第二夜 牟鬼と円堂

 角のない鬼と目のない魂売師たまうりし、そして鬼の腕の中で安らかに寝息を立てている少女は、深夜、目的地の集落を視界に捕らえていた。

 視界に捕らえたとは言っても、魂売師たまうりしに目はなく、少女の目は閉じられているため、文字通りにその言葉を使えるのは角のない鬼のみであった。


「それで、魂を喰らうってんじゃないなら、ここで何をする気なんだい?」


 魂売師たまうりし――名を陰玄いんげんと名乗ったその男は、腰を屈めた低い視点から巨躯の相棒に問い掛ける。

 鬼――恵鬼けいきは陰玄の二つの穴に睨まれながら、その問いに答えた。

 

「ここにオレが探していた人間が住んでいるはずなんだ。しかし、その前にコイツを寝かせられる場所を見つけないとな」


 恵鬼は腕に抱える少女をちらりと見た。

 陰玄もそれに釣られるようにして、見えるはずもないのに少女の臭いの方へと顔を向ける。


「ずっと気になってたんだが、その娘、ちょいと妙な臭いがするねぇ。

 お前さんの臭いが強くてよくは分からねぇが、普通の人間じゃねぇんだろう?」


 陰玄が鼻をひくつかせて少女の臭いをかぎ始めると、恵鬼は自分の体を挟み込むようにして少女から怪しげな男を遠ざける。

 それでも尚、顔を近付けてくる陰玄に、恵鬼は心底不快そうに顔をしかめながら、話を続けた。


「娘? 言っておくが、コイツは女じゃなくて男だぞ」

「おやぁ?」


 陰玄はわざとらしいまでに極端に首を傾ける。


「それはおかしいねぇ。その子供からは確かに香の臭いやら、女物の着物に独特の臭がしてんだが」


 陰玄の言うと通り、その子供は確かに女物の着物を着て、微量ながらも香を身に付けていた。

 誰が見ても女児にしか見えないだろうその子供を指して、恵鬼は『男』と言ったのだ。


「もしや……お前さん、そっちの趣味があんのかい?」


 陰玄の顔が別の意味での恐怖に引きつった。

 この男に変人と思われては堪らないと、恵鬼はすぐにその言葉を否定する。


「思い違いをするな。これはコイツが勝手にこの格好をしているだけだ」

「へぇ? つまりこの子供自身に、女装の気がある……と?」


 陰玄は尚も恵鬼を疑っているようだった。

 それを言外に感じ取った恵鬼は、慌てて補足を付け加える。


「女装趣味とも少し違う。確かにコイツの体は男だが、その魂はコイツの双子の妹のものだからだ」

「フン。まぁ何であろうと構わんさ。人の趣味をとやかく言うほど、俺も狭量な男じゃないんでねぇ」


 今一誤解を解け切れていないようだったが、恵鬼としてはこれ以上の事情を容易たやすく話せるものではなかった。


 ――オレが誤解されることで、コイツが変に思われずに済むなら安いものだ。


 恵鬼はそう思い、無言のままに集落へと足を踏み入れた。

 陰玄は薄気味悪い笑みを浮かべて、その後ろをのそりのそりと付いて行った。

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