第9話 『幼馴染』との昼食




「ねぇ御子柴君。なんだか最近調子良いんじゃない?」

「むぐっ……。それって俺の体調的な意味合いのことか?」

「それもあるけど、僕がそう感じたのは今日の体育の時だねぇ。編入直後の体育の授業ではサッカーのドリブルはおろか、ボールを蹴ることすらままならなかったあの御子柴君が不格好ながらもチームメイトにパスできるなんてね……! およよ、お兄ちゃんは嬉しいぞ……!」

「誰が弟だばーか。でも、そうだな……。これも柔軟体操のおかげかもな」

「? 柔軟体操? なに、健康志向に目覚めたの?」

「体幹が良くなるんだってさ。放課後に霊峰院さんが言ってた」

「へー、そうなんだ」



 現在、俺とモブは食堂にて他愛のない会話をしながら昼食を食べていた。因みに俺は今朝自分で作った弁当、モブは大きなとんかつと大量の千切りキャベツ、漬物、ご飯といった豪華さが伺えるわらじとんかつ定食だ。


 食堂は生徒にとって憩いの場と等しく人気なのだろう。以前と変わらず食堂内は生徒の利用数が多く、周囲はがやがやとしていた。



(俺がこの高校に編入してからもう二週間経つのか……。時はあっという間に過ぎるな……)



 ―――俺が霊峰院学園に編入してからもう二週間が経過しようとしていた。一か月の約半分をこうして過ごしてみると、次第に様々なクラス内の雰囲気や人間関係が見えてくる。


 まず俺が観察したところ、クラスメイトによる教室内の雰囲気は悪くない。スクールカーストといった人気度合いの階級制度なども存在しないし、授業も全員真面目に受けている。テンションの使い分けにメリハリがあって、全体的にしっかりとしている感じだ。


 ゆるみは無く、かといって張りつめた感じも無い。おそらくクラス内の均衡を維持できているのも、クラス委員長である霊峰院の存在のおかげなのだろう。


 俺がそう判断したのは何故か。霊峰院がいないタイミングを見計らって同級生に声を掛けて彼女の評価を訊いたところ、クラスメイトは極力彼女には自分から関わらないスタンスをとっている、霊峰院に対して一歩引いた態度で接しているという話までは同じだった。


 しかし敬遠こそすれ、どうも彼女に悪感情を抱いている人は誰もいないようなのだ。


 入学時の自己紹介後の彼女の言動がいくら高飛車で塩対応だったとはいえ、同じ教室にいるのだからクラスメイトは彼女に話し掛けられる機会はある。

 例えば体調が優れないときに一番早く気が付いてくれたとか、教科書を忘れたときにさりげなく貸してくれたとかだ。


 ―――そう。そのどれもが、誰かが困っているとき・・・・・・・・・・なのだ。どうやらみんなは、ただ霊峰院のキツイ表情と立場のせいでどう接したらいいのか未だに分からないだけらしい。


 やがて誰も寄せ付けない霊峰院の纏う雰囲気とお嬢様口調、プライドの高さを窺わせるその態度が『麗氷姫』と呼ばれるようになった原因とのことだった。


 因みにモブには俺が霊峰院と一緒に放課後練習会をしていることは話してある。なので霊峰院のことを『麗氷姫』と呼ぶモブの彼女に対する認識は少しずつ右肩上がりに改善されていっているようだ。


 俺は弁当をつつきながらこれまでのことを思い出していると、目の前に座るモブは口を開いた。



「そういえば御子柴くんって、もうバイトしてるんだよね。どんな職種なの?」

「あぁ、それは―――」

「わーたるっ! やっほっ!」



 突如背後から俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。聞き覚えのあるその元気な可愛い声に振り向くと、やはりその声の主はみっちゃんだった。



「みっちゃん……!」

「ここ座って良い? っていうか座っちゃうね!」

「あ、あぁいいけど……、でも友達と一緒じゃないのか?」

「そうだったんだけど一緒に座れる席が三人分しか席が空いてなくってさー。どうしようかと悩んでいたところにちょうど渉を見掛けたから、友達には断ってこっちに来ちゃった! あ、キミって渉の友達?」

「は、はい! 御子柴君と友だちやらせて貰ってる茂武田もぶたっていいます! は、はじっ、はじじじっ……!?」

「はじじ? あははなにそれ面白ーいー! 私は日浦美玲だよっ! 同級生だよ……ね? 今まで話したことなかったけど、ヨロシクねー!」



 俺の隣に元気に座ってきたみっちゃんは、噛み噛みになっているモブの様子にけらけらと笑みを浮かべながら両手に持ったお盆をテーブルに置いた。ちらりと見ると、どうやらみっちゃんは海老天うどんを注文したらしい。


