第44話 その日の夕方

 その日の夕方、俺はスーパーのバイトに入った。店の名前の入ったジャンパーを着こむと、バックヤードで接客の練習をした後、研修中のバッチを付けて、グロッサリー担当者からの指示を受けて品出しを始める。もっとも、四時から六時の時間帯は、一番お客さんの多い時間帯。あまり大きくない台車に通路ごとの商品を積んで、定番商品、いわゆる中通路で置く場所が決まっている商品の補充をしたり、手前の商品が無くなったところを奥の商品を手前に出してくる前出しという作業を始める。

 このスーパー本当に人手が足りてないらしい。売り場はかなり荒れているし、商品の欠品もかなりある。

 俺は、商品を補充しながら、大体何がある通路なのかを頭に入れていく。お客様に商品の場所を聞かれた時、なにがどこにあるか分かっていないといけないからだ。

 一通り定番商品の補充が終わると今度は、商品陳列棚の終わりにあるスーパーの外側、すなわち野菜や肉や魚それに日配と言われる牛乳や豆腐、卵などがある主通路に向かってあるエンドと言われる棚の商品の補充と前出しを行う。商品の段ボールを使って特売商品を積み上げボリュームを出し、POP(ポップ)という商品広告で飾っている売り場だ。

 とにかく売り場が乱れるところなので、素早く奇麗に商品を積み上げお客様に買う気を起こさせなければならない。

 そんなことを二時間も続けると、やっとお客の数も減って来た。ここからは値引き商品を目当てにくるお客さんも増える。レジで打ち間違えないに注意され、俺はついにレジを任された。

 レジにキーを差し込み、自分のコードを打ち込む。これで準備オッケーだ。

「レジの教育係は誰にするかな? そうだ、同じ大学だし留萌さんにお願いしよう。留萌さんいいかな?」

「はい」

 留萌さんは返事をして、俺のレジの金銭をやり取りする側に入ってくる。キャッシャーが入った二人体制のレジだ。俺が商品のバーコードを通し留萌さんがお客さんとお金のやり取りをする。

「いらしゃいませ」

 俺はピッピッと調子よくレジにバーコードを通して清算カゴに入れていく。俺の横では留萌さんが、俺がランダムで通した商品を重い物と軽い物やつぶれやすい物に整理し、豆腐などの濡れた商品をビニール袋に入れている。

 俺がすべての商品のバーコードを通し終わると、重い物を下にして、軽い物や形がつぶれそうなものを上に乗せる。 

「三,三四〇円になります」

 留萌さんはお客さんに、お金を告げると財布からお金を出そうとしている間に、留萌さんはサッカー台に清算カゴを運んでいく。

「六六〇円のお返しです。ありがとうございました。またのご来店をお待ちしています」

 まったく動きに無駄がない。ぼーっと突っ立ている時間がないのだ。俺は留萌さんの動きを横目で見ながら、心遣いに感心する。確かにコンビニと比べてお客さんの買っている商品は多い。そして、客待ちの間も俺にレジの操作の仕方を指導してくれる。パラパラと来るお客さんを一〇人ほど捌いたところで、いよいよ一人立ちだ。

 何人かレジを打つごとに俺はミスをしてしまうのだが、留萌さんがすぐにフォローをしてくれる。

「すみません。ポイントカードを通すのを忘れていました。ポイントの後付けはどうしたらいいですか?」

「あれ、クレジット払いのやり方は?」

「すみません。商品券はどう扱ったらいいんですか?」

「値引きシールの分、値引きし忘れました」

 その度ごとに、留萌さんは俺の方に来て一緒にレジを操作してくれる。

「お待たせして申し訳ございません」

「申し訳ありませんが、こちらのレジにお回りください」

「申し訳ありません。申し訳ありません」

 俺のミスのせいなのに、留萌さんは誤ってばかりだ。一度なんかは複雑なレジ操作のため、俺と留萌さんが入れ替わってお客さんを捌いたこともある。

「沢村君、こっちのお客様の続きをして! 私があなたのお客様の処理をしますから」

 そうやって、お客さんを持たせることも無く俺のミスをフォローしていく。俺に文句を言うこともなく淡々とだ。

 慣れないことをしていると時間のたつのも早い。もう閉店三〇分前で、店内で買い回りしているお客さんも一〇人ほどになっている。

 俺はレジを清算中の留萌さんに話しかけた。

「すみません。色々ご迷惑をおかけして」

「大丈夫よ。慣れればどーってことないから。それにしても大体難しいことを今日一日ですべて経験するなんて……。あなたって実はトラブルメーカー?」

「いや、そんなはずは……。あっ、割とそうかもしれません」

「ふふっ、やっぱりね。そういう目つきをしていうもの。でも助かるわ。閉店まで男の人がいるのって」

「えっ、男の人っていないんですか?」

「うん。嘱託の夜間店長が週に四日くるんだけど、それ以外は女だけになるの」

「へーっ、だったら怖いですよね」

「まあね。ちょっとガラの悪い人が入ってくると緊張しちゃって。レジの下にある防犯ベルに手をかけっぱなし。だから沢村君の本当の仕事はそういう防犯対策? レジはそこそこでいいわよ。八時過ぎたらお客さんもかなり減るから」

 そう言いながらケラケラと笑っている。

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