第14話 『麗氷姫』と二人の取り巻き 1
「んー、今日も終わったぁ」
あれから数日が経過して、本日は金曜日。
俺は背筋をぐーッと伸ばしながら気だるげに呟く。ホームルームが終わったばかりの放課後の教室を後にし帰路に着くために廊下を歩いていたが、現在の時刻は午後五時前ほど。鮮やかに茜色の夕陽が窓から差す。
夕方だからか俺はふと眠気を覚える。欠伸が出そうになって口を閉じるも、かみ殺せずに僅かに息が洩れた。
「ふぁ~あ、今日は六時三十分からバイトかぁ。一度家に帰ったあと準備してから行かないとな……」
本日の霊峰院との放課後練習会はバイトがあるので休みだ。霊峰院さんにもそのことは既にメールで事前に伝えており、俺が教室を出る頃には、彼女は既に教室にいなかった。先生へ用事があったり手伝いを頼まれていれば机に鞄が下げられているので、それが無かったということはおそらく帰宅したのだろう。
と、考えていたところで、俺は最近の霊峰院の様子を思い浮かべた。
「……霊峰院さん、最近なんだか様子がおかしくないか?」
俺は思わず首を傾げる。
俺の気のせいかもしれないが、なんだか霊峰院の様子がおかしいのだ。
普段は授業中に教師から名前を呼ばれたら間髪入れずに返事する彼女が毎回一拍ほど遅れて返事をしたり、休み時間中の読書の合間にも小さく溜息をする回数が増えた。俺との放課後練習会のときも霊峰院は俺の顔をじっと見たり、その綺麗な瞳を閉じて深呼吸をしたりと、何かと不思議な行動をしているのだ。
それは確か、俺が霊峰院にお礼としてたこ焼きを購入して食べて貰った次の日から始まった。
「霊峰院さんに訊いても『なんでもありませんわ』って言われるし……。ま、俺が深く気にすることでもないのかねー」
そう言って俺は思考を打ち切る。何だか分からない感情にモヤモヤしながらも、誤魔化すためにそのまま帰宅する足を早めた。
本日のバイトのことを考えながら玄関を出ると、多くの帰宅する生徒や部活に行こうとする生徒に紛れて金髪縦ロールの令嬢―――霊峰院が視界の端に見えた。その艶やかな目立つ金髪を遠くから自然と目で追い掛けると、その両隣には取り巻きらしき二人の女生徒もいる。
やがて彼女ら三人は大きな校舎の角を曲がってしまったので、彼女らの姿は見えなくなった。
(あそこって確か、現在使われていない焼却炉が置いてあって、日陰でジメジメしてるからあまり人が立ち寄らない場所ってモブが言っていたような……。いったいそんなことに霊峰院さん達は何の用事があるんだ……?)
思わず訝しげな表情を浮かべながら、ふととあることを考えた俺。紅い制服のポケットに急いで手を突っ込むと折り畳み携帯を取り出した。そこに表示されていた時間は『17:03』。まだ十分に学校から自宅、自宅からバイト先まで間に合う時間だ。
改めて俺は霊峰院達が消えた場所へと視線を向ける。
(もしかしたら、霊峰院さん達の後を追ったら様子がおかしい原因を突き止められるかもしれない)
静かに決意すると、ごくりとつばを飲み込んで頷く。そうして俺はひっそりと歩みを進めたのだった。
◇
―――もしかしたら、俺は霊峰院の見てはいけない部分を見てしまったのかもしれない。ちょうど彼女たちの会話が聞こえる程度の距離にあった、ぐぉんぐぉんと音が鳴る巨大な室外機の陰に身を潜めていた俺は一人そう思う。
『
『……はい、確かに』
『ありがとう、ございます……』
『それでは失礼します。来週もよろしく願い致します』
交わした言葉自体は少ないが、そうして霊峰院は取り巻きである筈の二人に深く頭を下げると、元来た道へ足を進めた。
ローファーのコツコツと鳴り響く音が異様に大きく感じる。息を殺して隠れていた俺のすぐ近くを過ぎ去り、やがて霊峰院の足音が遠ざかると、緊張感から解放されたせいかホッと僅かに息を洩らした。
ふぅ、寿命が縮まるかと思った……! 俺には絶対探偵とかスパイは無理だな。
(……でもいったいどういうことなんだろうな。霊峰院さんがお金の入った封筒をあの二人に渡す瞬間を目撃してしまったわけだが)
あの会話の内容から察するに、霊峰院が隣のクラスの女子を彼女の取り巻きとして雇っていたということらしい。三人の関係は不明だが、何かしら事情があるのだろうか。
まだまだ霊峰院の理解度が低いからなのだろうが、どうも昔から考察するのは苦手だ。自ら進んでお金を渡す正確ではないだろうし、もしや何か弱みでも握られて一緒にいるのだろうか。例えば、学園内で一人で過ごしている霊峰院を憐れんだ二人が一緒にいる代わりにお金を要求している、とか。
俺なりに色々な可能性を模索して見るもまったく要領を掴めない。そういえば、と俺はお金を受け取って残った二人はどうしたのだろうかとこっそりと覗く。すると、
「―――あ」
『―――っ!』
タイミングが悪かったのか、ばっちりと俺と彼女らの視線が交錯する。
「あー、そのー、今日はとってもいい夕陽だな! 全然ここから見えないけど!」
『………………』
沈黙の空白に耐えきれずなんとかこの状況をどうにかしようとテキトーな言葉を並べるが、思いもよらない目撃者(俺)に二人揃って固まったままだ。よ、よし、バイトもあるし邪魔者はただ去るのみ!
「じゃ、じゃあお元気で―――」
「待ちなさい」
「ま、待って下さい!」
霊峰院と同じく元来た道を戻ろうと身体を翻すも、途端に俺の両肩に力が加わる。そこへ視線を向けると、それぞれ二人が片手で俺の両肩を抑え込んでいた。
え、ちょ、力つよ……っ!?
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