 彼女は割り箸をパキッと割ると、うどんを掬ってちゅるちゅるとすすった。



「んー! おいひぃー! やっぱうどんはサイコーだよ!」

「みっちゃんは相変わらずなんでも美味しそうに食べるよな。もしかして中身も変わってない?」

「もう、渉のくせに生意気だぞー? しっかり成長してますぅー!」

「あはは、冗談だよ冗談」

「二人って高校で再会した男女の割には仲良いよね……。普通気まずくなると思うんだけど……」

「そうなの? でもまぁ昔はよく一緒に遊んだからねー」

「確かに。懐かしいな……」



 俺はご飯を口に運びつつ当時を振り返る。小学校の同級生にイジメられていたとき、俺に優しく話し掛けてくれた彼女は周りなど気にせずに一緒に遊んでくれた。内気で泣き虫だった俺をみっちゃんが引っ張ってくれたのだ。


 楽しかったし嬉しかった。様々な事情が重なって精神的に参っていた時期に、彼女の明るさが幼かった俺を救ってくれたのだ。今でも放課後に公園で遊んだことや、帰り道に大型犬に吠えられた出来事など……大切で忘れられない、たくさんの思い出が鮮明に俺の記憶の中に残っている。


 懐かしさを覚えながら当時の出来事を思い返していると、隣でうどんを口に運んでいたみっちゃんが何気なく口を開いた。



「そういえば渉もタイヘンだよねー。霊峰院さん……『麗氷姫』が一緒のクラスになっちゃうなんてねー」

「ん? 別にそんなことないぞ? 案外面倒見がいいし、話せば普通に良いヤツだけど」

「――――――」

「……みっちゃん? どうかしたか?」



 俺がそう返事するとうどんを食べる手が一瞬だけ止まったみっちゃん。何故か元気さが滲んでいた表情も僅かのあいだだけ無表情になった。思わずいったいどうしたのかと思わず声を掛ける。


 だけどみっちゃんは何事も無かったかのように破顔。何かを取り繕うように返事をした。


 

「―――ううん、なんでもないよ! それにしても渉ってば、いつの間にか霊峰院さんと仲良くなってたのかー。昔は消極的な性格だったのに、今は自分から他の人に話し掛けられるようになっちゃうなんて……。ううっ、お姉さんは嬉しいよ……!」

「あれ、なんかデジャブ……!? っていうかあれから五年くらい経ってるんだからそりゃコミュ力は鍛えられるわっ!」



 小学校五年生の夏頃に転校してから五年の月日が経過した。


 転校先でこのまま内気で泣き虫なままではいられないと決意した俺は、まず形から入ろうと思い明るく振る舞った。その日々の積み重ねの結果、功を奏して自分の性格を改善できたのだ。小学校の転校先で知り合ってそのまま仲良くなった例の高校のゲーム友達の手助けがあったとはいえ、その自分の弱さを克服できたことは密かな自慢である。


 …………つい先日、霊峰院の前でガチ泣きしてしまったのはとっくに忘却の彼方に投げ捨てた。決して現実逃避などではない。断じてない……!


 俺が心の中でそう念押ししていると、隣のみっちゃんがぽつりと言葉を呟いた。



「―――それにしても、霊峰院さんも可哀想だよねー」

「ん、それってどういうこと?」



 気の毒そうだけど、何処か感情の籠っていない声音こわね。そんなみっちゃんの様子に内心首を傾げながら訊ねると、彼女の視線は霊峰院さんがいる方向へと向けられていた。


 俺もみっちゃんにつられて見るが、案の定彼女とその取り巻きの子二人の周りには空席が目立っていた。



「彼女、よくここの食堂とか教室の廊下とかで見かけるんだけど、霊峰院さんって昼休みはいっつも同じ子とばっかりいるんだよねー。みんなはあの子らを取り巻きだー、まるで金魚のフンだーって言ってるけど、他に友達はいないのか・・・・・・・・・・ーって思ってさー」

「うーん、ど、どうなんだろうな……?」

「……ま、そんなことどうでもいっか! さ、食べよ食べよー!」

「あ、あぁ」



 霊峰院に関する話を切り上げて元気に食事を促すみっちゃん。説明は出来ないが、どことなく雰囲気が違うみっちゃんに俺は思わず目をパチクリとさせるも、その後俺たち三人は楽しい会話に華を咲かせたのだった。




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