第133話 麗の回想録(メモワーズ)6

 そして、神社の鳥居を出た途端に、兄は胸を押さえて苦しみだした。そして、口からごぼっと大量の血を吐いた。その血の中にはゴキブリのような蟲が蠢いている。

「きゃーっ!!」

 私は喉が切れるかと思うほどの悲鳴を上げた。普段話すことが苦手な私は喉が切れたかのようにせき込んでしまった。それで目に涙が溜まっているんだけど、せき込んだから涙が出たのか。今の目の前の光景に絶望を感じて涙が出ているのか、それさえ分からない。

 私の声を聞いて、父も母も家からとびだしてきたが、もう間に合わない。

 兄は血を吐いてのたうち回りながら、最後には仰向けに倒れて肩で大きく息をしている。そして、大きく胸が膨らんだかと思うと胸が破裂して血しぶきが辺り一面に飛び散った。そして、心臓のところ、穴の開いた胸からぞろぞろと何百もの気味の悪い蟲がはい出て来たのだ。

「な、なにこれは? お兄ちゃんが死んだの?!」

 私は膝から崩れ落ちそうになりながら、両足を踏ん張った。だっておなかの底から熱い物がこみあげてくる。ぶるぶると体が震える。その熱い物が腹の底から脳天に突き抜ける。目の前が真っ赤になり全身の血が毛穴という毛穴から噴き出してきそうだ。 

 そんな私が歪む目線で見たものは、私の体から赤い光が放たれ、私に向かって飛んでくる半透明なゴキブリのような蟲が、その赤い光に触れると黒い粒子になって霧散していくところ。

 体を痙攣させていた兄は私の方を見ると震えが止まり、そして驚いたように目を見開いている。そして、せき込みながら私に言ったのだ。

「麗、ついに霊力を操れるようになったのか!! そうか!! 親父! 俺を御贄(みえ)に……、その麗を気に入っている狛犬の御贄に!!」

「お前を神の供物になんて……」

「俺はもうすぐ死ぬ。でも、麗のそばで麗を見守りたいんだ」

 兄は必至に父に頼んでいる。なにを言っているの? 兄が死ぬなんて……。それでも、父は印を結び出した。そして、気合を吐くと印を結んだまま両手を突き出した。

 それを見て兄は穏やかに目を閉じた。

「……お兄ちゃん!!」

 私の叫びに重なるように懐かしい声が聞こえる。

「麗殿、我が依り代を!!」

「依り代?」

 私はその声に向かって問いかけた。すると父が白紙のお札を私に投げて来た。

「それに思うままに文字を書け!!」

「うん」

 私はそのお札を掴むと、頭に浮かんだ「妙見神呪」の中にある一文を迷わず書き込む。

「獅子神顕現!!」

 書き込んだお札を宙に撒けば、思ってもみない言葉が口から飛び出た。それはまさに潜在意識からの心の叫び。その叫びに呼応するように私が投げたお札が二頭の獅子の身を宿す。そしていまだにハエのように兄の体を汚すゴキブリもどきをその爪と牙で引き裂きあっという間にすべてが無に帰っていった。

 そして私の前に獅子たちは首を垂れ、そして懐かしい兄の声で言ったのだ。

「妙見菩薩の眷属、我が獅子神たちは捧げられた御贄により顕現する力を得申した。ゆえに御贄の願いを叶えるため、麗殿、あなた様の式神となりましょう」

 式神、たしか兄の持っているマンガでは主人公を助ける強力な味方になってくれる。でも私には神通力もないし、神を従えるような立派な存在でもない。

「わたしは無理です。あなたたちを従えるなんて恐れ多い」

「何を、そのあなたの霊力、きっと世を正すことになりましょう。われらはその力にあなたが目覚めるのをずっと待ち望んでいたんです。それに我らは麗殿が好きなんですよ」

好きといって照れた感じが神々しいのにとてもかわいい。私は父の方をちらっと見た。父も微笑んで頷いている。

「獅子神さんたち、ありがとう。きっと私、あなたたちの気持ちに答えるために頑張るわ。だから、よろしくね」

「うぬ。こちらこそ。それではもう一つ。麗殿が覚醒した祝いに妙見菩薩様より贈り物があるようだ。後で裏山に行ってみるがよい」

「うん。分かったは裏山ね」

「それではまた、困ったときにはいつでも我らを呼ぶがよい」

 獅子神たちはそう云うと、消えてしまい後にはお札が残っているだけだった。


 私は一気に体の力が抜けてしまった。

 そこから後は大変で私の記憶も曖昧だ。お母さんが兄に縋りついて泣いていて、父はどこかに電話を掛けているようだ。私はぼーっとしてその風景を見ていただけみたいだ。

 やがて、けたたましいサイレンを響かせて、救急車が境内に滑り込んできた。私はそこで我に返って兄にしがみ付き、必死に謝っていたようだった。

「ごめんなさい。ごめんなさい。私がもっと早くにこの力に目覚めていれば……」

そんな私や母を引き剥がし、救急隊員は「無理に動かさないで、大丈夫、きっと助かりますから」私たちに言って聞かせてくれているけど……。胸に風穴があいている兄の姿を見て、そんなのは只の慰めだということは、私でも分かる。救急隊員はAEDでショックを与えているが、意識を吹き返すことはない。五分位色々やってみたみたいだけど結局蘇生することはなかった。

「申し訳ありません。全力を尽くしましたが力及ばすにすみません。明らかに蘇生不可能な状態で、我々は社会死と判断します。したがって、救急車で緊急搬送することはできません」

「……社会死……」

 分かり切った判断だか、身内にとっては死亡宣言だ。私はその後の言葉は聞き取れない。私はフラフラとあとずさり、そのまま膝から崩れ落ちそうになる。それを後ろから支えてくれたのは父だ。

「それで、変死あつかいとなるので警察に連絡を取らせてもらいます。たぶん、検死や現場検証があると思うので覚悟してください」

 そういうと救急車に戻ってどこかに無線で連絡している。

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