第134話 麗の回想録(メモワーズ)7

 私は父に支えられながら別のことを考えていた。贈り物?そうだ裏山だ。私は父の支えを振り切り裏山に向かって歩き出す。「おい、麗!」父が私を呼び止めようとするが、戻って来た救急隊員に話しかけられ私を追いかけることはできなかったようだ。後ろでは救急隊員の話声が聞こえる。

「今警察に連絡を取ったんですが……。すみません。ちょっと立て込んでいるみたいで、監察医が三〇分ほど来るのに掛かるそうです。すみませんが現場に触れないようにお願いします。我々は次の現場があるのでこれで失礼します」

 なんだ。もう帰るのか。まあ、そんなことはどうでもいい。私には兄を生き返らせる予感がある。

 そして、導かれるように神社の裏山に入って行く。そこにはこの岡島神社の真のご神体と言われる石柱がある。その高さ五メートルそして周りに巻かれている注連縄(しめなわ)の長さは四メートルに及ぶ正に御柱(みはしら)と云うにふさわしい出で立ちだったのだが……。いま、その石柱は半ばまで亀裂が入り、その先から水が滴り落ちている。

 私はその水に惹かれてその軌跡に指を這わす。そして水に触れた瞬間、指先から全身に向かって細胞が活性化していくのが実感できた。

 これほどの活性は……。私は雷に打たれたように一つの考えが頭に浮かんだ。

 私は亀裂から水を滴り落ちる水を両手で掬い口に含む。そして、口に貯めたまま再び両手に汲んだ。

 そして大急ぎで兄の元に帰ると手で運んできた水を兄の風穴があいた胸に注ぐ。すると、水を掛けた胸のあたりが淡く輝きだし、肉がみるみる内に盛り上がってくる。しかし……。

(まだ、足りない!)

 私は口の含んでいた水もぷーっと吹き散らかした。さらに光が強くなり、完全に兄の胸の傷は塞がった。でも、まだ兄が息を吹き返す様子はない。

(まだ、全然足りない……)

 私は、再び裏山の御柱に向かって走り出そうとしたところを、父が腕を掴んで止めたんのだ。

「……神水……。初めて見た。実在したとは……。麗! お前こんなものをどこで!! いやそれよりも、いくら神水を使っても兄は生き返らないんだ」

 私は父の腕を振りほどこうとする。

「だって、神の啓示があったんだよ。絶対にお兄ちゃんは生き返るんだから!!」

「兄はお前のために、その魂を獅子神に捧げたんだ。もはや兄の魂が元に戻ることはないんだ。それに、神水と云えど死人を生き返らせることはできないんだ。それは神が決めたこと。神の理(ことわり)を神自身が覆すことはないんだ」

「それでも!!」

私は少し錯乱していたらしい。再びけたたましいサイレンを響かせ境内に入り込んできたパトカーが私を冷静にさせた。そして、そちらを見るとパトカーが止まり、二人の警察官が車から降りて来た。そしてパトカ―の後ろには岡島大学附属病院と書かれたバンが止まっている。

「遅くなって申し訳ありません。ところで死亡者と云うのはこの方ですか?」

 警察官が怪訝そうに血の海に横たわっている兄を指さした。

「その通りです。消防隊員の方が帰ったそのままです」

「うむ」

警察官二人は頷いて、まずは兄の体を念入りに調べている。胸に空いていた風穴はすっかり塞がりまるで何事もなかったようになっている。

「うむ。何が何だかさっぱりわからん。主だった外傷は無いのに、この血の量は何なんだ?」

 首を傾げる警察官に向かって、バンから降りて来た人物、その人物の恰好は繋ぎのような作業服の上に白衣を肩に掛けさっそうと登場した。そして、その肩までの髪はストレートの白髪で、整った顔に印象的な真っ赤な瞳と紅を差したような真っ赤な唇、肌は透き通るように真っ白で、まさに絶世の美少女にふさわしい容姿の人が後ろから指示を出した。

「はい、はい、素人さんは下がっていてね。私がちゃんと見るから」

 そう云うと、兄の体を見始める。

(この人、外国人みたいに見えるのに日本語がペラペラだな)

「この血は動脈から噴き出した鮮血ね。まさに心臓か肺が破裂して噴き出したとしか思えない。でも、口の中にも大量の血があるから、口から吐き出したのかな。外傷はないから、刃物の線は無いわね。これは……」

「どうしたんですか?」

「世界に数例しかない人食いバクテリアが内蔵を食い破ったのかしら? 潜伏期間は一週間だったかしらね?」

 この真っ白い女性の話に途端に怯えだす警察官たち。

「ここに居る人、それから、この1週間の間にこの少年に接触した人達は隔離して。後、この遺体にまだ手掛かりが残っているかもしれないけど、ここじゃあ何もできないから、大学に持ち帰って司法解剖するわ」

 そう云うと、女の人は兄の体を抱え、警察官に支持を出す。

 ちょっと待ってよ。兄をどこに連れて行くって言うのよ。私はこの無礼な美女に、体の内から湧き上がる霊気をぶつけた。しかし、彼女は気にするでもなく軽く霊気をいなすように受け流した。

「……?……」

「あなたたちも手伝ってよ。この遺体を車に乗せるんだから」

 私が唖然としている間に指示して、無理やり嫌がっている警察官に手伝わせ車に乗せている。

「じゃあ、あなたたちも大学病院で待っているわ」

 そう云うと、彼女はウインクをしてさっそうと車に乗り込み行ってしまった。

「あのー、すみませんが、あの被害者とこの1週間の間に接触があった人が分かれば教えてください」

「いやあ、息子は学校に行っていますから全員を呼ぶのはちょっと……、それにあの人、接触があった人って言ってましたから、息子の血に触れた人って感じでいいんじゃないかな?」

「えっ、どうなんでしょう?」

 警察官は慌てて無線を取り出し電話をしている。

 私たちは、どうして兄がああなったのか知っているから、殺人バクテリアが原因じゃないのは分かっている。それにもう原因は獅子神たちが排除しているのだ。周りの人をこんな茶番に巻き込みたくない。でも、真実を話すことはできないし、例え話しても信じてもらえないだろう。それにあの女の人、あんなことを言いながら、全然気楽そうだった。

 警察官がさっきの女の人に話を聞いたみたいだ。やっぱり、父の言った通りだった。そうなると私が知っているのはあとミクさんだけということになる。

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