第10話 わけ

 断末魔も許さず、須佐男の剣は堕鬼人だきにの首を斬り去った。

 どさり、と首が地面に転がる。首を失いぐらついていた胴体も、草むらに落ちるようにして倒れた。

 堕鬼人は、この世から消える時に跡形も残さない。むくろ欠片かけらとなって何処かへと消えてしまう。

「……安らかに」

 剣を鞘に仕舞い、須佐男は静かにそう呟いた。

 阿曽は温羅や大蛇たちと共に、その短い戦闘を見つめていた。堕鬼人を間近で見たのは初めてで、恐ろしさが先に立っていたはずだった。それなのに、今、自分は別の思いを胸に抱き始めている。

(知ってる。……俺は、堕鬼人という存在を

 失われた記憶の何処かで、阿曽自身が堕鬼人と邂逅したことがあるのかもしれない。その衝撃で不自然な動悸を感じつつ、阿曽はこちらにやってきた須佐男を迎えた。須佐男は阿曽の異変を感じ取り、気遣う様子を見せる。

「おう、阿曽。何か顔色悪いけど、大丈夫か?」

「大丈夫、ですよ。ちょっとびっくりしただけですから」

「ふーん?」

 須佐男は阿曽の頭を軽くたたき、彼と同じように戦いを見つめていた少女のもとへと足を進めた。

「五十鈴といったな」

 五十鈴の前に膝を折り、彼女と目線を同じにする。人の平均身長を軽く凌駕する須佐男は、その存在感が異常だ。現に、五十鈴が少し委縮している。

「は、い……」

「あ~……。怖がらなくていい。オレは須佐男。堕鬼人の連鎖を止めるため、こいつらと旅をしている者だ」

 表情が崩れる。その笑みは柔らかく、五十鈴を別の意味で緊張させた。

 堂々巡りの様相を見せ始めたため、大蛇が助け舟を出す。

「五十鈴さん、色々とごめんね」

「あ、いえ」

 須佐男よりも自分に近い背丈の大蛇は、まだ五十鈴にとって怖くはないのだろう。ぶんぶんと首を横に振った五十鈴に、大蛇が「これだけ教えてほしいんだ」と少し声を低くした。

「――殺されるって、どういうことかな?」

「それはっ」

 五十鈴が何かを言いかけた時、温羅と須佐男が彼女の前に出た。正しくは、良くない気配を感じて仲間たちを守ろうと前に出た。

 十人ほどの武器を持った男たちと共にやって来たのは、村長だった。

「おや、五十鈴ではないか」

「村長……」

 びくりと肩を震わせた五十鈴が、わずかに片足を引く。それを知ってか知らずか、村長は一歩前に出た。

「こんな夜更けに、女一人で村はずれまで来てはいけないだろう。早く、家に帰りなさい。私は、彼らに用があるのでね」

「用?」

 わずかに眉を顰め、温羅が問う。「そうだよ」と村長は微笑み、阿曽と温羅の顔を指差した。

「その血のように紅い瞳。お前ら二人は、『鬼』だろう?」

「どうし……っ」

 村長と初めて出会った時、二人は術を用いた布を巻いていた。だが今は、それを外してしまっている。阿曽はそのことに思い当たり、咄嗟に口をつぐんだ。

 村長が控えていた男たちに手で合図を送る。すると彼らはばらばらと走り出て阿曽たちを取り囲んだ。槍や剣、矛などの武器の切っ先がこちらを向く。

「……鬼は、敵だ。鬼と共にある者も、敵だ。消さなければ、私たちに明日はない」

 呟くように紡がれる言葉。村長は陰のある表情で、一言命じた。

「殺せ」

「―――ッ、逃げて!」

 何よりも大きく、悲しみに満ちた慟哭が響く。須佐男は五十鈴のそれを聞き、彼女を抱き上げた。そして回れ右をして飛ぶように走り去る。

 同時に動いた温羅と大蛇も、それぞれがすべきことをした。温羅は阿曽の手を引き、大蛇は数人の男たちを蹴りだけでした。そして相手が怯んだ隙を突き、戦場を離脱する。

 その間、数秒。

 つむじ風のように姿を消した『鬼』たちを取り逃がし、村長はぎりぎりと歯を鳴らした。右腕にはめられた腕輪の唐草文様が、怪しくうごめいたようだった。


 はあ、はあ。

 阿曽は高速で足を動かしながら、胸が引き千切られるのではという恐怖と戦っていた。それくらい、呼吸が苦しい。

「あ、こ、ここです!」

「お、そうか」

 須佐男が急停止し、その後ろに温羅と大蛇も安全速度で止まる。阿曽だけがつんのめり、大蛇にぶつかった。「ごめん、なさい」と言うと、大蛇は笑って許してくれた。

 彼らが立ち止まったのは、村から少し離れた家の前。須佐男から解放されて質素なそれの入り口に立ち、五十鈴が阿曽たちの方を向く。

「ここは、わたしの家。どうぞ、お入りください」

 いざなわれるままに入り、阿曽たちは円座に座って向かい合った。五十鈴が白湯を出してくれ、ようやく一心地つく。

「まず、堕鬼人から助けていただき、ありがとうございました」

 両手をそろえてつき、五十鈴が頭を下げた。

「どういたしまして。だが気にする必要はない。あれはオレたちのやるべきことだからな」

「いえ。……彼ら以外で助けてくれた人なんて、いませんでしたから」

「彼ら?」

 囁くように呟かれた言葉を拾った阿曽の問いに、五十鈴はハッと目を見開いた。

「……彼らとは、わたしの幼馴染のことです。彼らの話と共に、皆さんに『逃げて』と忠告した理由をお話します」

 居住まいを正し、五十鈴は口を開いた。

「まず初めに、何故私たちの村が、住む者たちによって『両面宿禰りょうめんすくなを産んだ村』と呼ばれるのか、そこからお話します」

 それは、この村に生まれた命の話。命を狙われ、村を飛び出した者たちの話だった。

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