第70話 沢村君、ここに残った僕たちは
「沢村君、ここに残った僕たちは、まあ君の容態も心配したんだが、君の意見に合わせるってことで残っていたんだ」
「じゃあ俺が行くと言えば、みんな付いてきてくれるのか?」
「行くのか? じゃあ早速用意しないとな」
なんだ? 鈴木部長。その判断って軽すぎないか? 安易に危険に突っ込まず、常に部員の安全を考えて行動していたはずだ。
「もちろん、行くのは君の体が治ってからだ」
「俺の体が治ってから? それじゃあ遅すぎる。手遅れになる前に今すぐにでも追いかけないと」
「まあ聞けよ。麗に言わせると、虎杖丸の使い方を沢村に教える暇がなかったらしい。そのおまじないが効けばあるいは……」
「錬の体に虎杖丸の霊力を受け取るためのバイパスを作る。錬、体を起こして上半身裸になって」
体を起こす? 少しでも動かそうとしたら全身に激痛が走るのに? それになんで裸にならないといけないの? それにバイパス? 俺の体に管でも埋め込むのか? 勘弁してくれ。麗さんの言うことはイマイチ要領を得ない。
「ほらほら、お姉さんが手伝ってあげるから」
そう彩さんが云うと、俺の背後から脇のしたに手を入れて強引に引き起こした。
「うぎゃあ!! い、痛い!」
背中に彩さんの胸が当たるのが何の慰めにもならないぐらい体中に激痛が走る。それなのに、彩さんは俺のTシャツの裾をまくり上げ、さっさと脱がしてしまった。
「おっ、さすが元野球部、いいからだしとるな。じゃあ美優、後ろから抱き付いて」
まさかこれがバイパスの作り方か? いや、杉沢村でも麗さんはいきなり脱ぎだしたし、麗さんのやる儀式っていうのは何が飛び出すか分からない。
「って言うのは冗談や。はい麗。あんじょう頼むで」
「うん」
麗さんは返事をすると、俺に虎杖丸の柄を握らせ、口の中でゴニョゴニョと呪文らしきものを唱え始めた。そして、いきなり俺の背中にバシッと手を叩きつける。さらに燃えるような熱さが背中じゅうに広がる。お灸なのか? いや、これは背中で何かが燃えている。俺は転げ回って火を消したい衝動を必死で抑える。こんなところで転げ回って火事にでもなったら大変だ。
俺は額に脂汗を流し我慢するしかない。その時間は一分なのか一〇分なのか? しかし、背中の熱は意外とすぐになくなった。実際の時間は三〇秒ほどだったかもしれない。
「麗さん! 何をしたんですか?!」俺は少し怒っていた。
「錬の背中でお札が燃えた。さすが錬、かなり太い……」
「お札が燃えた? 燃やしたんじゃなく! いやそんなことより途中で言葉が切られると、誤解を招く言い方になっているですけど」
「錬、体の具合はどう?」
彩さんと麗さんに引っ掻き回された後の美優の声は癒される。
「えっ、ええーっ、体の痛みが無くなった。いや、手に持っている虎杖丸から暖かい何かが俺の中に流れ込んでくる」
俺は感じたままを口に出して言う。その言葉を受けて部長が安堵して言った。
「沢登さん、成功したみたいだな」
「うん。錬の症状は霊力の枯渇。体に虎杖丸の霊力を入力できるバイパスをお札で構築した。お札が過剰霊力でショートして燃えたのは誤算。錬のバイパスは太い」
これが虎杖丸から得られる力なのか? 確かに虎杖丸から力を得ている感じは分かるが、ベネトナッシュさんの忠告を受けてイメージしたのとは少し違う。それでも大幅な戦力アップだ。もしこの儀式が先にできていたら、留萌さんをさらったあの女戦士に追いつき、留萌さんを取り返すことができたのに……。忌々しい爆買いどもめ。やっぱり俺はできる限りの準備を怠っていた。そのために留萌さんがさらわれたのなら……。
「部長、もう大丈夫です。俺は留萌さんを救うために勿来の関に行きます」
「うん、そうだな。これで大分こちらの勝機が見えて来た。もっとも四分六ぐらいかな、後は錬が言ったベネトナッシュさんのヒントでどのくらい勝率が上がるかだな。元々八月三日には出かけるつもりでいたんだ。切符も宿も手配が済んでいる。俺たちはやるぞ!!」
「「「「おう!!」」」」
部長の言葉に俺たちは雄叫びを上げる。
「出発は六時始発の東京行、もう五時前だ。支度してすぐに出かけるぞ」
「でも俺はなんの用意もしていない。それに他のみんなだって……」
「お前が気絶している間に取りにいっていたんだ。あとはお前だけだが、その恰好でも別に構わないか?」
みんな最初から行く気満々だったんだ。よく見ると、みんな山も登りをする恰好をしている。それで麗さんから俺の復活方法を聞いていて、どれほどのものか確認してから結論を出そうとしていたんだ。
しかし、俺の格好はスポーツメーカーのTシャツに綿パン。この格好でバイトしてるからそれはそれでいいんだけど……。今から家まで着替えを取りに帰ったら六時ののぞみには間に合わない」
「そうだ、錬、留萌さんが私に何かあって、みんなにお別れが言えなかったら、渡してほしいって預かった物があるの」
そういって、麗さんが持ってきた袋の中身は、よくあるブランドの開襟シャツだ。
「錬は社会人としての自覚がたらないって」
「ああっ、確かにいつも汚い恰好でバイトしているからな」
「錬、もうそれでええやん。それ着て行こ」
「そうだな。これなら旅行で着ても恥ずかしくないか」
「みんなにもあるの?」
「ある。でも無事に救い出してから。瑠衣も直接お礼が言いたいと思うから」
「じゃあそれを楽しみに頑張るか!」
「「「「おう!!」」」」
思わぬサプライズにみんな思い思いのことを言っているが、最後は鈴木部長が奇麗にまとめてくれた。
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