第13話 鬼殺しとの邂逅
血に汚れた黒髪が、風にあおられた。その強い光を放つ薄茶色の瞳が、真っ直ぐに阿曽を見つめている。
「お前は……」
剣に巻き付いた赤い紐の端が揺れ、風に遊ばれた。切っ先を突き付けられ、阿曽はあえぐように尋ねた。答えを期待してはいなかったが、相手は一語一語踏み締めるように応えた。
「おれの名は、
「あした?
家族のですか。そう阿曽が続けようとした時、晨の剣が
「どうして、お前が、鬼が、その名を知っている?」
「っ、俺は、鬼じゃない!」
「紅い瞳は、鬼の証。違うとでも、言うのか」
「ちが……ぐあっ」
晨は一瞬の困惑の後、抵抗する力のない阿曽を見下ろし、剣を振りかざした。
殺される。血を流し過ぎた体は重く、言うことを聞かない。逃げなければと思うのに、足を踏ん張ることも出来ない。薄れる意識の中、阿曽は「何故だ」と自問した。
何故、鬼は鬼というだけで殺される?
人を襲わない鬼も、人を襲う鬼も。同じように。
本当に、堕鬼人を救うことは、出来ないのだろうか……?
そもそも、俺は一体誰なんだ。
「阿曽ッ」
遠くから、自分を呼ぶ誰かの声がする。その声と、刃が交わる音が重なる。
阿曽は自分を支えている者の存在を感じ、うっすらと目を開けた。そこで見えたのは、普段の数倍は真剣な目をした
大蛇の手には、見慣れない剣が握られていた。
それをよく見ようと身じろぎをした阿曽に気付き、須佐男はほっと息をついた。
「お、見えるか?」
「はい。……っ、助けてくださって、ありがとうござい……」
「喋るな。まだ、腹部の傷は開いたままだからな」
須佐男は慣れた手つきで、腰に落とした袋からさらしを取り出す。それを阿曽の腹にきつく巻いた。
「これで少しはましだろう。動かず、じっとしていろ」
「……俺も、戦いたいです」
腹部の痛みを堪え、阿曽は呟くように須佐男に願った。しかし、須佐男は首を横に振る。
「今のお前には、無理だ」
きっぱりと言い切られる。今まで生きるために戦いを必要としなかったはずの阿曽には、登ることさえ難しい山だ。わかっていたことだが、阿曽は抵抗を試みた。
「そんなこと……」
「あるんだ、阿曽。お前は、例えば大蛇のように戦えるか?」
須佐男が指差す方に緩慢に目をやれば、大蛇と晨が二度目の刃の交わりを果たしたところだった。金属音が響き渡り、それが幾重にも重なる。隙を突かれれば、血が飛ぶ。相手の隙を突いても、赤が舞う。一瞬の気の緩みすら許されない、連撃が続く。
「ふん、やるな」
「ふっ。そりゃどうも」
大きく距離を取り、二人は友好的とは程遠い笑みで互いを称えた。
そして、一気に間合いを詰める。
互いの死地が、近付く。
「……須佐男」
「ん?」
「悪い。少し力を出すよ」
そう言うが早いか、大蛇の左側の瞳の翡翠色がわずかに濃くなった。同時に、剣が淡く輝く。須佐男は唇の端を少し上げた。
「……阿曽」
「はい」
血の流出が落ち着き頭の冷えた阿曽が見やると、須佐男は戦士の顔で微笑んだ。それは、好敵手を見つけた男の笑みだった。
「大蛇もだが、
「温羅、さん?」
阿曽が首を巡らせる前に、大蛇の前に温羅が跳び下りた。その顔には、いつもの穏やかな笑みはない。頬には赤い線が引かれ、固まった筋が数本ついていた。腕や
「兄貴」
「――
晨のもとにも一人の青年が駆け寄った。彼の体にも無数の傷が見える。宵と呼ばれた青年は、温羅相手に近くで戦っていたらしい。
阿曽を驚かせたのは、その顔かたち、体つき全てがそっくりだったことだ。確かにそれならば、育ての親である五十鈴の両親が見分けられないのも無理はない。
違いはと言えば、彼らの持つ剣に巻かれた紐の色くらいのものだ。五十鈴の言う通り、晨が赤で宵は青色。
双子は再会時に目で会話をしたのか、それ以降全く互いの顔を見ない。それでも晨が右足を下げれば宵が左足を下げ、兄が剣を持った左手を伸ばせば、弟は同じく右手を伸ばす。
まるで鏡を見ているかのような動きに、温羅と大蛇は舌を巻いた。
「堕鬼人は、全て倒した」
「ああ。あとは、この二人の鬼とその仲間だけだ」
晨と宵の殺気の色が濃くなる。こちらを完璧に殺す気だ。
須佐男は阿曽を左手で抱え、右手で己の剣を掴んで刃を地面と平行になるようにする。双子はそれをちらりと見て、真っ直ぐに温羅と大蛇を見据えた。
「……一先ず、これでお前は標的から外れた」
「で、でも温羅さんと大蛇さんがっ」
「あいつらは、こんなところで倒れたりしない」
声の上ずる阿曽に、声を潜めて須佐男ははっきりと言い切った。
「だ、そうだよ。大蛇」
「随分と信じてくれてるんだね、ぼくたちを」
須佐男の言葉が全て聞こえていた二人は、目を細めた。
いつの間にか、大蛇の翡翠色の輝きは剣に移っていた。隣の温羅も、くすんだ色の剣を構える。
火の勢いは衰え、後はくすぶりを残すのみ。六人の傍に立っていた建物が、耐えられなくなって崩壊する。
ドオッという地響きと共に、大黒柱が倒れた。焦げ臭いにおいが広がる。
それが合図となり、四人が互いの間合いに入った。
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