第63話 留萌瑠衣 サイド

 ******** 留萌瑠衣 サイド **********


 まさかこの私がコンパまがいの席に駆り出されるとはね。彩さんってめちゃくちゃ強引なんだから。でも、初めてかもしれない。大学生らしい日常を迎えるなんて……。いえ、私はあの日から呪いの影に怯えて人生を楽しむことなんて忘れていた。

 それにしても初めてのコンパ。少しずつ心霊スポット研究会の人たちとは打ち解けられるようになったけど、だからと言って呪いのことを言うわけにはいかない。それに私の呪われた姿を見れば、この人たちも私から遠ざかってしまう。だから私も壁を作り距離を置く。

 会話も当たり障りのないように……。

「付き合っている人いるの?」-「いません」

 告ってくる人は何人もいた。本気でも遊びでもからだ目当てでもなんでもいい。でも、男の人と付き合おうとすると体中に刺青が浮かび上がってくる。男嫌いの歪んだ女人島の怨念、それが呪いの中に練りこまれている。だから私は呪いを隠すため男の人と付き合ったことなんかない。

「好きなタイプの芸能人は?」― 「芸能人ってよく知らないんです。テレビはあまりみないから」

 芸能人、あんな作り物の世界、私には虚しすぎる。現実とあまりにかけ離れすぎているから、私には夢も希望も抱(いだ)けない。

「この中に好みのタイプっている?」-「みなさん素敵ですから、私なんかとじゃあ……」

 さて、こういう質問にはどう答えればいいの? とりあえず社交辞令で返しておく。そう云えば、バイト先でも色々な人に同じようなことを訊かれた。外堀を埋められていく感覚。悪い人たちじゃないって分かっているけど……。埋められれば壁を作っていくしかない。誰にも超えられない強固な壁を……。

 そんな風に、質問に対して私は社交辞令を繰り返す。そんなときに答えた部長の質問に対する一言、「ゼミの顔合わせの時ぐらいです」-そこから始まったアイヌと神話の与太話。


 私はその時初めて知った。私の呪いの出発点が勿来の関にあることを看破したのは鈴木という部長だったことに。

 私が専攻するアイヌの歴史や文化から、蝦夷征討と女人島をキーワードにどうやらお父さんの死亡記事を探し出したらしい。それからもすらすら出てくるアイヌの風習に呪術の話。私が自分で研究してたどり着いた推理とまったく同じだ。しかも私が話さない限り、絶対に場所が分からないと思っていた勿来の関の場所さえそれらの呪術を結び合わせ、航空写真で特定してしまった。

 しかし、そこまでならお父さんと一緒だ。幻の関に行きついたとしても、今度は生きて帰れない。どうやら女戦士(アマゾネス)の存在にはうすうす勘づいているようだけど、あそこに住んでいるのはそれだけじゃない。それどころか、あの人智を超えた存在をどこまで分かっているのか? 私はこの人たちが勿来の関に行くことを止めなければならない。そう決心して口を開こうとすると、彩さんが私の代わりに、勿来に行くことへの危険を説いた。

 その中に私の知らない単語が出ている。杉沢村、神、ベネトナッシュ? 何を言っているのか全然分からない。でも、この人たちはあそこにいた存在の恐ろしさをかなり正確に理解しているようだ。今までどんな経験をしてきたかわからないけど、未知のものに臆さないのは、さすが心霊スポット研究会だと変に納得してしまう。


 その彩さんの指摘を受けて話し出した部長の話は、どうにも私の理解できないものでした。女人島の最初は何だったのか? それは私がどんなに調べても行きつけなかったところ。どうやら部長には違うものが視えていたらしい。

 神話? それは星座の物語じゃあないの? 天帝、レト、ヘラ、アルテミス、カリストなど神話の中の登場人物が次から次へと出て来た挙句、私の一番の疑問だった巨大熊の正体が、神話の世界の理不尽さに歪んだ恨み辛(つら)みを抱えたカリストの魂の負の片割れだったと語ったのです。

「な、なんですって!!」

 思わず声に出して言ってしまったが、横から彩さんのチッという舌打ちが聞こえてきた。

 それにしても、話としては面白い。その動機だって納得できる。でもいくら人外のものをこの目でみた私でも、そんな神話の話が現実にあったなんて信じられない。なぜ、この人たちはこんな荒唐無稽な物語を見て来たように私に向かって話すのだろう。そんな疑問を残したまま私の初コンパ?体験は終わった。


 その疑問は、後日美優さんから聞いて納得した。実際に彼らはその神話の世界の成れの果てを視てきたのだった。

 七月も押し迫った三〇日、私たちの夏休みの課題の件で招集が掛かった。大した話ではなかったのですが、そこに来ていた美優さんを学食に誘い、この間あったコンパ?の話を振ってみたのだった。

「ねえ、美優さん。杉沢村ってなんなの? そこで何があったの?」

 美優さんはどうしたものかという顔をした。それに心霊スポット研究会のメンバーが割と中途半端に話題にしたことにも怒りを感じていたようでした。

「留萌さん、誰にも言わないって約束してくれますか? それに知らなかった方がよかったって思うかもしれませんよ」

 そう言いながら、私を見る目は真剣だ。たかが心霊スポットでの肝試しでも、やっぱりそれなりの前振りは必要なのかな? そんな軽い気持ちで頷いていた。しかし、美優さんから聞いた内容は、本当に知らなければよかったと思う内容だったのです。何しろ人が死んでいるのに表ざたにできない内容、その秘密を共有することになってしまったのです。


 例の勘所(かんどころ)を外さない鈴木部長が中心となって始めた都市伝説にある杉沢村探訪ツアー。それはこの地方に残る天女の羽衣伝説が事実であっただけでなく、その天女の羽衣伝説は北斗七星の神話が元になっているとか、いまだにその呪いが巻き散らされ花粉症の原因だったとか、それを解決するのに呪いで封印された黒龍を麗さんが結界破りの術で開放したり、すべての黒幕の道魔法師が鬼に変わろうとするところを、霊媒体質の沢村君が、北斗七星の弼星の化身であるベネトナッシュ神を自分の体に憑依させて魔滅したとか、その過程で美優を始め全員がゾンビたちに殺されかけたとか、実際にサークルにいた杉田という人はゾンビに殺されているとか、とても信じられない内容を話し出したのです。

 でも、その証拠に大学のあるサークルと心霊スポット研究会の杉田という人が行方不明になっている事実は、掲示板に張られた人探しのポスターが真実だと告げています。それに最近天文学の世界で騒ぎになっている北斗七星の補星と弼星が輝きを増し、今や北斗九星と改名すべきかと議論が始まっています。これが心霊スポット研究会がやり遂げた事実なら、彼らは天界にさえ影響を及ぼしたと言えます。

 さすがにあの時逃げ出さなかった沢村君、これだけのことをやり遂げれば肝も据わっているはずです。


 コンパ?での話はがぜん真実味を帯びてきます。神がかりとなった沢村君が、天帝の使者がもたらしたというカムイウンケタム(神授の剣)と言われる虎杖丸(いたどりまる)を携え、あの人外の化け物から私を開放してくれる日が来るのでしょうか……。


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