第119話 私はやっとベネトナッシュさんが囚われている

 そして、私はやっとベネトナッシュさんが囚われている空間にたどり着きました。

 そして、錬の方を見ると、錬はボロボロになり闘技場で大の字に倒れています。もう、立つことも難しいようです。でも、錬が諦めることはない。だって彼の身上は、負けを認めない限り負けたことにはならないだもの。きっと錬は死んでも負けたなんて認めない。

 だったら、私も錬が負けるなんて考えない。だから、錬には酷なことだけど、もう一度立ち上がってもらう。そう、決心して錬に向かって大声で叫んだ。

「れーん。ここ、ここなのよ!!」

 私の声に気が付いて、錬は私の方を見てくれた。

「れーん。この空間の先にベネトナッシュさんが居るのよ。早くここを破ってあげて!!」

 錬は私の言葉に片膝立ちになって、虎杖丸を構えてくれた。そう、私、目掛けて斬撃を飛ばして! 

 錬は一瞬躊躇ったみたいに目を伏せたけど、すぐに私を見つめ直すと意を決したように虎杖丸から斬撃を飛ばしてくれた。斬撃は見事にベネトナッシュさんを捕えていた網を切り裂き、ベネトナッシュさんを解放した。

 空間の裂け目からから飛び出したベネトナッシュさんは、神気に包まれた人形の魂のまま、私の周りの亡者をアッという間に蹴散らしてしまった。

 そして、去り際に一言私に声を掛けていった。

「娘御(むすめご)よ。助かった」

 そして、私の顔をしげしげと見て言った、

「……なるほどな。その力をより欲するなら、お前の心を大好きなもので満たせ」

 そう言うと、ベネトナッシュさんは、錬の方に飛んでいき、錬の体と重なった。錬はベネトナッシュさんをその身に宿し九星剣明王に顕現したんです。

 それにしても、私の心を大好きなもので満たせって? それってどういう意味よ。いきなりそんなことを言われても戸惑うんですけど……。

 私は恥ずかしくなって、一人毒づく。

 そんなことを考えているうちに、錬が虎杖丸を掲げたまま、振りかぶり投球フォームを始めたのだ。そのフォームは高校時代同様、足を高く上げ腕を振り抜く。杉沢村でも投げたという話は聞いていたんだけど、目の前で起こった奇跡に私は思わず涙ぐむ。そして、投げられた虎杖丸はミノタウロスから大きく外れて飛んでいったので、やはり肩は万全じゃなかった? そう思ったのに……。虎杖丸は回転しながら大きく弧を描き、ミノタウロスの背中に突き刺さった。

「すごい! カーブだ!」

 私は思わず声が出た。切れのあるストレート一本で勝ち上がった錬の前に立ちふさがった強豪校、ストレートに食らい付き、粘った挙句、後半疲れの見えた錬から点を奪い、錬から勝ち星を挙げた高校。野球解説者は再三言っていた。ここで変化球があれば投球の幅も広がるんですがねー。

 錬は変化球を完成させていたんだ……。私は体の震えが止まらなかった。


 そして、錬の下になったミノタウロスが消えた途端、空間が揺れそして軋み崩壊し始めた。今まで見えている景色が、まるで塗り替えられるように、景色を構成している何かの表面が白く塗り替えられていく。空は視界の端の方から真ん中に向かって、青空が雪雲に塗り替えられ、周りの景色もどんどん雪に覆われていく。そして吹き荒れる吹雪。

「大寒地獄……」

 私が思い付くと同時に、視界のすべては白い雪と氷で覆われていた。

 私の足元は雪で覆われ、どのくらいの深さがあるのかも分からない。

「そうだ。錬、錬はどうなったの?」

 いきなり襲ってきた極寒の寒さ。もし麗さんが作ってくれたどんな環境にも耐えてくれるサラシが無ければ私は一瞬で氷漬けになっていたにちがいない。すでにオーラを纏っていない錬だったら……。

 私は錬に向かって、腰まである雪をかき分けて進んだ。私が錬を求めれば求めるほど、錬がどこに埋まっているのか、私の目にはレーダーのように分かっている。他のみんなは? どうやら、雪を避けて、元コロッセウムの中、今は雪山の洞口みたいになっているだけど、その中に避難できたらしい。そして、みんなも私を見つけてこっちにやってこようとしているんだけど、雪に阻まれて来られないみたいだ。

 私は錬の所までやっとたどり着いて、錬を必死に呼びながら雪の中から掘り出している。五〇センチ、六〇センチ……。やっと錬の後ろ頭が見えた。錬の頭に降り積もった雪を払いやっと頭が出て来た。手を口元に近づけるとわずかに息をしている。まだ生きている! それから必死で、錬の周りの雪を払っていく。やっとのこと錬の上半身を引っ張り出した。錬の右手はミノタウロスの止めを刺した虎杖丸をしっかり握っていた。

「危ない。危ない」

 私は錬と自分自身を傷つけないように虎杖丸を錬の手からもぎ取り、腰に刺さっている鞘に納めた。引っ張り出した錬の頭を私の胸の中で抱きしめている。その時、錬の手が氷のように冷たいことに気が付いた。そして抱きしめた体も……。

「早く、この地獄を抜けださなくっちゃ」

 私は、錬の頭を抱きしめながら、空間の歪みを探す。吹き荒れていた吹雪はいつの間にか止んでいた。みんなも洞窟から出てこちらに雪に埋もれながらやってくる気配がしている。

 早く空間の歪みを見つけてこんなところからみんなで抜け出さなくっちゃ。

 吹雪が止んだ周りを見回すと、所々に空間の歪みがちゃんと見える。でも、遠くに在ったり、また別の地獄の入り口になっていたり……。

「ダメです。元の世界に帰れる空間の歪みなんてありません」

 私は一人愚痴る。この空間が交差している迷宮ラピュリントスは意思を持った空間。私たちをここから逃す気なんてない。私たちには魔法の糸がないのよ。絶望に落ち込む私。でもそんな時に、ベネトナッシュさんの言葉を思い出した。

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