第116話 俺は先頭に立って、石畳の道を行く

 俺は先頭に立って、石畳の道を行く。その後には決意の瞳を持つみんなが付いてくる。そして石のアーチを潜ると、その先には再び扉。その扉を開くとコロッセウムの中に道は続いている。

「なに、この匂い?」

「これは死臭だな。君たちは嗅いだことがないのかい?」

 美優の問いに、沢口さんが答える。それを聞いてみんなの顔色が一層悪くなった。吐き気をもよおすこの匂い、確かにこれは死臭だ。あの杉沢村でみた木の幹に串刺しにされた大量の屍。死体が鈴なりになった林を行った時の匂いだ。そして、この匂いは、今歩いている道の先、やっと見えて来た光が差し込む出口から、生暖かい風と共に運ばれてきている。

「ここから先は、いやなものを見るかも知れない。だからと言ってここに置いていくわけにはいかない。怖かったらずっと目を瞑っていてくれていいよ。その間に終わらせておくから」

 俺は気を使って言ったつもりだった。でも、彩さんのツボにハマったみたいだ。

「あははははっ、もう錬君って、それって、いざ事を運ぼうって時に怖がる女の子を無理やり犯すようなセリフ言うんやから。大丈夫、うちは天井のシミの数でも数えているから、なるべく早く済ませてね」

 俺、そんなつもりで言ったんじゃなかったんだけど……。でも、みんな彩さんの言葉にリラックスできたようだった。これから死臭漂う場所に赴くんだ。相変わらず不愉快な臭いが漂っているが、大分顔色は良くなった。


 出口に近づくほどきつくなる臭いに混じり、地の底から響く様な怨念の声が聞こえてくる。

「「「「殺せ! 殺せ! 殺せ!……殺せ!」」」」

 なんだよ。この耳を塞ぎたくなる声は?! 女の子たちはすでに耳を塞いでいる。

「地獄の亡者の声。仲間に引き入れることだけが救い」

 さっきのは失言だった。麗さんだけはこの声に纏わりつくオーラを冷静に分析している。

「そういうことなら、見事、期待を裏切ることになるな」

 俺はそう云うと、一足先に出口から飛び出した。

「おおっ!!」

 光の照らされた場所はまさにコロッセウム。岩石が床のように敷かれた円形の闘技場、その直径はおよそ一〇〇メートル。その先の一段高くなったところで豪華な椅子にふんぞり返っている物体は体が人間、頭が牛のミノタウロスか。

 そして、周りを見回せば、スタジアムのようにひな壇のように観客席になっていて、そこで怨嗟(えんさ)の声を上げている何万の五体が欠損している亡者。ここでミノタウロスに嬲り殺された亡霊たちか……。

 遅れて入って来た彩さんが絶句している。

「なんや、天井のシミより、亡者の数を数えとこか?」

「彩さん。俺一気に決めるんで幾らも数えられないと思います」

 にっこりと余裕を見せる彩さんに、それには及ばないと返す俺。

 そんな二人の会話とは裏腹に、コロッセウムに入った途端、美優が血相を変えて、客席に向かって走り出した。

「美優。危険だ!!」

「錬、ベネトナッシュさんを見つけた!!」

 そんなことを言いながら、美優は闘技場から観客席に上がる階段を登ろうとしている。

「ベネトナッシュさんがいる?!」

 そういえば、麗さんが霊媒になり、ここに来た時にベネトナッシュを俺の身に降ろそうと試みたが、神と云えど時空を超えることはできなかったみたいで、降霊に失敗していた。

 そんなことを考えている間に、麗さんは式神を三匹飛ばし、美優を追いかけさせている。獅子神は直ぐに追いつき、美優の行く手を阻み襲い掛かろうとしている亡者を体当たりで阻み、噛みつき引きずり倒し、とどめとばかりに喉笛を噛みちぎっている。

 これなら、今のところ美優には危害が及ばない。なら速攻で終わらせる。遊びは無しだ。俺は両足を踏ん張り低く身構える。

「牙突偃月斬(がとつえんげつざん)!!」

 弧のような斬撃を八方に飛ばす八方偃月斬と比べて、突きの形の斬撃を一瞬で八個飛ばす。弧の斬撃に比べて範囲が一点になる欠点があるが、射程距離も長いし、何より殺傷能力が高い必殺の剣だ。

 しかし、ミノタウロスの黒光りする筋骨隆々の体は、心臓を穿つはずの八つの斬撃をすべて弾き飛ばした。

「……何かしたのか?」

 魔法かなにかで斬撃を弾き飛ばしたのか? いや十分考えられることだ。相手は神の血を引く者。ならば、この刀身をその身に叩き込んでやるまで。しかし、虎杖丸の刀身は四〇センチほど、これでもっともダメージを与えることができるのは……。俺は両手で虎杖丸の柄を持ち、腰のあたりに固定するように右手で柄頭を包み込む。そして、切っ先をミノタウロスに向け、低く腰を落とし呼吸を整える。

「はっ」

 短く息を吐くとその姿勢のまま一気にミノタウロスとの距離を縮め、そして、なんの防御もしてこない奴の懐にとびこむと、腹に向かって虎杖丸を突き立てた。

「な、なに?」

 刃が刺さらない。その腹筋に刃を突き立てまま、左足を踏み込み、右足で押し込む。それでも固い腹筋には刃が立たない。

「ブホォーーー!!!!」

 雄たけびを上げ、椅子から立ち上がるとそのいきおいのまま、俺は突き飛ばされた。突き飛ばされる寸前、後方に飛び、ダメージを和らげようとしたが……。

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