第2話 神殿
それは、天高くそびえ建つ神殿だ。
樹齢何百、何千年の木材を用い、組まれた傑作。誰によって建造されたかは、既に定かではない。釘を一本も使わずに建てられ、しかもこの場に生まれてから一度も倒壊したことはないという。
入り口には注連縄に似た綱が下げられ、その下を通った瞬間に空気が変わった。戸口の左右に建てられた無垢な柱も、結界の構成要素のひとつかもしれない。
混じりけのない、神聖な空気。背筋が自然と伸びる感覚がする。
「ここは……?」
「ここは、オレのきょうだいが住んで、まつりごとを行う神殿。オレの部屋もあるし、客間もある。姉貴たちから許可を得たら、阿曽も今日はここに泊まると良い」
須佐男の説明を聞きながら進むことしばし。いつまで続くのかと思われた白と茶の廊下の先に、人影があった。
「須佐男さま。ご友人方とお帰りでしたか」
「ああ、
「そろそろお帰りだろうと、奥でお待ちですよ」
素兔と呼ばれた女性は、大変な美女だった。鴉の羽のような黒光りする長い髪に櫛を挿し、後ろに下ろしている。身に着けた衣服は肌と同じく雪のように白い
その切れ長の瞳をより細め、素兔は見慣れない阿曽に焦点を合わせて首を傾げる。
「そちらの子は? 今度は
「間違ってはいませんよ、残念ながら」
苦笑い気味に答え、天照たちの前で詳しくは説明すると温羅は言う。
「そこに、宜しければあなたも」
「是非。では、ご案内しましょう」
素兔は体を後ろに向け、四人を先導する。またしばらく進むと、紅と橙二色の飾り紐が美しい
須佐男はその前に片膝をつき、
「姉上、兄上。須佐男、ただいま戻りました」
「……須佐男?」
落ち着いた、女性の声が問う。「はい」と須佐男が答えるやいなや、風速で几帳が翻った。
「須佐男、お帰りなさい! さみしかったわぁ!!!」
「うぐっ……」
「へ?」
須佐男に勢いよく抱きついたのは、彼より背は低いが年上らしき黒髪の美人。姉と呼ばれて答えたのだから、彼女が
彼女の美しさを更に際立たせるのが、髪の装飾だ。琥珀や翡翠の勾玉が揺れる。
天照の力が強いのか、はたまた勢いによるものか、須佐男は苦しそうだ。
そんな二人のじゃれ合いをぽかんと見ていた阿曽の隣で、温羅と大蛇が苦笑する。阿曽に耳打ちして状況を説明し始めた。
「あの女人が、須佐男の姉上である天照さんだよ。この高天原を統べる偉い人、なんだけど……」
「ちょっと、弟たちを溺愛しててね。仕事中は頼りがいのあるかっこいい人なんだけど」
「ちょっと……?」
何処が「ちょっと」なのだろうか。べったりと須佐男にくっついて頬ずりする天照には、威厳というものが感じられない。残念な美女であるらしい。彼女の行動に若干引き気味だった阿曽の後ろに、ふと人影が落ちた。
「……姉上、須佐男とその友人たちが困っていますよ」
「あ、
「全く。ほら」
嘆息しつつ須佐男から天照を引っぺがしたのは、天照と須佐男より頭一つ分背の高い青年。月読と呼ばれた彼は、
「え~」と不服を唱えつつも須佐男を解放した天照は、自分たちを見つめる阿曽たち三人に気付き、わざとらしく咳払いをした。
「―――えっと、須佐男のご友人たち、わたくしたちの神殿へようこそ」
天照はその裳の端をつまみ、綺麗な動作で礼をした。そこに、先程までのだれた雰囲気は微塵も感じさせない。
朱色と
「改めて、わたくしは天照。須佐男と月読の姉です」
「僕は月読です。須佐男が二人以外のお客さんを連れてくるなんて、珍しいですね」
天照と月読は、見知らぬ少年に向かって名を名乗った。ぺこりと礼を返され、天照は嬉しそうに口を開いた。
「温羅と大蛇はともかく、そちらの少年はお初にお目にかかるわね?」
「はい、俺は阿曽です。よろしくお願いします。天照さん、月読さん」
再び、深々と頭を下げる阿曽。一応の顔合わせを終え、天照は素兔に白湯を命じた。
「何やら訳ありのようね。隣の部屋で、聞きましょうか」
一行が移動したのは、真ん中に大きな円卓が置かれた部屋だ。それと複数の椅子以外、家具類がないという殺風景な場所。それでも壁にはそれぞれ窓があり、外の爽やかな風景を見ることが出来る。
上座に天照と月読が座り、阿曽や須佐男たちも腰を下ろした。素兔は天照の斜め後ろに立っている。「さて」と話を聞く体勢に入った天照たちを前に、須佐男は温羅を小突く。
「最初からここで話してくれよ。オレと大蛇も最初からは知らないから」
「そうだね。では、最初から話しましょう。阿曽にもわかりやすいよう、わたしが何故あの森を通りかかったのかも含めて」
温羅は一呼吸置き、阿曽を見て微笑んだ。
「阿曽、わたしたちが人喰い鬼と堕鬼人について調べていることは伝えたよね?」
「あ、はい」
阿曽の肯定に頷き、温羅は話を続行した。
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