第148話 兄の時、世話になったから

「兄の時、世話になったから」

「それって錬には全く関係ないよね」

「まあまあ、麗からすると今更だし、錬の名前を借りたいだけやろ。ほら、この間、医学部からクッキーの詰め合わせを貰ったやろ。列車飛込み事件で世話になったゆうて、ホムニス先生の名前で貰ったんや。今の沢口さんの上司はあの人になるらしいんや。散々騒ぎになって当時の室長は更迭されたからな。医学部にとってあの天才外科医さんは不祥事の切り札らしいで。あの美貌に誰もが認める腕前、ちょっと非難しにくいもんな」

 言葉足らずの麗さんにいつものようにフォローに回る彩さん。いやクッキーって何ですか? その話、今初めて聞いたんですけど……。

「ええやん、このサークルの実力者は間違いなく錬なんやから。ホムニス先生からもよろしゅうにって言われたやん」

 美優は不服そうだけど、俺がサークルの代表でするということで黙っている。まあ、彩さんに釘を刺されれば黙っているしかできないと思う。

「わかりました。ところで外国人の喜びそうな京都土産って?」

「……?……」

 誰も答えないので、慌ててスマホで検索してみると、抹茶とか宇治茶とか京都限定販売のキットカットの抹茶味とかが出てくる。

「うーん。そうだね。監察医務局全体ならこれでいいよね。みんなで分けて食べられるし……」

「そうだな。でも、個人的に何かプレゼントするんだよな。どうせならちょっと驚かせるようなセンスが光る物」

「お土産はみんなそう思うんだけど中々難しいだよな」

 山岡さんが実感の籠った返事を返してくる。そうなんだよなー。でも、そうやってドツボに嵌まることは誰にでも経験のあるところだ。

「だったらこれはどう?」

 俺の気持ちに美優はスマホを向けて答えてくれた。画面に映っているのは、扇子とかんざしだ。なるほど、京都言えば舞子さんか。その人たちが持っている小物と云えば外国人に受けるに違いない。

「それはいいね」

 俺の発言に三人の女性が続く。

「この先にそういった物を扱うお店があるみたいなの。本物の舞妓さんもご用達にしているんだって」

「そこに行ってみようか」

「興味ある」

 そういう訳でみんなでそのお店に行ってみることになった。


 ついた店先は、歴史のありそうな格子戸で囲まれた純和風の店構えで、戸口は閉められ、いかにも一見さんお断りと云った佇(たたず)まいだ。

「ここ、お土産屋さんよね?」

「ほんと、なんか入りにくいな。これやから京都っていややねん。お高くとまってんねん」

 店構えに圧倒されて、ちょっと入りにくそうにしている美優や彩さんに対して、麗さんは躊躇なく入っていく。

そうか麗さんは巫女なんだから、こういった厳格なお店にも耐性があるんだ。麗さんに続いて恐る恐るみんなで入って行くと、店には和服を着た女の人がいた。

「おこしやす」

 艶のある優しい声で、挨拶をしてくれたので「どうも」と軽く頭を下げて挨拶をする。

「ちょっと、見させてください」

「ゆっくり見ておくれやす」

 麗さんがお店の人に訊ねると、柔らかい言葉が帰って来た。そこで安心して商品を見て回る。でも、見ると云ってもほとんどの商品はショーケースに収まっている。しかし、ショーケースには花や風景をモチーフに金粉や細工が施され品の良い商品が並んでいて、どれも目を奪われる逸品である。その中でも女性陣の注目を集めたのは、紅葉した小さいモミジが連なるかんざしだ。

俺も覗き込んで感嘆した。こまやかな細工を施された紅色のモミジ、花が主流のかんざしの中でひと際異彩を放っていた。そして、その値段にも目を奪われる。

「高い」

 思わず口からこぼれてしまった言葉に、店の人は微笑みながら答えてくれる。

「そうどすやろ。ここにある商品は全て一点ものやさかい他にはないものばかりどす」

 うっ、言葉のドスが心に突き刺さる。

「すみません。大学生にはちょっと無理みたいです」

 俺はなぜか店の人に謝ってしまった。まあ、こういうのを高値の花というのだろう。俺の手の届く所まで降りて来てくれた花もここのいるんだけど……。

 そうやって俺たちは気まずく、でも麗さんは堂々と、この店から「またおこしやす」の言葉を背に出て来た。

 そっと寄り添うように歩いていた美優に、興奮冷めやらぬ俺は美優に話し掛けていた。

「それにしても、日本の伝統工芸はすごかったな」

「本当に……。魅入られました」

「いつか、あんなのを美優にプレゼントできるような男になりたい」

「もう……。いつまでも待ってます」

 遠慮されると思った俺に、美優はいつまでも待っていると言ってくれた。そんな男にいつかなってくれると信じられたようで俺は嬉しくなる。

 そこに水を差してくる彩さん。

「それで、結局ホムニス先生へのお土産どないするん?」

「「……うーん」」

結局、オムニス先生へのお土産は宇治抹茶とキットカットの定番に落ち着いたのだ。


 そうやって新京極商店街や寺町商店がそれに錦市場を堪能していると、時間もあっという間に過ぎていく。俺たちは土産物を置くために一旦くるまに戻り、駐車場の近くのデパートの名店街で食事を取った。

ちなみに俺が買ったお土産は家への京漬物だけだった。


まだ深夜までには時間がある。カラオケで時間つぶし、歌いたい人は歌い寝たい人寝る。そうやって時間を潰し、時間は深夜一二時前、いよいよ、繁華街を離れ、四条通を八坂神社に向かって歩いていく。

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