ろ
「この目玉はある鬼に獲られたんだよ」
「鬼に? それで、どうしてテメエは魂を喰われずに生きている?」
鬼からの当然の疑問に、男は低い腰を一層屈めると、まるで芝居のような口調で語り始めた。
「お前さんも普通の鬼とはちょっと変わってるみてぇだが、どっこいそいつはその上よ。
何せ鬼の好物、人魂には目もくれず、僧の力目当てに人を襲うってんだからよぉ」
「僧の力を?」
鬼の顔に初めて動揺が見えた。
そんな鬼の話など、まるで聞いたことがなかったからだ。
魂売師の男は続きを話す。
「自慢じゃねぇが、当時の俺は実力も志も兼ね備えていた。
その鬼を後一歩まで追い詰めたんだが、最後にドジを踏んで、まんまと力の元である目玉を獲られちまったってぇわけだ。
俺は何としても、そいつから目玉を取り返したい。だからお前さんの力が必要なのさ」
鬼は話を聞き終えて、男の話に得心のいかないことがあった。
「それなら仲間の僧に退治してもらえばいい。わざわざ
これもまた当然の疑問だった。
男は鬼からの返答を事前に予想していたのか、すらすらと答える。
「俺以外の僧がその鬼を退治したら、そいつが俺より強いってことになるだろ?
そんなのは俺の
要するにこの男、世のため人のために僧として鬼を退治していたわけではなかったのだ。
最強の僧として、鬼と戦う自分自身に酔っていただけ。
もう一度、『最強の自分』を取り戻すためなら、自分が僧であろうが
――歪んでいる……いや、狂っている。
鬼は思った。
だが同時に、善悪に頓着しないこの男と自分は意外にも相性がいいのかもしれないとも感じた。
「俺の目玉を取り返してくれりゃ、今とは比べ物にならない力を俺は手にする。
そのときにいくらでも上質な魂を喰わせてやるよ。俺と組んでみないかい?」
男からの幾度目かの誘いに対し、鬼はきっぱりと答える。
「いや、魂はいらない。その代わり、別の願いがある」
今度は男が驚く番だった。
鬼が『魂はいらない』と口にしたのだ。鬼にとって魂以上に求めるものなど何もないはずなのに。
もしかしてこの鬼こそが、自分から目玉を奪った鬼なのかと、途端男は恐怖に駆られた。
今一度、目の前の鬼を見極めようと、その臭いをかぐ。
すると――。
「お前……角は? 角はどこにある?」
鬼は外套によって隠れていた頭頂部を顕にした。
そこには鬼にとって最大の得物であり、獲物を捕らえるのに必要不可欠なはずの角がなかったのだ。
頭頂部を
角のない
どちらが化け物でどちらが人間か分からなくなるような光景だった。
「オレの角はアンタの目玉とは違う。奪われたんじゃなく、自分で切ったのさ」
「切った……だと?」
ますます困惑する男。
それもそのはず。鬼にとって角を失うということは、人が目玉を失うことの比ではない。
心臓に刃を突き立てるのも等しい行為だ。
なぜなら、鬼が人の魂を喰らうときに角から取り込むからであり、角を失くした鬼に待つのは餓死しかない。
「そう。オレはこれ以上、魂を喰うことがないよう、自分で角を切った」
鬼の腹の中には多量の魂があった。
消化し切っていない生きた魂がそれほど多く腹の中に溜まっているのは、つい最近に大量の魂を喰らったためだと男は思っていた。
しかしそれはまるで違う。
鬼は自分の意思で、腹の魂を消化せぬように留めているのだった。
「お前さん、どうしてそんな真似を?」
「コイツのおかげさ」
鬼は小脇に抱えていた少女を外套の中から出す。
少女は気持ちよさそうにすやすやと眠っている。
餌だと思われていた少女は、鬼にとってはかけがえのない存在だったのだ。
もしも少女の魂が目当てだったのなら、とっとと中身を喰らって重い肉体など放ればいい。
そのことに、
「コイツと出会ってから、オレは魂を喰らうのをやめた。
それからは、何とか腹の中の魂を解放する方法を探して旅をしていた」
鬼は意を決したように、男の穴だけの目を見つめて言った。
「オレはアンタの目玉を取り返すのに協力しよう。だが、力を取り戻したときはオレの願いを聞いてもらう。
オレの願いは2つだ。
一つ目、オレの腹の中の魂を解放すること。
二つ目、オレを退治すること。
まさか、できないとは言わないよな?」
鬼の最後の言葉は男の自尊心を強く刺激した。
こういう挑発をすれば、男は必ず乗ってくることを鬼はこれまでのやり取りで見切っていたのだ。
「もちろんできるさ。俺の真の力をなめてもらっちゃぁ困る」
こうして、闇夜に生きる一人と一匹の生き物は結託した。
他の多くの鬼と
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