第45話 俺は防犯対策要員ですか……

「俺は防犯対策要員ですか……」

 まあ、俺の目つきの悪さが抑止につながるならそれでもかまわない。でもこんな俺でもお礼や労(ねぎら)いの言葉を掛けてくれるやさしいおばさんやおばあさんがいる。気恥ずかしいんだが、こんなにうれしくなるとは思わなかった。俺も今度からはレジで店員に「ありがとう」って言おうと思ったぐらいだ。

「九時半になったら、レジは一台だけ残して後はお金を抜いて閉めるわ。お客様が減って防犯対策もあるけど、お客さんが並び出したら、さっきみたいに二人体制でレジをすれば大丈夫だから。一人でレジをするより、1.5倍ぐらい効率がいいそうだから」

「留萌さんていろんなことを知っていますね。ここのアルバイトは長いんですか?」

「ここのスーパーは一年ぐらい。でも高校時代からスーパーのレジでバイトしていたからね。レジも同じメーカーで操作方法も変わらないし、お客様対応マニュアルも似たようなものだし」

「そうなんだ。高校生の時からスーパーでバイトしていたんだ。でも、学生って大体コンビニとかじゃないの?」

「うーん。私の家って母子家庭なんだ。だからバイトしないと家計がね……。だからなんだけどコンビニって便利さとか売れ筋商品とかを追及している感じがするでしょ。安売りもしないし、なんかずぼらで面倒臭がりの人を擁護しているようで……。その点スーパーって安売りするし、商品開発はコンビニに任させて、大量に消費されている商品を大量仕入れで、お手頃な価格で売ってくれるじゃない。私みたいな貧乏人や料理をちゃんとしようという人にやさしい庶民の味方っていう感じで好きなんだ」

「うーん、確かにそうかも」

「それに、決められた売り場のコンビニと違って、売り場をみんなで作っていく感じも最高」

「売り場をつくる? そこはよくわからないけど?」

「ふふっ、最近知ったんだけど、お客様に一度に何個の商品を買わせるかって、客単価って云ってスーパーの重要な戦略なの。特売品に合わせて関連商品を陳列したりして、一品でも多くお客様に買ってもらおうと売り場造りをしているのよ。今日の晩御飯なににしょうかなって考えている人に、こんな料理はいかがですかって売り場が提案しているのよ」

「なるほどなー」

「でも、最近は男のお客様も増えたり、仕事を持つ主婦も増えたから、お弁当なんかの惣菜売り場が広がっているのよね。これも時代の流れなんだろうけど」

「そうだね」

「私はお父さんに料理をしてあげたかったんだけどなー」

 そんなたわいのない話の間にお客さんの相手をする。気が付けば閉店五分前で、店の照明も落とされ、蛍の光が店内に流れ出す。

 今日の売り上げをチェックしていた夜間店長がバックヤードから出てきて、最後のお客さんを送り出すと戸締りを始めた。

 留萌さんは、レジから今日の売り上げを打ち出すと、レジのお金を合わせ出した。俺ももちろん隣でお金の合わせ方を、メモを取りながら見ている。今日一日で手帳の見開きが埋まってしまった。

「店長、レジ合いました!」

 留萌さんが嬉しそうに夜間店長に報告している。

「なんか、うれしそうですね」

「だって沢村君って今日初めてのレジでしょ。自動釣銭機付きレジとはいえ、お金があっているか緊張するわよ。合わすまで帰れないのよ。今は自動つり銭機で合わないことはほとんどないけど、手動式だと合わせるのだって計算に時間が掛かって大変だったのよ。ほんと大助かり、今日は早く帰れるわ」

「留萌さんって、いつもこんなに夜遅いんだ。送らなくて大丈夫?」

「平気平気。下宿は近いし、まだ人もウロウロしているから」

「そうですか。色々と事件も起こっているご時世ですから気を付けてください」

 俺がそういうと留萌さんが少し暗そうな顔をする。何か心当たりでもあるのか? まさかあの松本がいたヤリサーの毒牙にかかったとか? あのサークル名なんて言ったけ……。スポーツ・レジャー、エンジョイでSREだったか。

「留萌さんってSREってサークル知ってます?」

「いえ、知らないわよ。バイトが忙しくて、サークルはね……」

「いやーあ、それだったらいいんです」


 そこで夜間店長が俺たちに声を掛けてくれた。

「沢村君、留萌さん、これ売れ残りだけど持って帰えりなよ」

 夜間店長が指さしたところにはお弁当の売れ残りが。

「本有に貰っていいんですか?」

「私もいつも貰って帰るの。家計が助かるしね。今日はいいのが残っているな。ルンルン」

 鼻歌でも歌っているように、留萌さんはミックスフライ弁当とうどんを取り上げる。晩御飯と朝ごはんの分なのだろう。

「どうせ捨てるんだから大丈夫だよ。食品リサイクル法の施行を知らなの?法学部なのに」

捨てるんならと、俺もとんかつ弁当を一つ貰った。

「それじゃあカギを閉めるから、みんな出て」

みんなと云っても最後までいるのは3人しかいない。なるほどこの広い売り場をたった3人で管理しているんだ。店長が人不足というのが分かる気がする。

「それじゃあ気を付けてな」

 夜間店長は裏の駐車場に歩いていく。

 俺と留萌さんは駐輪場で、留萌さんは自転車で、俺はバイクでそれそれの岐路に着く。


 俺はバイクで帰りながら、久しぶりに感じた緊張から解放されて、心地よい疲労感に包まれていた。初めてのスーパーでのバイト、右も左もわからない中で、俺のフォローをしてくれた留萌さん。俺と一つしか違わないのに、世の中のことをよく知っている礼儀正しい人だ。だから会話をしててもすごく楽しい。俺の知らないこと、できないこと、まだまだたくさん教えてもらえそうだ。

 行動の随所にでる押しつけがましくないさりげないサービス、母子家庭という社会的弱者の立場を押し付けようと下卑たところも悲壮感もない自然体。大体俺をからかわない年上の女(ひと)ってはじめてじゃあないか? もっとも俺に話しかけてくる人は母親を除けば、彩さんと麗さんしか知らない。

 なんか彩さんたちとは別の意味で敵わないと思わせるすばらしい人だった。

 俺は留萌さんに尊敬の念を抱いたのだった。



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