第12話 襲撃

 温羅うらが表に出ると、焦げ臭い。その出所を探せば、遠くで燃え盛る炎が見えた。

「村が、燃えている……!?」

 家々の燃えるにおいの中に、別のものが焦げるにおいが混じる。そして、また別の生き物のにおいも。

「温羅さんっ」

阿曽あそ。……中にいてくれと言わなかったかい?」

「ごめんなさい。でも……この焦げ臭いにおい、家の中にも漂って来てましたよ」

 火柱が上がる。悲鳴が聞こえる。呑み込まれる。何かがおかしかった。

 阿曽に続き、須佐男すさのお大蛇おろちも顔を出す。彼らに伴われ、五十鈴いすずも村を目にして瞠目した。

「は、早く助けに……」

 そう気持ちは逸るものの、五十鈴の体は恐怖でその場に縛り付けられていた。そんな彼女に、阿曽が声をかける。

「五十鈴さん。俺たちが見てくるから、待っててください」

「え……?」

 五十鈴の返事を待つことなく、阿曽は一人で走り出した。手には、五十鈴の家に置かれていた細長い薪が握られている。それを見て、須佐男たちは顔を見合わせ、ふっと笑う。

「行くか」

「だね」

「ああ。あの子を一人には出来ないから」

「五十鈴、そういうわけだ」

「え、ちょ……」

 三人も、五十鈴の返答を聞かずに阿曽を追った。


 木々に囲まれた村とはいえ、幸いにも火の回りは早くない。家と家との間隔が広いせいだろうか。今のうちに消し止めれば、五十鈴の家にまで被害を広げることはないだろう。

 阿曽は逃げ惑う村人たちの間を突っ切り、場所を目指した。炎で焼け焦げたにおいではなく、別の存在を表すにおい。

「いたっ」

 そこは、村長の邸だった。何人もの堕鬼人に取り囲まれた村長が、手に剣を持って応戦している。村長の周りには彼の部下らしき人々が数人いて、共に戦おうとしている。周囲に目を走らせれば、逃げ遅れた人たちが他の堕鬼人に追いかけられて悲鳴を上げていた。

「……おかしい」

「わっ。……温羅さん?」

 再び駆け出そうとした阿曽の肩を掴み、温羅が呟く。

堕鬼人だきには基本的に、群れない。単独での行動を好む傾向にあるんだ。複数で行動するとしても、それは目的を同じくする者たちだけのはず。……胸騒ぎがする」

「温羅、今はそんなことよりも村人たちを助ける方が先だよ」

 隣を駆けて行った大蛇にそう言われ、温羅は苦笑する。

「そうだった。行こうか、阿曽」

「はいっ」

 とっくに村長のもとへ到達していた須佐男が、剣を振り回す。村長が何か言っているようだが、須佐男は完全に無視を決め込んだ。

 突然の須佐男たちの登場に、堕鬼人たちが困惑を示して動きを鈍らせる。その隙を突き、須佐男たち三人が堕鬼人の息根を止めていった。

 ある者の胸を突き刺し、ある者の首を撥ねる。

 温羅は、村人の腕をねじ上げてその首をかこうとしていた堕鬼人の手首を剣で斬り分けた。

「ぎゃあああぁぁぁっ」

「早く、今のうちに」

 村人を急かし、その場を離脱させようとする。腰が抜けたのか、彼女は四つん這いになって堕鬼人から離れようとする。しかし、既に手を失った痛みを忘れた堕鬼人が真後ろに迫った。

 その堕鬼人は、他に比べると人から変化してからの期間がまだ短いようで、何かをぶつぶつと呟きながら歩いて来る。

「……こ、どうして……。どうして、あんなやつを選んだんだっ」

「ぐぁっ」

 堕鬼人が女人の首を掴み、地面にねじ伏せる。その力はたがを外しているのか、ギシギシと骨がきしむ音がする。堕鬼人の両手は、もう再生していた。

 やはり、命を潰えさせなければ終わらないのだ。

「くっ……」

 温羅は一度目を閉じると、見開くと同時に一閃した。

「―――っ、かはっ」

「大丈夫、ですか?」

「ひっ」

「……あ」

 女人の怯えた表情を見て、温羅は今自分が赤い目を晒していることに気が付いた。更に返り血まで浴びている。

 黙って目を見せないように背中を向け、温羅は女人に声をかけた。

「怖がらせてすみません。今のうちに、安全なところへ」

「あ……ごめんなさい」

 わかりやすい態度を示してしまったことを後悔したのか、その人はぺこりと頭を下げて他の村人たちが集まっているところに走って行った。

「……温羅」

 堕鬼人を倒した大蛇が、温羅の傍に着地する。どうやら怪我を負ってはいない。

「大蛇、どうした?」

「いや、泣きそうな顔してたから」

「……そうかな」

 温羅は大きく息を吸い、吐き出した。焦げ臭さが緩和している。誰かが消火したらしい。

 まだ、止まるわけにはいかない。

 この場の堕鬼人はまだ残っているのだ。立ち止まっていては、被害が大きくなるばかりだ。須佐男はと見れば、村長たちを取り囲んでいた堕鬼人を一掃したところだった。

「須佐男に任せっきりだ。……と、阿曽は?」

 くるりと見渡す。二人から離れたところで、阿曽が一人で二人の堕鬼人を相手にしていた。彼にはまだ戦う術がない。あんな棒では倒せない。

「阿曽……っ」

 駆け出そうとした温羅の足下に、矢が一本突き刺さった。


 堕鬼人に襲われていた村人たちは、ひとまず逃げおおせたらしい。

 自分が走って来た途端に悲鳴を上げられた時は流石に傷ついたが、それに構っている暇はない。阿曽は、真っ直ぐに堕鬼人を睨みつけた。

 堕鬼人たちはそれを不思議そうに眺め、次いでべとつくような声で笑った。

「ぐクク……。お前、鬼だろう?」

「そうだ。その目は鬼だ」

「……違う」

 瘴気が迫る。阿曽が一歩下がると、その分堕鬼人が前に出る。

「同じだ。人に嫌がられ、けなされ、逃げられる」

「やつらにとっては、人から堕ちようと、もとから鬼であろうと関係はない」

「だから、オレハ堕ちる選択をした」

 堕鬼人の一人が、阿曽に手を伸ばす。それを薪で振り払い、阿曽は薪を正眼に構えた。堕鬼人たちは、阿曽の震える足を見て、再び笑った。

「そんなもん、痛くもかゆくも……」

「お、い……」

「―――ふん」

 気付けば、堕鬼人たちの首が落ちていた。頭が乗っていたはずの場所から、遅れて血が飛び出して来る。ぐらりと胴体が揺れ、音をたてて倒れた。

 ぽかんと見つめる阿曽に向かって、は血振りもしていない剣の切っ先を突き付けた。刃からは赤い液体が滴り落ちる。

「お前、鬼、だな……?」

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