第131話 兄の話を聞いて難しい顔をしている
兄の話を聞いて難しい顔をしている父が言った。
「まだ、呪いが薄まるまで20年以上あるはずのチッポウが人目に触れるとは……。それにそのことに女がかかわってしまったとは……」
「親父どうなるんだ……」
「いや、そのミクっていう子は大丈夫だろう。心配なのはお前の方だ」
「……やっぱり……」
兄はミクさんが大丈夫だというのになぜか顔色が悪い。その顔を見て父は兄にいった。
「いずれにしろ、古(いにしえ)の掟に背いた杉山家と杉井家には話をする必要があるだろう。今日の夜、両家を集める」
「ああっ、分かったよ」
「それから、そこで話を聞いている麗。お前も思ったよりも早くなったが、この岡島神社の秘密を知っておく必要がある。今日の会合には顔を出すように」
「は、はい」
突然、私の名前が呼ばれてすっとんきょんな声を上げてしまった。私が隠れて話を聞いていたことはバレバレだった。それにしても岡島神社の秘密って……、遅かれ早かれ私には言うつもりだったみたいだし、きっと中学になったら始める修行となにか関係があるかも知れない。
「親父、麗は大丈夫なのか?」
「お前の血を喰らったんだ。チッポウはお前の血で浄化されているはずだ」
「そうか、なら大丈夫だな」
父と兄の会話が気になったが、大丈夫と云えば大丈夫なんだろう。
その後すぐに、お父さんはどこかに電話を掛け出した。それで私と兄は父の書斎を後にした。
「お兄ちゃん。その手大丈夫なの」
「ああっ、医者に行ったから大丈夫だよ」
「でも、今年の夏の大会には間に合わないね」
「ああっ、そうだな。監督になんていうかなあー」
「でも、そこまでして救いたかった杉井ミクさんって、お兄ちゃんの好きな人なの」
「……」
兄は私の言葉にびっくりするとドギマギして言葉に詰まっている。
「お兄ちゃん?」
「あん?」
「その……。そんなに好きなら杉井ミクさんに告白すれば?」
今まで兄にそういった恋愛話はトンとなかった。それで、私はからかい半分に兄に言ってみたんだけど、一旦は顔を真っ赤にして焦っていたので、否定すると思っていた私に向かって、兄は感情を殺した声で淡々と答えたのだ。
「そうだな。この件が無事に終わったらな」
そう言って私の頭を撫でで自分の部屋に入ってしまった。なにそれ? それって死亡フラグってやつじゃあないの? 兄の話はまだ終わっていなかった。私はいやな予感に囚われ、いやそんなことはないと自分に言い聞かせるように頭を振り、妙見神呪を口の中で唱えながら自分の部屋に戻った。そう私は自分の心が乱れると、自然と妙見神呪を口ずさみ、呼吸を整える癖がついていた。
その日の晩、神社の社務所には、岡島神社側からは、父と兄と私、そして杉井さんちからはミクさんとそのお父さん。杉山さんちからは、卓三爺さんとその息子さんが集まっていた。
父が卓三爺さんに向かって詰問するように話を始めた。
「杉山さん。このチッポウ、本来はお宅にあるべきものですよね。どうやら、その辺の話を息子さんにする前に杉井さんところのお爺さんは逝ってしまわれたみたいだ。それをいいことに杉山さんは、このチッポウという厄介物をそのまま杉井さんに押し付けた……。違いますか?」
卓三爺さんは父の詰問に顔を歪ませている。
「まさか、こんなことになるとは思わなかったんだ……」
「まあ、あなたの言い分も分かる。それほど、このチッポウは恐ろしいものだ。だから関係者以外にこの秘密が漏れないようにチッポウの取り扱いをこの神社の古(いにしえ)の大神官は定めた。まあここにいる人の半分はその定めについて知らない人達だ。娘の麗もいることだし、その話を先にさせていただいてもよろしいかな?」
父は卓三爺さんが何も言わないうちに、このチッポウと呼ばれた箱の話を淡々と語り出した。その内容とは次のとおりだ。
昔、今ではどこに在ったかさえ分からない杉沢村という村から大勢の村民が、ここらあたり一帯に流れてくるようになった。その村人たちは数軒から十数軒単位で村のはずれに集落をつくって生活を始めた。流れてくる噂では、その杉沢村は竜神の怒りを買い、奇妙な疫病が流行り、落雷で家も焼けて、村を捨てて逃げて来たらしい。確かにその集落に住む人の中には体中に奇妙な斑点が浮かんでいる者もいて、村人全員の顔色も悪かった。
