は
「今度はまた、何があったってんだい?」
倒れ伏す
遅れて到着した
しかし、それに答える声はなく、その代わりに目の前に佇む大鬼は退屈そうに耳の穴をほじり始めた。
それを見て、隣にいる山伏姿の男は汚らわしいものでも見るように、
「相変わらず品がないですね、
「相変わらずは貴様じゃ。何ぞ俺様が人間ごときの言うことを聞かねばならん」
フッとほじり出した耳くそを吹き飛ばす牟鬼と呼ばれた鬼。
口答えをする牟鬼に対して、山伏姿の男は軽いため息をつくと、懐から数珠を取り出そうとする。
数珠のジャラリという音が耳に届いた瞬間、牟鬼はぎょっとした顔になり、途端に態度を軟化させた。
「すまんかった、
円堂と呼ばれた男は、分かればいいと言うように出しかけた数珠をそっと懐に戻した。
そのやり取りを聞いた陰玄は、『ははぁ』と全てを見抜いたかのように2、3回頷いた。
「お前さんら、俺たちと同じ鬼と
今度の陰玄の言葉には、一人と一匹は同時に反応し陰玄の方を向いた。
「うおおおおお! 何だ、何なんだ!? この人間、目ん玉がねえぞ!!」
当然ながらに驚きの声を上げる牟鬼に対し、円堂は落ち着き払って再度牟鬼をたしなめる。
「また、あなたは……。この程度のことで、いちいちうろたえるものではありません」
牟鬼は『いや、普通驚くじゃろうよ……』とブツブツとわずかばかりの抗議をするも、円堂に再度数珠をちらつかされ、ビシッと姿勢を正して沈黙した。
陰玄は今度ばかりは牟鬼に軽く同情したが、わざわざ庇う義理もない。
臭いから未だに恵鬼が起き上がっていないことを確認すると、どちらにともなく言った。
「目玉のことは放っておきな。それよりもちょいと聞きてぇことがある」
「何でしょうか?」
答えたのは円堂の方だった。
牟鬼は円堂の理不尽な制裁を恐れてか、先ほどからピクリとも動かない。
陰玄は円堂を話し相手に定め、そちらの臭いへと顔を向ける。
「お前さんらがここの奴らの魂を喰らったのは分かった。別に俺はどこぞの鬼と違って、それをとやかく言うつもりはねぇ。
問題はそのやり口だ。襲うなら全員を襲やぁいいのに、なんで村には何人か残ってやがる?
もう一つ。村に荒れた様子はなかった。抵抗もされずに、これだけの人数をどうやってここに連れてきた?」
陰玄からの二つの問いに、円堂は順を追って懇切丁寧に説明した。
「まずはあなたの勘違いを訂正しておきますと、私たちは一般的な鬼と
この牟鬼が喰らう魂は私が救いのない悪人と定めたもののみ」
「ここに転がってる連中は全員が悪人ってことかい?」
「ええ。そしてもう一つの質問にお答えしますと、私はこのあたりではそれなりに名が通っていましてね。
私が今晩ここへ来るように頼み、彼らにご足労願ったというわけです」
円堂の話を横で聞き、牟鬼は今にも舌打ちの一つでもしそうに不愉快そうな顔をしていた。
先ほどからのやり取りで分かるように、牟鬼と円堂との間での主導権は円堂が握っている。
牟鬼自体は人間をただの餌としか考えておらず、心の底から見下している――いわゆる鬼という生物の典型的代表例である。
しかし、円堂に逆らうことはできないために、喰らう魂を悪人のものに限り、必要以上に他の人間を巻き込まないやり方に渋々従っているのだ。
牟鬼の本音では『こんなチマチマした真似なんぞ止めて、人間なんざ全員俺様の餌にすりゃあいい』と思っている。
「今度はこちらから、一つお聞きしてよろしいですか?」
陰玄からの質問に答え終えた円堂は、やはりあくまで礼儀正しい態度で問うた。
「こちらの鬼。先程の発言から、あなたの相棒の鬼と見受けますが、何故私たちを襲ってきたのでしょうか?」
助けようとした人間にこんな風に言われるたぁ、哀れなもんだねぇ――と陰玄は皮肉気な調子で笑う。
「信じらんねぇだろうがよ、この鬼は魂を喰らうのを止めているらしくてねぇ。
どうやら自分以外の鬼が魂を喰らうのも快くないらしい。
それで筋違いにも、そこの鬼がお前さんの魂を喰らうのを防ごうとしたのさ」
「何だと!?」
突然、それまで黙っていた牟鬼が叫び声を上げた。
十尺はあろうかという大鬼の声に、陰玄も円堂も反射的に耳を押さえる。
「てっきり、俺様に獲物を横取りされたことの腹いせに殴りかかってきたと思ってたが。
まさか……人間を守ろうとしただと!? 鬼が!?」
牟鬼は見るからに苛立ちを募らせていった。
続けざま、感情のままに怒鳴り声を上げる。
「鬼は人魂を喰らう生き物だ! なのに魂を喰らわない!? 人間を守る!?
同じ鬼として恥ずかしい!! こいつは鬼の恥じゃ!! こんな野郎、生かしておく価値もない!! いいよな、円堂!?」
怒り狂う牟鬼に、さすがの円堂もやれやれと諦めたかのように目を伏せた。
「いいですよ。この鬼が生きていたら、この先も邪魔される恐れがありますからね」
円堂からの許可が下りたまさに瞬間、牟鬼は手に持った金棒を振り被ると、力の限り恵鬼の頭目掛けて振り下ろした。
鈍い音を響かせる打撃点。地面がわずかばかり陥没するほどの衝撃――だがその只中には、確かにその腕で金棒を受け止める恵鬼の姿があった。
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