「はっ、細いナリしてるから軟弱かと思うとったが、中々やるじゃないか」


 自身の渾身こんしんの一撃を受け止めた恵鬼けいきに、牟鬼ぼうきは賞賛の言葉を送る。

 円堂えんどうも同様に『確かに、中々やりますね』と心の中で賞賛した。

 しかし、円堂の賛辞の相手は恵鬼ではなく、陰玄いんげんの方だった。

 先程の一撃。円堂は衝突の瞬間に神力しんりきを使って破壊力を倍増させていた。

 それに対し、陰玄も同じように神力による援護を行っていたのだ。

 もしも陰玄の援護がなければ、恵鬼の頭は今頃木っ端微塵に潰れていたことだろう。

 円堂はちらりと陰玄を見やると、視力がないはずの陰玄が薄ら笑いを伴ってその視線に応えた。

 一方、二人の中央で対峙する二匹の鬼。

 牟鬼はそのまま押しつぶそうと金棒を握り締め、両の手に力を込めるが、しかしピクリとも動くことはない。

 均衡状態の中、最初に口を開いたのは恵鬼だった。


「先の話、全部ではないが聞こえていた。悪いが、オレはオマエらを許すわけにはいかない」

「鬼は人魂を喰わねば生きていけん! 貴様だって同じ!! 俺様の食事を邪魔立てする道理はないはずじゃろうが!!」

「道理など関係ないさ。オレがおかしいことも分かっている。

 だがそれでも、オレは自分の目の前で魂が消えるのは見たくない! たとえ悪人の魂だろうがな」


 最後の言葉に合わせて、恵鬼は一瞬牟鬼から円堂の方へ視線を移した。

 牟鬼は恵鬼との問答をするうちにビキッと額の青筋が音を立てて浮き立つ。


「気に喰わん、気に喰わんぞ! 貴様のような鬼がいるというだけで、俺様には我慢ができん!!」


 牟鬼は再度金棒を真上に振り上げ、連続して振り下ろす。

 かわす余裕などはなく、恵鬼は左腕一本でその連続攻撃を防ぎ続ける。

 中央で繰り広げられる激しい攻防。しかしそれを眺める二人の魂売師もまた、静かに己の技と力を戦わせていた。

 だが、徐々に形勢が傾き始める。

 受け手を取り続ける恵鬼と視力による戦況把握ができず、現在では大半の力を失っている陰玄。 

 それぞれ二人に限界の色が見え始めたのを受けて、牟鬼と円堂は止めの一撃を繰り出す。

 金棒を振り上げる牟鬼。それまでの反復から、恵鬼はとっさに頭上の防御を固めた。

 陰玄も最後の力を振り絞って、何とか上からの攻撃を弱めるように神力を集中させる。

 しかし、今度の金棒は縦ではなく横の軌跡を描いて襲い来る。

 恵鬼と陰玄は共に反応が一瞬遅れた。その一瞬が命取り。

 金棒は恵鬼の右腹へ向けて一直線に飛んでくる――とっさに、恵鬼は体を半回転させてその攻撃を左腹で受けた。

 その行動を円堂は見逃さず、その意味を考え首を傾げた。

 

「ぐおっ!!」


 強烈に吹き飛ばされる恵鬼。土煙を上げて地面に激突する。

 ここで攻撃の手を緩める牟鬼ではない。

 その巨体からは信じられない速度で落下点まですぐさま距離を詰め、今度こそ息の根を止めるために金棒を振り抜く。

 その軌道は先程と全く同じ。恵鬼の右腹を狙うものだ。

 今度はその攻撃を予想はできたが、恵鬼は反応する隙はなく、陰玄は神力がすでに底を付いていたため援護ができない。


「これで終わりじゃ!!」


 勝利を確信した牟鬼が叫ぶ。

 その刹那、恵鬼はまたも体を回転させ、攻撃が右側面に当たるのを避けようとする――が、今度は間に合わない。

 恵鬼が諦めかけた、そのとき!!


「牟鬼!!」


 ピタッと牟鬼の動きが止まった。 

 牟鬼を静止させたのは、まさか味方のはずの円堂の神力だった。

 あまりの出来事に呆気に取られる恵鬼だが、すぐに我に変えると牟鬼と距離を取った。


「円堂、何故邪魔をする!?」


 金縛りを受けたまま動けない牟鬼。

 円堂はそのまま牟鬼を拘束し続けた状態で、ずるずると恵鬼と陰玄から引き離す。


「ここまでです。引き上げますよ」

「だから何故じゃ!?」


 わめき続ける牟鬼を完全に無視して、円堂はぺこりと会釈えしゃくする。


「今夜はこれにて失礼させていただきます。また会うときがありましたら、そのときはどうぞよろしく。

 最後に、あなた方の名前をお聞きかせ頂いてもよろしいですか?」


 最後の最後まで馬鹿丁寧な態度を貫く円堂に、恵鬼と陰玄はそれぞれ自分の名を名乗った。

 闇の中へ消えていく一人の魂売師と一匹の鬼。

 その姿が見えなくなってからも、牟鬼の叫び声がしばらく聞こえていた。


「大丈夫か? 随分と疲れているみたいだが」


 牟鬼たちがいなくなり、恵鬼は真っ先に陰玄の体の心配をした。


「誰に口を利いているんでぇ。俺があんな青二才相手に疲れるわけねぇよ」


 体中から汗を垂れ流し、今にも倒れそうな姿に説得力は皆無だったが、恵鬼は下手に陰玄の自尊心を刺激しないために、この場は何も言わずに済ませた。

 陰玄は息が整い、闘いの興奮からも落ち着いてくると、周囲の死体たちを二つの穴で眺めて言った。


「そういや、お前さんが探しているっていう人間はどうなったんだろうなぁ? 

 ひょっとしたら、ここに転がっている連中の中に……」

「いや、それはない」


 陰玄の言葉を恵鬼はやけに断定的に打ち消した。


「どうしてそう言える?」

「オレが探していたのは、円堂という名のある僧だった。

 ソイツなら、あるいはオレの腹の中の魂を解放できるんじゃないかと思ってな」


 淡々と話す恵鬼に、陰玄は目――ではなく、穴を見開いて驚いた。


「それがこうなっちまったってわけかい。まぁ、あの状況じゃそんなことを頼んでいる余裕はねぇもんな。

 ん? ちょいと待てよ……」


 陰玄は錫杖しゃくじょうを持っていない方の右手で顎を撫でて考え込む。

 やがて何やら閃いたのか、ハッとした表情になる。


「もしもそれであの青二才がお前さんの願いを叶えてたら、俺はいったいどうなってたんだでぇ!?」

「もちろん、もうオレにとってテメエは必要なくなる。つまりはお役御免だ」


 恵鬼はあっけらかんとした口調で当然のように言った。

 それに対して、猛抗議をする陰玄。先程の闘いの疲れなどはすっかり忘れたかのようだった。


「そいつぁ、ひどくねぇか? それじゃ俺が困るじゃねぇか。俺にはお前さんの力が必要なんだからよぉ」

「分かっているさ。これでテメエの力を取り戻す以外の当てもなくなったしな。どうやら、もう少し長い付き合いになりそうだ」


 その後、恵鬼と陰玄は牟鬼に魂を喰われた人間たちの供養を行った。

 鬼である恵鬼が率先して人間を供養し、見た目だけは僧の陰玄が嫌々行っている様は、何とも奇妙だった。

 そうしているうちに、いつの間にか空が白み始め、彼らは村の空き家の一つを勝手に拝借し、夜の生き物は眠りに就いた。

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