時よ留まれ、醜さを忘れぬために
ううん、そんなのない。あるとすれば、単なる気紛れだろう。それも、わたしたちが気付いた頃には全てが手遅れになっている種類の、最悪のもの。
夜、わたしの服の
だって、それはかつて彼女がしてきたことだから。
* * * * * * *
妹の
『次探さなきゃ……』
その言葉に引っ掛かりを覚えて、少しだけ沙希の部屋を見たら、わかってしまった。愛佳が沙希と同じ大学にいたこと、偶然にも同じサークルに所属していたこと、それから……
「なんか、たまたま愛佳さんが好きだった人に告白されちゃったみたいで、目ぇつけられたんですよね」
「私だって嫌だったんですよ、だってあの部屋のドア塞いでたの私だったんですから……ずっと助けを求めながら叫んでる声が……、うぅっ、」
「なんか、デキちゃったとかで、堕ろすお金を稼ぐために愛佳さんにいろいろさせられてたみたいですよ」
「撮られたりしてたみたいで、逃げられなくて……」
昔から、わたしと沙希は顔が似ていないと言われてきた。このときほどそれに感謝したことはないし、それで聞き出した話の内容に、
沙希がどんな思いを抱えて命を絶ったか、想像することしかできない。もう直接尋ねることもできない。大学で資格を取りたいと言って、夢の話をしていた顔も、もう見られない。
なのに、愛佳は相変わらず、楽しげに生きている。きっと、『次』も見つけてお金を儲けていくに違いない。沙希みたいな子を次々捕まえて、脅して、逃がさずに。
「………………っ!!!」
そのときの歯軋りのせいで、奥歯は1本欠けたままだ。舌でなぞると時々切れて、痛くなる。
その痛みが、わたしに決断させた。
* * * * * * *
愛佳が襲われたとき、誰もが因果応報だと思ったはずだ。お見舞いに行ったとき、もう普通にトイレを使える身体ではなくなっているらしいこと、精神的に大きなショックを受けて不安定になってしまっているらしいことなどを聞かされた。
最初は見舞いに来ていた友人たちも、愛佳に愛想を尽かして離れていった。
とても愉快だった。
いろんな人と群れて、いつも中心にいたような彼女の周りに誰もいない。そんな姿を見ているのがこの上なく楽しくて。
だから、近付いた。
「久しぶり。高校の時以来だね」
案の定わたしのことなんて覚えてなさそうな態度だったけど、そんなのは気にならなかった。素行が悪くて家族とも連絡を取っていないらしい孤独な彼女。
「行くとこないならさ、退院したあとわたしと暮らす? ひとり暮らしだとたまに寂しくて」
見え透いた嘘にすら、そのときの愛佳は、すごく綺麗で。
だから、決めたのだ。
いつしか愛佳の世界にわたししかいなくなって、わたしなしではいられなくなったとき――そのタイミングで、突き放してやる。
きっと、今はまだそのときではない。だからいずれ……いずれ彼女を、また孤独に押し戻してみせるから。もう誰も助けてくれないような、深すぎる沼のような孤独を、味わわせてやる。
だから、待ってて。
きっとそのとき、止まってしまったわたしたちの時間は動き出せるから。あなたの分まで、あなたの見たかった未来に向かって。
沙希の遺影に誓いながら、わたしは愛佳の手を握り返した。
メフィストフェレスは嗤った 遊月奈喩多 @vAN1-SHing
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