第180話 ――んっ、だとしたら

「――んっ、だとしたら、人ならざる彼女は人ならざるものに襲われた?」

「そうだと思う。これを見て」

 そう言って、机の上に載っていたビニール袋に入れられたぼろ布を見せられた。

「これは?」

「触らないでよ。貴重な押収物なんだから。これはこの人が保護された時に来ていた衣服、なのに何十年、いえ、下手したら何百年も経っているぐらい劣化したボロ布。触れたところが塵になっちゃうのよ。これだけでも誰かに無理やり乱暴された形跡がないことが証明できるわけ。だって肩に警察官が触れた手形しか残っていないから……。それにこれ、見たことも無い素材でどんなふうに縫製したのかも分からない。天衣無縫ってこのことを言うじゃないかしら」


 俺はここまで話を聞くともう嫌な予感しかしない。女性の様子を気にしながら話を聞いていた美優の眉間にもしわが寄っている。

「この人自身、天星界の人っぽいよな。また、天帝絡みか~?」

 思わず吐いた言葉に周りの雰囲気が剣呑になる。それを吹き飛ばそうとしてホムニス教授は努めて明るく言ってきた。

「まあそういう訳で、私が彼女を預かることになった。怪我人でもない人間をいつまでも入院させておくわけにもいかんし、金もかかる。だからと言って、こんな記憶のない美人を一人で放り出したすわけにもいかん。警察の方にもそれらしい行方不明者はいないらしいから」

「つまりは厄介払いと?」

「まあ、警察の方でもほとほと困っていたらしい。私が引き取ると言ったら、警察官の奴、小躍りしていたぞ」

「そんなこと云っても大丈夫なんですか?」

「私の住んでいるところは高級マンションだからな。何しろ高給取りだからな。一人ぐらい増えてもどーってことないわけだ」

 嫌味にしか聞こえないので2度言わないように。

 そこで俺の内心を読んだように真面目な顔になった。

「それに彼女が再び、この世ならざるものに襲われないとも限らないだろ。そうなれば彼女を守ることが出来るのは、私たちしかいないんじゃないのか?」

 ドヤ顔で俺を見るホムニス教授。そりゃあ肯定しますよ全面的に。


「そうなると、彼女が襲われた場所って言うのが気になりますね?」

 美優がそう話に割り込んでくる。

「そうだな。警察が大分調べたみたいだが……。美優の目で見ればまた何か新しい発見がありそうだな」

「そ、そんなー」

 美優はほほを染めて謙遜するが、何しろ美優は第三の目を持つプレアデス星人の生まれ代わりだ。異界への入り口があるのなら、高次元から見通す美優の目が見つけてくれるだろう。もし、異界への入り口が見つかれば俺が速攻で塞いでやる。


 無意識に右手の拳を左手に叩きつけた。 

 その動作を見た美優がすかさず俺の脇を突っついてきた。

「錬、今日は麗さんがいないから、ベネトナッシュさんを降ろせないんだよ。だから、様子見だけ。危ないことはしないでよ」

 俺の心が読まれた? って気合を入れる時の俺の癖が出ていたみたいだ。相変わらず、美優のシンパシー能力はハンパない!

 美優には分かっているという風に頷いてホムニス教授の方を向く。

「それでホムニス教授。彼女が保護されたっていう場所はどこなんですか?」

 そこで教えてもらった場所は。ここから坂出インターを通りこして高速を使って一時間ぐらい西に行った瀬戸内海に突き出した三宝市にある荘内半島の鴨之越とその目先にある丸山島っていうところらしい。丸山島には浦島神社があって、浦島太郎伝説のある場所だと言っていた。

 それに鴨之越と丸山島は普段は海に隔てられているけど、干潮の時には海の中に道が現れるらしい。トンボロ現象というやつだ。

 予想通り、中々に神話絡みの場所だということだ。もっとも鈴木部長と違って、俺にはこの女性と浦島太郎伝説がどうつながるのか予想もできない。この絵にも描けない美女が浦島太郎に出てくる乙姫様だというのなら納得だけどな。

 ただ、気持ちが落ち着いたのか花を抱えてぼんやりしている彼女を見ると、何とかしてあげたくなってくる。

 俺って美人の弱いのか? 何となく気まずくなって美優を見ると、美優も俺の方を見ていた。ただし、俺が思ったこととは全く違っていて、美優はいい人だから、困っている人なら誰でも助けたくなってしまうんだ。


「丸山島か、ちょっと遠回りになるけど、寄ってみるか?」

「うん」

 すごく良い返事に、こちらがたじろいでしまう。その返事に苦笑いしながらホムニス教授から念押しが来る。

「沢井、沢村、それじゃあ頼んだぞ。私たちは彼女を連れて大学の方に戻るから」

「ホムニス先生。その……、これから一緒に住むのに名無しじゃ不便じゃないですか? 私たちとも付き合いが始まると思いますし」

「なるほど、確かに名前があった方が便利だな。うーん、そう言うのは思い付かなかった。沢井、なんかいい名前がないか?」

 あっ、ホムニス教授の奴、面倒くさいから美優に振りやがった。まあ、ホムニス教授のセンスは壊滅的だしな。なんせ神名がパンドラだもの。おっと名付け親は天帝だったか……。

 美優の方は、腕組みして顎に手を当てて素直に考えているみたいだ。しばらく天井を睨んだ後、思い付いたようでみんなの方を向いた。


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