第179話 高松中央インターを出て

 高松中央インターを出て、途中花屋に寄り、お見舞い用の生花のアレンジメントフラワーをチョイスする。しかも瞳の色に合わせてブルーパープル系で統一している。

女性でなおかつ身寄りがまだ名乗り出ていないらしいので、病室が少しでも華やかになるように、美優が女の子らしく気を利かせたのだ。

さすがに俺には思いも付かない気配りだ。

記憶喪失、ドラマでは何度となく見たことがあったが、実際に見るのは初めてだ。美優の能力が買われて、呼ばれたわけだから、美優にも緊張や不安があると思うけど、そんなことはおくびにも出さない。

さすがに美優だ。俺は感心仕切りで美優を褒めたんだけど、美優にデリカシーがないと反って注意されてしまった。男は中々気が回らないものなんだ。

後は? 美優に色々確認して、お見舞いの準備も整ったので、香川大学付属病院の門をくぐる。


 そして、あらかじめ聞いていた病棟を受付で告げる。すでにホムニス教授と沢口さんは着いていたみたいで、受付では拍子抜けするぐらい簡単に取り次いでくれた。


 そして、案内された病棟は特別病棟の301号室だった。

 知らない人の見舞いをするなんて初めてなので、どんな顔をして入って行ったらいいか分からない。こういうことは全て美優に任せてしまおう。美優は自分をさらけ出すことはないし、感情をコントロールする術を持っているから社交が上手い。それがシンパシー能力が高くて、相手の感情をもろに受けて精神が参ってしまうため、自然と身に付けたと知ったときには驚いたが……。


 美優はドアの前に立ってノックをした。

 中から「どうぞ」という声が聞こえたので、美優が中を伺うようにドアを開けた。俺はそれに便乗するように美優に隠れて中を伺う。病室は8畳ぐらいの個室だった。

 視界の端にホムニス教授と沢口さんがいてほっとする。

 ということは、ベットの上で上半身を起こしているとてつもない美人が記憶喪失の少女か?

 ぼんやりと天井を眺める瞳は、確かに青く澄んでいるんだけど、焦点があっておらず宙を漂いどこを見ているのか分からない。奇麗なだけに不気味で背中に冷たいものを感じる。

 それでも、美優がホムニス教授と沢口さんに向かって会釈をすると、彼女の方に歩いていくので、俺も美優について入って扉を閉めた。

 バタンとなった音に、ビクっとして青い瞳がこちらを向いた。

「あう、あう」

 そう言いながら女は美優に向かって手を伸ばしてくる。

「お加減はいかかですか」

 美優は怯むことなくにっこりしながら、女に近づくとお見舞いのフラワーアレンジメントを差し出した。すると女は両手を伸ばし、美優から花を奪い取ると、胸に抱え込んで涙を流し始めたのだ。

 なんなんだ、いきなり? この人、頭がおかしいのか?

「ほおーっ」

 その様子に感嘆の声を上げたホムニス教授。俺の持った印象とは明らかに違う驚きだ。

「――、いままで、まったく何の反応もしなかったのに……」

 声を潜めて言葉を吐くホムニス教授に、冷静さを取り戻した俺は訊ねた。

「それは花に反応したっていうことですか?」

「いや、それはまだ分からん……。まあ、花の多い所に連れて行ってみれば分かるだろ。記憶を呼び覚ます取っ掛かりになればいいんだが……」

「連れて出てもいいんですか?」

「まあな、というか退院だな」

「退院? だって怪我とか……」

「うーん、カルテとか写真を見てからこっちに来たんだが、もうほとんど治りかかっている。まだ、発見から28時間ほどしか経っていないのに?」

「そこは何で疑問形?」

「人間の常識から外れているんだ。とにかく傷の直りが早すぎる。どの裂傷も塞がっているし、縫った糸も自然と抜け落ちて、痕も残っていない。ほんと、こいつ人間か? ってレベルだ」

 この人は人間じゃないってことか? いや、俺たちみたいに神水のようなものを使えば……。

「まあ、沢登のように霊験あらたかな巫女で神の加護がある可能性もある。着ていた服が巫女装束にかなり近かったからな」

「巫女装束?」

「ああっ、そのへんは沢口に説明させよう。何せ自称監察医だからな」

「ホムニス先生! その言い方はひどいです。東京や大阪と違ってこの辺は監察医務院が無いだけで、行政や司法からの要請で解剖をしている医者は広義の意味で監察医って言うんです」

 ホムニス教授の後ろから抗議の声を上げた沢口さんがホムニス教授の横に乗り出してくる。

「実際は岡島大学病院法医学教室の研修医だけどね」

 乗り出してきた沢口さんを制して、にやにやするホムニス教授。このアバターさん、人間臭すぎないか? 前のように誰も寄せ付けないような威厳があった方がいいような気がする。仮にも医学部部長兼大学病院医院長様だろ。

「沢口、冗談はさておいて、沢井と沢村に患者の話をしてやれ」

「はいはい、分かりましたよ。教授」

「改めて」そう言いながら俺たちの方に向き直った沢口さんが口にした内容は、さらにこの女の人の正体の疑問を深める内容だった。

「沢井さんが安心するように、まずはいい方からの報告ね。彼女の体にはいわゆるレイプされた痕跡は一つもなかった。これは彼女の着ていた服でも証明できるんだけど……。その話は後ね。頭を強く打った形跡もないし、彼女の記憶喪失の原因はやはり精神的な負荷が原因だと推測するわ。

 それから、悪い方。彼女の着ていた服に残った切り口なんだけど、見たことも無い切り口で、しいて言えば、錬君の持っている虎杖丸の放つ斬撃、霊力が圧縮されたエネルギーの刃に近いと思う」

「俺の放つ斬撃に近い?」

「そう、切り口が極小の波形になっている。一言で言うなら物質で切るんじゃなくてエネルギー波で切られたみたい。現代科学じゃ説明のつかない痕跡なの。もっとも秘密裏にアメリカあたりが新兵器を開発していない限りは……」

「それって、例えばレーザーとかなら……」

「はいはい、もちろんエネルギーの焦点距離が短ければね。でも、今の技術じゃ精々数メートルも飛ばせばエネルギーは拡散してしまうの。虎杖丸は数十メートルは飛ばせるからその点では未知の技術ね。それでこの残された痕跡から見るに彼女を庇おうとした人を何人も貫通して彼女に届いている。そういったエネルギーの減少の仕方の波形なの」

「何人も!!」

 美優が悲痛な声を上げた。

 他に何人もの犠牲者がいる……。だとしたらそんな芸当ができるのは……。

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