第11話 双子が生まれた日

 それは、わたしも彼らも生まれる前のこと。全て、後に聞いた話です。

 ある春先の、まだ寒い日のことでした。その日は村の祭りの日で、人々は朝から支度で大忙しだったそうです。

 祭りでは、この一年の無病と豊作を祈願します。村で祀る神さまは、美味しい食べ物と楽しい踊りが好きだと聞きました。

 その夜、祭りの本番で、村長はある女人を連れてきました。なんでも、遠くから来た巫女だとか。彼女は、神のお告げをその身で感じ、伝えることが出来ると言われました。

「今宵、私たちは崇高なる神さまの言葉に耳を傾けるのだ」

「おおっ」

 そんなことは初めてでしたから、村は大いに沸き立ったとか。

 巫女は巨大な焚火たきびの前に立ち、くるくると舞始めました。その動きは只人ただびとのものではなく、神がかっていたそうです。

 村長を始め、皆見惚れました。巫女の周りにはただならぬ程の気配が満ち、舞は激しく、体が壊れてしまうのではないかと危ぶまれるほどであったそうです。

 突然、ぷつん、と糸が切れるように、巫女は倒れました。

「おい、どうした!?」

「……ぁ」

 村長たち数人が焚火の燃え盛る舞台に上がり、巫女を助け起こしました。彼女は焦点の定まらぬ目で村長たちを見つめ、途切れ途切れのか細い声で、こう言ったそうです。

「神が、おっしゃいまし、た。……この、村に、男児が生まれる。いつか、村を背負う者が」

「おお、ようやく私の跡継ぎが!」

 村長は歓喜しましたが、巫女の次の言葉が、場を凍らせました。

「男児は、双子。星を別けたる、忌むべき、双子。どちらかを殺し、星を一つに定めよ……」

「ふた、ご……」

 村長は、祭りを見ていた自分の妻を顧みました。彼女の腹はまだ目立ってはいませんでしたが、薬師くすしによって孕んでいることはわかっていました。

 双子は、良くない存在だと信じられました。神が告げたのですから。それ以前に、たった一人の子ですら産み育てるのは母の命を削ることであるにもかかわらず、その危うさが倍になったのです。

 村長は、地の底に叩き落されたように感じたそうです。

 巫女のお告げは、続きました。

「生れ落ちるは、次の冬。あしたよいのその狭間。母の命は、亡きものと思え……」

「なっ……」

 村長が絶句する中、巫女は意識を失いました。

 それ以後、村長は鬱々とした日々を過ごしました。自分の跡取りが出来たと喜んでいたのもつかの間、子は双子で、妻の命を奪い、更に忌み子だと知ったのですから。

 村人たちも、見ていられませんでした。いつも豪快に笑っていた村長が、暗い目をして村を徘徊するようになったのですから。

 村長の妻も、自身を責め、日が明ける毎に憔悴していったそうです。


 それは、その冬で最も寒い日でした。昨晩から吹きすさぶ雪が、身を凍らせるような。

 一人目が生まれたのは、日が昇って真上に来るまでの間。二人目が生まれたのは、それから夜が訪れるまでの間。

 彼らの母は、一日中悩まされ、苦しみ、二人目を産み落とすと同時にこと切れました。村長の悲しみは、見るに堪えないものだったそうです。

「……双子は、殺す。そのどちらも、負の存在」

 不意に村長はそう呟き、村人たちの前で剣を取りました。それは村の祭祀で使われる青銅の剣。神の力が宿ると、信じられていました。

 村長は迷うことなく、それを一人目の子の胸に振り下ろしました。けれど、突きとおすことは叶いませんでした。

 もう一人にも振り下ろしましたが、やはり、殺すことは叶いませんでした。

 何度か試しましたが、無駄だったそうです。双子はどちらも何かに守られているのか、剣の切っ先はその小さな胸の手前で動きを止めたとか。

 愛することなど出来るはずもなく、殺すことも出来なかった。村長はその場を去り、双子は置き去りにされました。それが、この家の前でした。

 双子は、村人でありながらも距離を取って生きていたわたしの母と父によって育てられました。同時期に生まれたわたしと共に。

 村長は何度か刺客を放ちましたが、全て返り討ちにされました。物心つく頃には自分たちが村からどう思われているのか肌で感じていた双子によって、追い返されたのです。彼らは、幼い頃から武に秀でていました。

 双子だからか、全く同じ動きをすることが出来ました。背合わせであっても、互いの意図を読み取り、動くことが出来ました。

 その容貌はそっくりで、育ての親であるわたしの親も、彼らの腕に結んだ紐の色でしか判断することが出来なかったそうです。

 夜明けの赤が、兄の『あした』。夕暮れの青が、弟の『よい』。

 何度も刺客を返り討ちにし、いつしかこう呼ばれるようになりました。

 ―――忌むべき双子。両面宿禰りょうめんすくな、と。


 成長した二人は、実の父である村長に認められたいと願っていました。そのためにどうしたらいいかと、何度もわたしを含めた三人で話し合ったものです。

 ある日、まだ夜が明ける前のことでした。

 村から離れたこの家で眠っていたわたしたちの耳に、幾つもの悲鳴が届きました。

 堕鬼人が、村人を襲っていたのです。戦う力を持たない村の人々は、逃げ惑うしかありませんでした。

 双子は、家を飛び出しました。手に剣を持って、村人を救いに行ったのです。

 彼らの強さは、証明されました。一瞬のうちに村を襲った堕鬼人たちの息根を止めると、村長のもとへと走りました。

「何故、お前たちが生きている。妻を殺して、何故生きている」

 双子を目にした村長は、憎悪にたぎった目をしてそう言いました。彼らを追ったわたしにも、その目は恐ろしいものとして映りました。

 言葉を失う双子に、村長は暗い瞳で笑いかけました。

「両面宿禰よ。呪われし忌み子よ。私に認められたいか? そう願うならば、私の役に立つと証明せよ」

「……わかりました」

「……わたしたちは、必ず認められてみせます」


「……それから、二人は村を出ました。何処でそうなったのかはわかりませんが、鬼殺しとして名をはせ、時折村に戻って来ては村にやって来る鬼と名のつくものを片っ端から手にかけているようです」

 五十鈴の言葉はそこで一度切れた。

「……」

 阿曽の喉は、思いもよらない悲劇に凍っていた。

 五十鈴はきっと、双子がその手を願いのために血で濡らすことを良しとしてはいない。けれど、双子は実の父に認められたいが故に、血を流し続けている。

「……だけど、その双子の話とわたしたちが殺されるという話には、どう関係があるんだい?」

「あなた方二人が、鬼の象徴である赤い瞳を持っているからです」

 温羅の問いに、五十鈴は明瞭に答える。

「村長は、鬼をも恨んでいます。鬼が自分の妻に双子を産ませ、殺したと。そして村人がこれまで何人も堕鬼人によって殺されています。赤い瞳は、この村の人々にとって、恐怖以上に殺害目標なのです」

「でも、きみはそうは思っていないようだ」

 大蛇の言葉に、五十鈴は頷く。

「例え呪いの子と呼ばれようと、晨と宵はわたしの大切な家族であり、かけがえのない友です。そして、わたしは鬼が全て人を襲う存在だとは、信じていませんから」

 悲しそうな瞳で微笑む五十鈴。温羅は「信じてくれてありがとう」と頭を下げると、不意に顔色を変えた。

「どうした?」

「須佐男。外に、いる」

 温羅は阿曽たちにその場を動かないよう言い含めると、独りで夜闇の中に飛び出した。


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