第13話 『麗氷姫』と初めてのたこ焼き 後編
「ちょっ!? は、吐き出して霊峰院さん! ほら!」
「……! …………!!」
俺がまだ何も手を付けていないたこ焼きの入った舟皿を差し出して吐き出すように伝えるも、霊峰院はぶんぶんと縦ロールを振り乱しながら顔を横に振って拒絶した。
どうしようかと思うも、まずは冷たい物と思った俺はすぐさま近くにあった自販機でミネラルウォーターを購入。急いで霊峰院さんの元に戻ると、どうやら彼女は無事に呑み込めたらしい。
「熱かったらそのまま口から吐き出せば良かったのに……」
「霊峰院家たる者、一度口に含んだものを出すようなはしたない真似は致しませんわ……っ! それに、この場所は人通りも多いですから……っ!」
どうやら霊峰院は女性としての尊厳を守る為に、たこ焼きの熱さを意地で堪えて我慢して呑み込んだらしい。凄い。正直に言って、流石霊峰院としか言いようがない。そうして口の中を冷やして貰うために先程購入したミネラルウォーターを手渡すと、彼女は「ありがとうですの」と言ってごくごくと喉を潤したのだった。
霊峰院は落ち着いたかのようにそのままホッと息をつく。
「そういえば美味しかったか? もしかして熱すぎて味が分かんなかったんじゃないか?」
「……確かに、そうですわね」
「口の中火傷とかしてないか? まだ熱いだろうから少しずつ食べるとか息を吹きかけて冷ますなりして食べてくれよ?」
「わ、わかっています! 大丈夫ですわ! もう二度とあんな恥は晒しません!!」
そう言って、霊峰院は爪楊枝でたこ焼きを口元まで持ち上げる。ふーっ、ふーっと丹念に息を吹きかけると、おそるおそる口に運んだ。そしてゆっくりと咀嚼。すると、霊峰院は途端に目を見開いた。
「美味しいですわ……!」
「そっか。なら良かった」
そんな彼女の喜々とした反応を見ながら、俺も自分のたこ焼きを一つ丸々口の中に入れる。……うん、やっぱりカリトロで美味い!
カリッとした歯触りとトロリと口に広がるクリーミーな旨味を堪能しながら、俺は改めてこっそりと霊峰院の横顔を盗み見る。彼女はもぐもぐと口にたこ焼きを頬張りながら目を輝かせていた。
俺はそんな彼女の姿を見て自然に笑みが零れる。
(気に入ってくれたみたいでホントに良かった。連れてきた甲斐があったな)
二人で食べ進めるとそのまま完食。街に設置されているゴミ箱へ空になった容器を投入する際にちらっと見えたが、霊峰院は小さな鰹節を残さないまでに綺麗に完食していた。そうしてゴミ捨てから戻ってきた俺は霊峰院さんへ声を掛ける。
「そういえば霊峰院さんの家ってどこなんだ? 近くまで送るけど……」
「いえ、結構です。いつもは霊峰院家の者に送迎して貰っていますので、御子柴さんのお気持ちだけ頂いておきますわ。―――セバス」
「はい、明日香お嬢様」
「うぎゃあっ!?」
今まで自分たちが座っていたベンチの背後にある小さな生垣から、いきなりにゅっと人が現れたことに俺は驚く。その姿をよく見てみると白髪をビシッとオールバックに決めた、黒い燕尾服を纏う老齢の執事姿の人物だった。彼はそのまま綺麗に一礼し、優雅さを垣間見せながら口を開いた。
「初めまして御子柴様、わたくし、長年霊峰院家の執事を務めております
「あ、はい、どうも……。霊峰院さんにはとてもお世話になっています……」
「ふふ。……さて。お迎えに上がりました、お嬢様。迎えの車はあちらにご用意しております」
「ご苦労様、セバス。御子柴さんはいかがします? 自宅へお送りいたしますが……?」
「あ、いや……大丈夫。ここから近いから」
「そうですの。―――では、また明日。気を付けてお帰り下さいな。本日は良い経験が出来ましたの」
「あ、あぁ、こちらこそ、ありがとう……」
呆気にとられたままの俺がそう言うと、霊峰院は黒塗りの高級外車らしき車に乗り込む。セバスが俺に微笑んで一礼すると、そのまま彼も運転席に乗り込み走り去ってしまった。その光景をそのまま呆然と見送る俺。ようやく口を開いたのは、霊峰院が乗り込んだ車が見えなくなってからのことだった。
「……俺カッコわるっ」
ここは男らしく霊峰院さんを自宅にまで送っていこうと考えていた俺だったが、よくよく考えれば自宅も分からないし、用心深い彼女がいつもの自分で帰る為の手段を用意しておくのは当然だろう。
そうとも考えが及ばず、俺は紳士を気取ってしまった。
(うぎゃぁぁぁぁっ!? 恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしいぃぃぃぃ!?)
