第163話 手紙には前略、沢村錬様
手紙には前略、沢村錬様並びに心霊スポット研究会様から始まり勝負の内容が次のように書かれていた。
日時 11月10日 日曜日 午前10時から
場所 甲子園球場
人数 沢村錬を含む八名
持参品 色欲のハッカイ、神水に浸した公式球12個
注意事項
一、 色欲のハッカイを破壊しないこと
二、 降霊術は使用可、ただし沢村殿の高校時代の力量を超えないこと
三、 不参加は認めない
四、 岡島神社の協力は認めない
以上四点が破られた場合には、直ちに預かっている女性たちの命の保証はない。残り七つのハッカイは全て開放され、この世に地獄が訪れるだろう。
追伸
女性たちの清らかな寝込みを襲い危害を加えようとした三名の信者は除名し、十七夜教団の処罰にのっとり、最大限の苦痛と恐怖を与えた後、小指を切り落としこの世から消えて貰った。
僕の誠意と彼女たちの無事の証明にするため、小指はコトリバコに封じることはせず、手紙と一緒に同封させてもらった。
書かれている内容をみて俺はほっとした。どうやらこの指は美優たちに乱暴をしようとした信者たちの指のようだ。それにしても十七夜教の掟は十七夜(かなぎ)に従わない者は責め苦を与え、負の情念を最大限にした後、コトリバコの材料にする残額極まりないもののようだ。
容赦ないな……。恐怖政治を引き、十七夜教団の存在をこんな情報化社会の中でも隠し通してきたんだ。
それにしても対決の場が甲子園とは……。高校時代、憧れそして断念した夢、俺はそこで野球ができるのか? 俺は口角が無意識に上がっていたのかもしれない。不謹慎にもほどがあるだろう。
「しかし、野球は九人でするものだろう。それに神水に浸した公式球が一二個って?」
俺の思考を鈴木部長の声が遮る。そうだ、そっちの方も考えないとな。
「八人でするってことは、相手も八人ということなのかな? あれだけ信者がいれば九人そろえることは簡単だろうけど……」
「えっと、こっちは沢村君、沢登さん、藤井さん、山岡に田山、それに大杉か、一人足らないぞ」
確かに今の心霊スポット研究会のメンバーは美優を入れて八人しかいない。しかし、彼がこんなハンデを付けるのか? わざわざ切断した小指を送ってくるぐらい相手に行き過ぎた配慮をする彼が? それに、いかにも俺と彼との一騎打ちといった感じだったぞ。
人数のことはこの際関係ない。どんな条件だろうと勝たなければどのみち未来はない。甲子園という舞台に恥じない試合をするだけだ。
それに水を含んだボールを投げるのは試合前の投球練習の時にしていたことだ。水を含んだ重いボールを20球ほど投げることで、実際の試合球が軽く感じることと、ボールのスピンの角度と量が目に見えて調子の判断がしやすい。
水を含んだボールを投げる練習も必要だな……。それに、当面はこのメンバーの実力の底上げが必要か。あすからしごくか! そんなことを考えている俺の顔をみんな怪訝そうに見ていた。
いかん、いかん。どうやら考えが顔に出ていたようだった。
それから三日間、昼休みや放課後には野球の練習をやったけど、結果は芳しくなかった。ソフト大会で分かっていたことだけど、みんなの野球の経験値は低かった。最近、空き地や公園での球技の禁止で、子ども時代に野球ができる環境で育っていないのだ。
そして、やっと硬式球になれたところでタイムリミットがやって来た。明日はいよいよ甲子園だ。
「気合で何とかするしかない!!」
一番なんともなりそうにない鈴木部長が檄を飛ばす。それにしても鈴木部長、あれだけ甲子園フリークだったのに、実は観戦専門って全くの計算外だった。
「「「「おう……」」」」
鈴木部長の檄に弱々しい声が返ってくる。みんな、美優たちの命と世界の未来が掛かてちるんだからもっと真剣にやってほしいんですけど……。
でも、今更愚痴ってしかたない。野球って言うのは小さいことからやっている方が圧倒的に有利なスポーツだ。俺が打たせなければ問題ない。バットに当てさせない覚悟。その実現の可能性を考えてギリっと奥歯を噛みしめる。
俺にとって大事なことは、美優と留萌さんだけが大事であり、世界の破滅など知ったことではない。麗さんにだって何度も助けられた。ハッカイの破壊だけは何とか成し遂げたい。
守りたい人のために俺は戦う。その明確な意思が再確認されたら、迷いや愚痴はいつの間にか吹っ切れていた。
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