第117話 ゲホォ!!

「ゲホォ!!」

 辛うじて受け身を取った俺は、口から血を吐きながら立ち上がる。掌底破か?!

 掌底破とは、ゼロ距離から放たれる掌底の拳。その衝撃は内蔵に達し背中から抜ける。ミノタウロスは椅子に立てかけていたこん棒を手に取ると、俺の方にのろのろと近づいてきた。

 その動作を警戒しながら見ていたはずだったが……。いきなり、ミノタウロスの体がぶれたかと思うと、頭上からこん棒が振り落とされていた。

「なっ」

 俺は片膝を突き、刀を水平にして辛うじてこん棒の重い一撃を受けたが、その重さは予想をはるかに上回っている。俺は体に染みついたベネトナッシュの体術を使い、その力を逃すように虎杖丸を操るのだが。逃がした方向から次の重い一撃が飛んでくる。虎杖丸から最大限の霊力を引きずり出して強化しているんだが、力も速さもミノタウロスには及ばない。それどころか、奴のこん棒は掌底破と同様、ゼロ距離からその衝撃を打ち出してくるのだ。

 わずか数合の打ち合いで、俺は吹っ飛ばされ、石を敷き詰められた闘技場を転がる。せめて、こん棒を振りかぶってくれれば、避けることも出来るのに……。


 すでに何十回と吹っ飛ばされている。今回は三〇メートルは吹っ飛ばされたか。

 俺の体が悲鳴を上げている。霊力が枯渇していく。体も重い。何度も奴の体に虎杖丸を突き立てるのに奴の体は刃を通さない。無敵の肉体と体力。どうやったらこいつに勝てると言うのか?

「どうとでもしてくれ……」それが心からの叫びだった。俺は石畳の上に大の字に寝転んだ。そんな俺に向かって狡猾な表情を浮かべゆっくりと近づいてくる。こいつ遊んでやがる。いつでも命を奪えるのに、無邪気に命を持て遊んで楽しんでいる。

 魂になれば地獄では何度も再生できるんだろう。死んでからが俺の真骨頂だ。何度でもこいつに挑んでやる。コロッセウムの中で怨嗟に囚われ不満をぶちまけているお前らとは違う。

 負け惜しみとわかっているけど、俺には守らなくちゃいけない者がいるんだ。決してその人たちに失望されないために……。

 そういえば、コロッセウムの観客席の亡者の中に飛び込んだ美優はどうなったんだ。まさか、もうすでに……。そんな考えが頭に浮かんだところに美優の叫び声が聞こえた。

「れーん。ここ、ここなのよ!!」

 良かった。無事だったんだ。それにしても、ここって?

「れーん。この空間の先にベネトナッシュさんが居るのよ。早くここを破ってあげて!!」

 ベネトナッシュだって? そういえばこの異世界に入り込んですぐに呼んだのに、あいつ出てこなかったんだっけ。美優はどこにいるんだ? 上半身を起こし、何とか片膝を付き声の方を向いた。

「錬、この空間をぶち破って!!」

 自分の手前の空間を指差す。ちょっと待てって。それってなにも起こらなければ美優に斬撃が直撃するんだけど……。それでも「早く! 早く!」と俺を急がせる。それもそのはずだ。美優の周りの亡者と式神の攻防は、どう見ても式神の方が分が悪い。

「ええぃ、ままよ!」

イチかバチか。俺は片膝を付いたまま、下段から逆袈裟懸けに虎杖丸を切り上げ、斬撃を美優に向かって飛ばす。美優に直撃すると思われた斬撃は、美優の手前で空間を切り裂き、その中に吸い込まれていく。そして、そこから飛び出した神気を纏ったエネルギー、そのエネルギーが美優の周りを一周したかと思うと、美優の周りにいた亡者はことごとく霧散した。

そして、俺の体に重なる高貴な魂。神をこの身に宿す者。

「我が体は、我が体に在らず。我が技は、我が技にあらず。天地人を貫く楔(くさび)の技。九星剣明王(ちゅうせいけんみょうおう)! 出陣!」

 膝を付いた状態から、俺は虎杖丸を杖に再び立ち上がった。

「待たせたな、相棒」

 俺の中でベネトナッシュがさわやかに声を掛けてくる。そのさわやかさにイラっと来た俺。

「もっと早く来れなかったんですか? 俺、死を覚悟しましたよ」

「いや、呼ばれてからあっちの世界ではほとんど時間が経ってないんだけどな。それより、さすがに天星人といえど、時空を超えて異世界に行こうと思ったら、時空剣、すなわち時空の壁を断つ虎杖丸が無きゃ、さすがに時空を超えられないんだ。まさか、あの子がこの俺を見つけてくれるなんてな。あの子いい魂持っているぜ」

「それは美優のことですか?」

「……、そんなことより、まずあの牛男をどうにかしないとな」

 あれ、俺の質問はスルーですか。まあ、最優先事項は確かに牛男を何とかすることだ。

「それで……、奴を倒すことはできるんですか? 虎杖丸さえやつの体には切り傷一つ付けることができなかったんです」

「奴は背中が弱点なんだ」

「背中?」

「そう、背中だ。天帝がエウロパを誘惑するのに牡牛になったのが遠縁で、あいつが生まれたわけだからな。その因縁をあいつもしっかり受け継いでいるわけだ。しかし、あいつが背中を相手にみせるなんてことは無いぞ」

 そうなんだ。確か鈴木部長は天に召し上げられたおうし座の牛は天帝が化身した牛の方が望ましいとか言っていたがこの弱点がその事なのか? だったら、最初に俺に言ってくれればいいのに……。そういうことなら俺にもやり方があったんだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る