第69話 美優が投げたヨーヨーは

 美優が投げたヨーヨーは女戦士の大剣を持った右手に当たったのだ。そのショックで大剣を取り落としたのだ。剣を拾おうとした瞬間に俺は虎杖丸を振りかざし、踊り込んでいた。

 やった。しかし俺が袈裟懸けに振り落とした虎杖丸に手ごたえはなかった。女戦士は寸でのところで殺気を感じ、大剣を拾うことを諦め部長に体当たりをかましていたのだ。吹っ飛ばされた鈴木部長。支えていた留萌さんを放してしまった瞬間、女戦士は留萌さんを抱えて暗闇に消えようとする。

 俺は二人を追っかけようとして、突然膝が抜けたようにガクガクし、そのまま前につんのめってしまった。そのまま立ち上がることも出来ずに体が痙攣を始める。

(神体強化をぶっ通しで続けすぎだ。体が神速についてこれなくなったんだ)

俺の頭の中でベネトナッシュさんが呟く。

(そんな、このままじゃあ留萌さんが……)

(安心しろ、少なくとも八月八日までは生かされる。子どもでは戦士にはなれないからな)

(でも、あと少しのところまで追い詰めたのに)

(バカ、今は大人しくしていろ。俺もこの体じゃ憑依維持するのが難しい)

(待って、ベネットナッシュさん……)

(気を失っているのか? 錬、その虎杖丸の力の使い方を考えろ。そうすればお前はもっと強くなる)

 そういうと俺の目の前からベネットナッシュさんが消えていく。両手を伸ばす俺。しかし、もうベネットナッシュさんは俺に力を貸してくれない。


 そうだよ。前の杉沢村で憑依された時だって、たった一球投げただけで、その後、三日ほど寝込むことになったんだった。神をこの身に宿すには人間の体は脆弱すぎる。神の出力に人間の体がついていかないんだ。

 神の出力? ああそういうことか……。俺はそこまで考えて意識を飛ばしたらしい。

 

 俺が意識を取り戻したのは、社務所の畳の上だった。奥の院からここまで部長に背負われてきたようだった。時間を尋ねるともう朝の四時を過ぎているという。結構寝ていたみたいで慌てて起きようとして全身に走る痛みに悶絶し、再びひっくり返ってしまったのだ。

「錬、大丈夫?」

 心配そうに俺の顔を覗き込む美優に対して弱々しく笑うしかない。

「体中が痛くって、バラバラになりそうだ。でも、留萌さんがさらわれたんだ。急いで追いかけなきゃ」

「そのことだけど……。錬、あんな女戦士が勿来の関にはたくさんいるんだよ。それこそ何百も。たった三人倒すだけでこの状態。みんなとも話したけど、留萌さんを助けに行くなんて無理なんじゃあないかって」

「だろうな……。でも、俺は行く!」

「無茶よ。そんな体で、立つことだってできないのに」

「無茶は承知さ。俺はベネトナッシュさんからヒントを貰ったんだ。ところで虎杖丸はどこだ?」

「錬、ここに」

 美優の後ろから麗さんが声を掛けてきた。右腕の火傷の痕には包帯が巻かれていて痛々しい。そしてその手には鞘に納められた虎杖丸が握られていた。

「錬、あなたは私がベネトナッシュを呼ばなければ、九星剣明王になれない」

 確かにそうだ。俺は麗さんの力を借りなければ戦えない。心霊スポット研究会のみんなが行かないとなると、俺だけが行っても太刀打ちができない。怒りのオーラで強化したところで瞬殺されるだろう。俺はどうすべきか? 周りにいる人たちに答えを求めるように顔を見回す。

 美優、麗さん、彩さん、部長、あれ山岡さんと大杉は?

「ああっ、山岡と大杉君は帰った。合宿不参加を表明してな。こんなバカなことに命は賭けられないだとさ」

「じゃあ、ここにいるみんなはどうして帰ってないんですか? 合宿は中止。あれだけの力の違いを見せつけられたら、誰だってしり込みしちゃいますって。命は誰だって欲しいですから……」

「錬、あほちゃう。美優が怪我人を放って置いて帰るわけないやろ、うちらは付き添いや。血圧も心拍数も体温もどん底まで低下や。このまま死んでしまうかって思うたで。美優が錬の体を温めるちゅうて、服を脱ぎだしたときはさすがに止めたけどな」

 俺の横には血圧計が転がっている。確かにこのサークルは血圧計を持って心霊スポットに行くって言ってけど。いや、いま気にするところはそこではないだろう。美優がそんなに心配してくれたなんて。

 美優と目を合わせた途端に、美優は真っ赤になって頭を横に振り出した。

「錬、嘘」

 麗さんが俺の幻想を打ち砕く。また、彩さんにからかわれた?


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