第136話 麗の回想録(メモワーズ)9

 そんなある日、私は父に呼ばれた。

「今日呼び出したのはほかでもない。麗、お前には式神もおり、神水さえ得た。まさにこの岡島神社始まっての天才といっていい」

「……でも、兄を救えませんでした」

「済んだことを悔やんでも仕方がない。それよりも兄の意思をついでコトリバコの壊滅に全力を注ぐんだ」

「……はい……」

 私は父の言葉にくちびるを噛んで返事をする。

「そのためにも、少し早いが本格的に修行の時期と認める。この修行の本来の目的こそコトリバコの永遠の破壊。コトリバコを神水で清め、「妙見八封久呪(みょうけんはっぽうくじ)」を持って、コトリバコの内部に封印された負の感情を浄化する。できるか、麗?」

「はい!!」

 父の試すようなまなざしに答え、私は力強く頷いた。

 あらゆる魔を滅する力を持つという「妙見八封久呪」。妙見密法の最大にして最強の奥義。妙見菩薩に選ばれたものだけしか習得できない神呪。また、それを得ようとして命を落とした者だってたくさんいる。しかし、私は兄を奪ったコトリバコ、そして十七夜教が求めるハッカイを二度と使えぬよう破壊するため「妙見八封久呪」を習得することを心に決める。


 それからは日々修行の日々だった。水ごりや断食など肉体的な責め苦。それから「妙見八封久呪」を為すための複雑な九つの印は組むごとに、私の体の霊気を極限までごっそりと消費する。霊力枯渇で気を失ったことも一回や二回じゃあ済まない。この霊力の復活に神水が必要になるため、神水がないと「妙見八封久呪」が習得できないという歴代の神官には壁があったのだ。

それでも兄の無念を晴らすため歯を食いしばって修行に耐えた。少しずつ体に貯められる霊気を増やしながら、コントロールできる霊気の質と量を増やしていく。

 やっと九つの印に耐えるだけの霊力をコントロールできるようになり「妙見八封久呪」を自分の技にしたのは高校三年生の時だった。

 そのころには、私も他の神官たちに交じり、コトリバコを回収して回っていた。式神の獅子神の力を借り、封印には神水を使う。もう自分の血を持って恨みを浄化する必要がなくなったため、前倒して回収を早めたのだ。

そして、明治以降に回収したコトリバコは三一個、明治以前に曾々じいさんに破壊されたコトリバコが二五個、ついに、イッポウからチッポウまでのコトリバコがすべて岡島神社に集まったわけだ。結界を張った庭に、そのコトリバコを積み上げ、柄杓で神水を掛ける。コトリバコから立ち上がる暗黒の霊気が霧散していく。

そのタイミングで私はかっと気合をいれた。

「青龍・白虎・朱雀・玄武・勾陳・帝台・文王・三台・玉女!!」

 四神、神人、星神の名を叫び、神々の力を乞い、印を結んで行く。一つの印を結ぶたびに、裏久呪の印が一つずつ音を立てて解除されていく。やがて九つのカギを解除したコトリバコは形を無くし崩れ去った。

「ふーっつ。終わった……」

 まずはこの地に伝承されていた怪異が一つ終わった。満足感で私は安どの息を吐いた。

 

先ほど高校三年生と云ったが、私は中学も高校も行っていない。修行が忙しかったのと両親が過保護で、もういじめも妖魔も怖くないのに私を学校に行かせなかったのだ。それでも大学は行こうと一念発起して、大検を受け大学受験資格を持ち、岡島大学を受験したのだ。

 理工学部を受けたのは、一つは学校生活になじめず対人恐怖症になっていたために、まあ、オタクと云われてコミ障の学生が多いに違いないと云う誤った知識が働いたのは言うまでもない。それともう一つは対妖魔用の武器の一つも作れるんじゃないかという淡い期待だった。

 

 そして、岡島大学に見事合格。私は心霊スポット研究会のメンバーと出会うわけだが、まず、部長の鈴木とは、この地域の高校野球のチャットで知り合った。時々伝説のスラッガーとして兄の名前が出てくるこのチャットは私のお気に入りだった。兄が生きていた証をここに見ることができ、兄を認めてくれている人がいる。それだけで私は嬉しかったのだ。

 その鈴木が今大会一押しなのが沢村投手。兄との架空の対決を熱く語る鈴木の人柄がすごく気になった。それで何度か個人的にメールをするようになり、彼が四人グループで心霊スポット巡りをしていることを知った。

 妖魔や悪霊の怖さを知る私は、彼らを放っておくことが出来なかった。まあ、持つ者のお節介だ。それで何度か彼らの心霊スポット巡りに付き合ううちにサークルとして正式に心霊スポット研究会として発足することになったのだ。まあ、私以外のメンバーはみんなヘタレで実際に危険なことは何一つなかったんだけど……。

 後は、学祭のミスキャンパスの時に知り合ったのが藤井彩さんだ。私はどうやら理工学部ではたくさんの男子に慕われていたみたいだ。自薦枠とは別に各部からの推薦枠に理工学部から私、経済学部から藤井彩さんが推薦されていたのだ。この推薦枠、只の人気投票で、当日発表されるわけで、もちろん辞退することも出来る。私はいきなり舞台に引っ張り出されるなんて許容できるはずがない。名前が何度も呼ばれる中、私はこそこそと人混みに紛れて遁走。その年のミスキャンパスに選ばれたのが藤井彩さんだった。


 この藤井さん。結構負けず嫌いで、私がミスキャンパスに出ていたら結果は変わっていたかも知れないという噂を耳にして、私の元にやって来たのだ。

 私はオーラが見えることを使って彼女の性格を把握した。その結果、彼女は私と友達になりたかっただけみたいだった。

「容姿に自信のあるやつって、腹黒いやつが多いねん。その点、モテモテやのにそれをひけらかさん自分って性格ええんちゃかなと思って会いに来たんやけど。ただのコミ障やん」

「……あの、それが何か……?」

 私をコミ障って……。この人苦手だ。

「いやまあ、ほんま美人さんやな。うちと自分が組んだら、この大学牛耳れるちゃうかなー。ほんなら、思い通り男どもに貢がせて、キャンパスライフを謳歌できるで!! うちと組もうや!!  大体、賞金が出るゆうからミスコンに出たったのに、ペアー旅行券やったんやで。現金にせえちゅうねんなあ!!」

 そう言って手を差し出す藤井さん。なに? この人面白過ぎる。そんなことを考えているうちに、私は彼女の手を握り返していた。

 そんなこんなで、藤井さんと仲良くなって、賞品のペアー旅行券で二人で沖縄に旅行に行ったんだけど……、さすが希代の心霊スポット。やっぱり悪霊も美人の方が力が入るみたいで、私の霊力で事なきを得たんですが……。

その先々で起こる怪奇現象に彼女はすっかり虜になって、私と同じ心霊スポット研究会に入るわけだが……。彼女の目論見であった大学を牛耳り、男どもから貢がせ、キャンパスライフを謳歌するはずが、なぜかさえない心霊スポット研究会の男どもとキャンパスライフを謳歌することになっている。

そして新学期、この心霊スポット研究会始まって以来の逸材、沢村錬と沢井美優をスカウトすることになったんだけど……。

それからの活躍はみなさんご存知のとおりだ。

私は自分の過去をうまく話せた自信はない。この場にいる全員がなぜか悲痛な表情をしている中、沢口さん一人難しい顔をしている。何か話の中に問題があったのかしら……。

 だが、それを確かめる前に心霊スポット研究会の飲み会はお開きとなったのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る