第120話 その力をより欲するなら

「その力をより欲するなら、お前の心を大好きなもので満たせ」

 そうよ。確かにそういった。ならば、そんなことは簡単。簡単と言いながら私は一大決心をしていたんです。

「錬、あなたで私の心を満たして」

 私はそう呟くと、錬の紫色に変わって、血の気の全くない唇に私の唇を重ねた。

 冷たい唇を感じる。だけど心が芯から温まり、私の心は錬で満たされていく。そして、私の中で何かが弾けた。


 わたしを中心に三六〇度、上も下も直線と曲線に満たされた世界が広がっていく。そう私はその光景を感じながら、そこを見ていなくても三六〇度、すべてのものが見通せるようになっているのです。どうしてこんなことが?! だって私は錬と口づけをしながら、後ろからやっとやってきた彩さんや麗さんや留萌さんそれに沢口さんに部長が見えているのです。なんなのこの景色は、私は少し混乱しているみたいです。だって、人が見ているのに錬抱きしめ、まだ口づけを続けているんです。その混乱に拍車を掛ける彩さんの一言。

「あっ、美優ちゃんて錬にキスしてるやん。それにそんなに抱きしめて」

「ち、違うの! こ、これは人工呼吸してたの! それに、錬の体も冷たくって、温めてあげないと……」

「ふうん……」

 ニヤニヤして何か言いたそうな彩さんに、益々あせった私。

「ほら、錬が雪に埋まって溺れてたから! 」

 あーっ、私、何言ってんだろう。私が言いたいのはそんなことじゃない。今、見えた三六〇度の視界で私は、元の世界に帰れる空間の歪み、いえ、亀裂を見つけたのよ!

「皆さん、私帰り道を見つけました。すぐそこなんです。私と錬のいる場所から、三時の方向に二メートル」

「美優さん。あなた、何をいっているの? それに瞳が金色って、でも、三時の方向って基準になる〇時がどこなの?」

 ああっ、留萌さんにまで突っ込まれた。それにしても瞳が金色って?!

「ごめんなさい。そこ、そこなの」

 私は指で指し示すが、みんなポカンとしてそこを見つめるだけだ。なんでみんな、私のように見えないのよ。

「じゃあ、私がやってみせるから、早く錬を掘り起こして」

「おおっ、そうだった。ちょっと刺激的な光景を見たから忘れてた」

 もう部長さんにまで言われてしまった。私の自分の顔が茹で上がっているかのように熱を帯びている。でも、鈴木部長は私の焦りに気が付かないフリをして錬を一生懸命掘り出してくれている。やっぱり部長さんはいい人だ。そして錬を引っ張り出してくれた。

「よし、俺が背負うから、沢井さんはその空間の亀裂に案内してくれ」

「はい、すぐそこですから」

 私はその場所に立って右手を伸ばしてみる。周りからは「おおっ」いう声が聞こえた。私には手を空間の裂け目に手を伸ばしただけなんだけど、みんなの目には肘から先が無くなったように見えていることでしょう。

「いくよ」

私が先頭になってその亀裂の中に飛び込んだ。麗さんの慌てた声が聞こえた。でもそんなことは無視。麗さんの指笛が聞こえた後から、みんなも私に続いて飛び込んできた。


 そして、私がいつもの視界に戻って最初に見たものは……。迫りくる巨大な列車だった。うっそー、なんでこのタイミングで戻ってくるの?!! その時ガシャンとガラスの割れる音がして、列車は凄まじいブレーキ音を響かせながら、私まであと数十センチのところで間一髪止まってくれた。そして私に続いて、錬を背負った鈴木部長、続いて彩さん、留萌さん、沢口さん、最後に麗さんが飛び出してきた。

「やはり、出口はここだけ」

 麗さんは最初からこの場所に戻ってくることを予測していたみたいだ。だってホームの端には山岡さんと大杉君が焦った表情で私たちを見ていたから。

「麗さんの言ったように、本当にみんなが何もないところから飛び出してきた?!」

「山岡さん、それに大杉君、あなたたちが列車を止めてくれたの?」

「ああっ、麗さんに別れ際に言われて、このホームで待ってたんだ。そしたら、この紙型がクックックと鳴きだしたから、動き出した運転席に向かって石をつめたナップサックを投げつけたんだ。おかげて運転席のフロントガラスを割っちゃったけど、ギリギリのところで止められたってわけ」

 ハトの形をした紙型を私に見せてくれた。それは……式神?

 山岡さん説明し終えた後、突然怒鳴り声が聞こえた。

「こらー!! なんてことをしたんだ!!」

 そうやって怒鳴りながらやって来た駅員さんは、線路の中で列車の前で立ち尽くしている私たちが目に入りびっくりしている。

「な、なんなんだ? 君たちは? 線路に降りるなんて、死にたいのか?!」

「いや、ほんと死ぬとこでした」

 部長さんがそんなことを言いながら、錬をホームに上げ、自分もホームに上がろうとしている。そして、ホームに上がったところで私たちに手を差し伸べて来た。それをみた駅員さんや山岡さん。それに大杉君がみんなに手を差し伸べて、なんとかみんなホームに上がることができた。

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