませんでしたよ!」
「おいおい、縁起でもないこと言うな。我は、そう簡単にくたばったりはしない」
「それでも、あなたはこの国に必要なお人なんですから」
そんな主従の会話を聞きながら、阿曽は犬飼に聞きそびれた疑問を胸の中に仕舞った。桃太郎が変わったのは何故か、という問いを。
「阿曽」
「……温羅さん」
「一先ず、饒速日さんの館に戻ろう。全てはそれからだろう」
温羅の後ろから、傷だらけの須佐男と大蛇も歩いて来る。
「ああ、行こうぜ。姉貴たちに知らせないといけないことが、また増えたな」
「面倒だと顔に書いてあるぞ、須佐男」
「正直なだけだ」
ぐいっと頬の傷を拭い、須佐男が笑う。それを見て、阿曽は頬を膨らませた。
「それよりも、三人共怪我の手当てが先です!」
阿曽に本気で叱られ、須佐男たちは目を丸くした。そして、顔を見合わせ、吹き出してしまう。
「……ふっ」
「くくっ」
「あはっ」
「な、何なんですか!? 俺、変なこと言いました?」
温羅、須佐男、大蛇が三者三様の笑い方をして、阿曽は何故笑われたのかと思わず顔を赤くした。「そうじゃない」と肩を震わせていた温羅が、阿曽の頭を撫でる。
「心配してくれたんだろう? わたしたちの体はそれほど弱くないから、大丈夫だ。……でも、ありがとう」
「そうそう。お前のその優しい所、オレは好きだぜ」
「そう言う阿曽も、怪我の手当てしないとね」
温羅だけでなく、須佐男と大蛇も無遠慮に阿曽の頭を撫で回す。その行為がこそばゆく感じられて逃げ出したくなったが、反対に心地良い感覚も阿曽の中に芽生えていた。
須佐男たち三人からは、桃太郎と犬飼と戦っていた時の力の気配は感じられない。阿曽は、あの気配に身に覚えがある気して、内心首を傾げていた。
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