第64話 今日で留萌さんがバイトを辞める

 七月三一日、今日で留萌さんがバイトを辞める。寂しくなるがここからが本番だ。今は会おうと思えばいつでも会える。でもこんな平和が明日も続くとは限らない。留萌さんの誕生日が近づけば近づくほど襲われる確率は高くなるのだ。 

 しかし、留萌さん自身はケロッとしたものだ。明日から始まる神社の夏祭りを楽しみにしていのだ。今日もバイトからの帰り道、神社に送りながら口にするのは夏祭りのことだ。「祭りに行くなんて何年振りかしら?」なんて言っていた。

 浴衣も麗さんに借りるらしい。浴衣の柄(ガラ)は大柄な和風モダンな雰囲気で、留萌さんは牡丹(ボタン)で、彩さんは芍薬(シャクヤク)、美優は百合(ユリ)の花をあしらっているらしい。

 はて、どこかで聞いたことがあるような?

 ああっ、そういうことか! 「立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合(ユリ)の花」美人の立ち居振舞いを形容するのに使うことわざだ。何事にも積極的な彩さんは芍薬、どこか頼りなく庇ってあげたくなる美優は百合、いつも落ち着いてしっかり者の留萌さんは牡丹。みごとにそれぞれの雰囲気に合っているベストチョイスだ。でも、それだと麗さんが仲間外れになっていないか? そう思って尋ねると、麗さんは巫女服姿だというのだ。

 そうだった。実家が神社の麗さんは浴衣を着て祭りを楽しむわけにはいかないよな。

「沢村君はどうするの?」

「俺は一日はバイトが閉店まであるから祭りは終わっちゃうな。でも、二日目は店長に無理言って、八時までにしてもらったんだ。ギリギリ滑り込みセーフで間に合うかな」

「そうなんだ。なんか悪いよね。私が辞めていなければ、美優さんとお祭りデートができたのにね」

「そんなことは関係ないよ。だいたい麗さんの神社だから、心霊スポット研究会のメンバーはみんな来ちゃうんじゃないの」

「そうなのよね。みんな来るっていってたよ。にぎやかになりそうで楽しみなの」

「だろ。何かにつけて遊びたい人達ばかりだから、最近まで部長は合宿先を考えるのに必死だったみたいで、招集が無かったんだけど……。彩さんあたりはうずうずしていたみたいだったけどね」

「合宿先って勿来の関のこと?」

「そう、留萌さんって、犬鳴村って知っている。都市伝説の?」

「何となくは……」

「その場所を探すのに行き詰っていたみたいでさ。留萌さんのおかげで難問が解決してよかったんじゃないかな?」

「そうなんだ。鈴木部長って凄いね、とだけ言っておくわ」

 バイクの後ろで話す留萌さんの意図が測りかね曖昧に返事する。

「あの人の頭の中がホラーですから」

「ホントだ! きっと右ネジの代わりに左ネジが使われているんだね」

「留萌さん、上手く言うなー。その表現最高! 左巻きネジかー。天才とバカは紙一重っていうからな」

「ふふふっ、ぷ、プハーははははっ!!」

 どうやら留萌さんの笑いのツボにはまったみたいだ。俺は揺れるハンドルを立て直して、バイト最終日、今日も無事に留萌さんを送り届けたのだった。


 翌日、すなわち祭りの一日目なんだが、美優からの長電話が深夜に及んだ。祭りはとても楽しかったらしい。

 祭り自体は九時半ぐらいに終わって、美優は一〇時には家に帰って来ていたみたいなんだけど、美少女三人の注目度はなかなかのものだったらしい。

 そりゃそうだろう。芍薬、牡丹、百合の豪華な浴衣を着ているのは、その柄に負けず劣らずの美女ぞろいなのだ。

「錬、凄いのよ。私たち三人が歩いていると、屋台のおじさんやお兄さんがサービスするから寄っていけってうるさいのよ。たこ焼きとかチョコバナナとかかき氷とかを買いに屋台に寄るでしょ。そしたらね、本当に凄いサービスをしてくれるの。でねお金を払う段になったら彩さんが後ろに目配せをするの。そしたらすぐに部長とか山岡さんとか大杉君が前に出てきてお金を払うの。お店の人ちょっと渋い顔をしてたのよね」

「そりゃそうだろ。美優たちの気を引こうとしてサービスしたのに、うしろから野郎が出てくるんだもん。俺だったらお巡りさんを呼ぶところだよ。この人たち詐欺でーすって」

「だって何も騙してないよ」

「自覚がないんだ? ちやほやされている」

「ちやほやされてないよ。今日だって私のこと放りっぱなしなんだもん!」

 藪蛇だった。ここは話題を変えて……・。

「ごめんこめん。俺も一緒に行きたかったんだけどバイトがね。でも悪くない? そんなに奢ってもらって?」

「大丈夫みたい。恐縮していた留萌さんに彩さんが云っていたもの。この人たち財布だって」

「……まあ、あの人は最初からそのつもりなんだけど……」

「じゃあ、ひとり仲間外れの麗さんは何をしていたんだ?」

「うん。もちろん社務所にいたよ。神社の舞台で奉納の舞を舞ったり、庶務所の中でお札を売ったりしていたよ。私たちも麗さんにはすごくお世話になっているからお礼とおみくじを買ったよ。あそこの神社のおみくじ良く当たるんだって。だから錬の無事を一生懸命に考えて引いたんだよ」

 よく当たる? だったら内容を聞かないわけにはいかない。俺たちは近い将来、とんでもないやつらと戦って勝たなければならない。そうしないと留萌さんの呪いを解くことができないんだ。




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