再び疫病がこの辺りに蔓延するかもしれない。元々ここに住んでいた人たちにとってはいい迷惑だ。竜神の呪いを受けた村人。そんなのと係わるとろくなことがない。ましてこちらまで竜神の呪いを受けるわけにはいかない。そんな理由でこの村人たちは差別と云うのもおこがましい口に出して言うのもためらわれる迫害を受け続けた。それこそ何百年もの間……。
もっとも最近、私は杉沢村の本当の実態を知ったので、因果応報と云うか……。だが、そんなことさえ知らない子孫にとっては理不尽この上ない話だろう。
そんな時、この杉沢村から逃れた村人たちは、中央から落ちぶれてこの地にやって来た陰陽師に話を持ち掛けられたのだ。
「他の村人が憎いか? だったら戦う術を教えよう。ただしお前たちも犠牲を出すことになるぞ」
最初は半信半疑だった村人も、強い怨念に突き動かされて、ついにこの陰陽師の復讐話に乗ることになったのだ。
そして、その陰陽師が教えた復讐こそが、このチッポウの作り方だった。寄せ木を使い、まるでからくり箱のように一旦蓋をしてしまえば、けっして開けることができない飾り箱。更にその様態は美しく人の心を引く模様が施されている。
そして、その箱の中身は、この男の呪術による呪いと幼い子供の切り落とされた指が入っている。男はこの箱をイッポウからチッポウまで七箱作り村人たちに与えた。イッポウは一人の子供の犠牲、そしてニホウは二人の子供の犠牲と云うふうに全部で二八人の幼い子供が犠牲になった。この中にはかどわかした子どももいたようだ。
さらに、陰陽師の男はその報酬として、自分のためにハッカイを村人に作らせた。ハッカイの作り方はチッポウとは少し違う。ハッカイの中身の材料は胎児の脳だ。妊婦の腹を裂き胎児を引きずり出して作り出す。男はそのハッカイを持って村から姿を消したと言われている。村人の何人かはその男の力に陶酔して、その男の従者になったと言われている。
さらに、その男が一七夜(じゅうひちや)に姿を現したので、その男を十七夜(かなぎ)と村人は呼んでいた。待ち望んていたものがやって来たのか? または手に入ったのか?
十七夜月とは立待月(たちまちづき)と読み、立って待っているうちに月が出る。その月に願いを込めると願いが叶うと言われている。
村人たちにとっては遅れて来た願いを叶える待ち人だったのだろう。やがてこの男を慕う者たちが集い十七夜教(かなぎきょう)となり、この呪いの箱は歴史の暗部で活躍するようになる。岡島神社の代々の大神主が追跡したところでは、この杉沢村と同じようにイッポウからチッポウまで作られた集落が全国に八つあり、それぞれでハッカイが創られ、ハッカイの数は八つ。この杉沢村で造られたハッカイは大ハッカイと呼ばれているらしい。
そして、それぞれの集落のイッポウからチッポウまではこの神社で存在場所も掴んでおるし、半分以上はすでにこの神社で封印している。しかし、カナギが持っていたハッカイ八個の所在だけはまだ分かっていない。これらの呪いの箱を封印して無力化することが明治政府との密約であり、わが神社が古来より脈々と受け継いできた神呪のみが、この災いを未然に防げるがゆえに、神仏分離令を逃れた所以(ゆえん)だったらしい。
とまあこの部分は杉山家や杉井家にも全く関係ない話で、主に私に聞かせるために父は話したみたいだ。それが証拠にこの後の父の言葉はこう続いたのだ。
「蛇足になったが、この話は娘に聞かせるため、ここからが本題だ」
私にとってはここまでが本題。私が背負うべき業。妙見神呪を使って八つのハッカイを封印するのか? 私はその恐ろしさに身震いをする。だってまだ霊力さえ自由に扱えないのだ。とそこまで考えて冷静になる。いや、まだそのチッポウやハッカイとやらがどんな物でどんな呪いが掛かっているのか分かっていない。自分の早とちりに恥ずかしくなって周りの人に分からないようにふーっと大きく息を吐く。
父はそれを合図と取ったのか、再び話を始めた。
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