徐々に込み上げてきた羞恥から、俺は顔を赤くしながら街中でくねくねと身悶えたのだった。はっと気が付いた頃には、小さい子供から指を指されたり若い女性からくすくすと笑われていたり、道行く人々に注目を浴びたのは言うまでもない。
◇
「………………」
わたくし、霊峰院明日香は適温に空調が調節されている車内で、窓越しから次々に流れる街並みをぼうっとしながらも眺めていました。霊峰院家から古くから仕えるセバスが運転する車内は不快な振動が一切なく、とても快適で一つの不満も無い。
いつもと変わらない帰り道に、
いや、ここ最近の、と言い直すべきでしょうか。その原因は、もう既に分かっています。
「……御子柴、渉」
わたくしは小さな声でその名を呟く。その男子生徒は、最近祖父である霊峰院之ノ助が経営する霊峰院学園に編入してきたばかりの特待編入生でした。
自己紹介時の彼の印象は”普通”。ツンツンとした不揃いな黒髪に、人懐っこいような笑みを浮かべる僅かばかりに整った顔。どこにでもいる中肉中背な身長で、適度に身体を動かしているであろう健康的な容姿をしていた。
我がクラスに編入してくる生徒がいる、という話は聞いていましたが、
……まぁ自己紹介後の失礼な物言いはとても不愉快でしたが、ただそれだけ。
彼がこの誇りある霊峰院学園に編入してきたとしても、わたくしのいつもの変わらない生活に―――、日常に変化は訪れない。そのように、
「……たこ焼き、美味しかったな」
「おや、それでは今後使用人に遣いに向かわせましょうか」
「……戯言ですの。忘れなさい、セバス」
「ふふっ、これは失礼しました」
ハンドルを握ったセバスが、そう言ってバックミラー越しにわたくしに微笑みかける。……わたくしは今、どんな表情をしているのでしょうか。
思いがけず初めてたこ焼きを食べた感動が自然と口から出てしまいましたが、慎みある淑女を目指している霊峰院家の令嬢としてはあまりにも軽率。反省しなくてはいけないでしょう。
自分の未熟さに瞼を閉じて溜息を吐いていたわたくしでしたが、「しかし―――」とセバスが言葉を続けた。
「随分と楽しげでしたね。明日香お嬢様のあのような姿は、外で久方ぶりにお目に掛けました」
「楽しげ、ですの……?」
「おや、自覚しておりませんでしたか。ここ数日は学園生活が大変充実しているとお見受けしましたが―――」
「セバス」
「おや―――、ふふっ、歳の所為か口が過ぎましたな。これは大変失礼致しました」
そう言ってセバスは先程と変わらぬ柔和な笑みを浮かべながら再び運転に集中した。一方、わたくしはセバスの言葉に戸惑いを覚えていました。思わず彼の言葉を途中で打ち切ってしまったのはその所為です。
(たの、しい……。このわたくしが……?)
小さい頃から信頼する執事の思わぬ指摘に呆然としながらも動揺を隠せません。一瞬だけとある人物が頭を過ぎりましたが、小さくかぶりを振って打ち消します。ふと顔を横に向けると、透明な窓に反射する自分の顔が目に入りました。
わたくしには、いつも鏡で見ている自分の顔としか思えません。
(…………きっと、気のせいでしょう)
そう強引に結論付けると、わたくしは考えることを止めました。淑女たるもの、たかだか一人の男子生徒に心を乱される訳には参りません。
わたくしは窓越しに映る景色と反射する自分の顔を何度も見つめながら、後部座席のレザーシートに背中をうずめたのでした。
―――霊峰院はまだ、新たに芽生えた自分の感情をよく理解出来ていなかった。
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すみません、執筆などでパソコンの画面を見続けたからか少し目が痛いです。なので、明後日からの更新を少しの間だけストップしようと思います。
拙作を読んで下さっている方には大変ご迷惑をお掛けしてしまいますが、どうぞご理解のほどよろしくお願いします。
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