第34話 そう叫ぶと、道魔法師は印を結び
そう叫ぶと、道魔法師は印を結び、邪悪な気を練り始めた。
すると、道魔法師の周りに邪悪な漆黒の霧が集まりだす。あれが邪悪な花粉か?
その霧は、どんどん広く密度を増し、道魔法師の姿が歪み異形の姿になっていく。
その姿は鬼そのものだ。さらに周りの霧のような花粉を取り込み膨らんでいく。
「ちっ、最終形態になるのか?」
「迷惑」
全くその通りだ。神になると言って鬼になり、帝や貴族果ては、晴明たちを呪い殺すという。時代錯誤もはなはだしい。
しかし、その凄まじい威圧感に押し潰されそうになり、俺たちは一歩も動けない。それどころか踏ん張る足さえ後ろへと押されていく。これが邪気という結界なのか?
このままだと、やつの変化(へんげ)が完成してしまう。武器は俺の手の中にあるジッポライターのみ。これを使えばあるいは……。俺の頭の中にある考えが浮かんだが、その成功率は、俺がベストの状態でも1%もない。まして今の体じゃあ絶望的だ。
そんなとき、ポンと肩を叩いた麗さん。
「あなたにはとっておきの術がある」
そういうと、麗さんは印を結びだした。何度も印の形を変えてそして叫ぶ。
「神魂降臨(かもすこうりん)!!」
その言葉を聞いた瞬間、俺の頭の中は空っぽになる。そして、勝手に言葉が口から出てくる。
「我が体は、我が体に在らず。我が技は、我が技にあらず。天地人を貫く楔(くさび)の技。九星剣明王(ちゅうせいけんみょうおう)! 出陣!」
俺の魂に高貴な魂が重なる。これが憑依なのか?
「ベネトナッシュさん」
「やれやれ、せっかく天に帰れたというのに」
俺の頭の中で、会話が成立する。しかも降臨した神はベネトナッシュさんだ。今なら俺の考えていることは、ベネトナッシュさんにもわかるはずだ。
「錬、やるか!」
ベネトナッシュさんが初めて俺の名前を呼んだ。親近感が安心感につながる。すべて、ベネトナッシュさんに任せればいい。俺の意思と体を使って最高の結果を出すはずだ。
「はい!!」
いまだに巨大化する鬼の姿になった道魔法師。その姿から受ける威圧がすさまじい。
「錬、よく見ろ。あの場所だけが、威圧が薄くなっている。言わば結界の綻びだ」
ベネトナッシュさんが示す場所は、ちょうど鬼の胸のあたり、ボール一個を通すほどの広さだ。
「まかせろ、コントロールには自信がある」
「当てるだけじゃあだめだ。結界をぶち抜かないと」
「その辺は、できるかどうかわからねえ、でも、アソビ球も釣り球もなしだ。全身全霊の一球入魂あるのみ」
俺はジッポライターの火を点ける。そして蓋を引きちぎる。空気抵抗を受けて思わぬ変化がしないようにだ。そして、ジッポライターは、蓋をしない限り火が消えることはない。そして大きく振りかぶる。俺の肉体にベネトナッシュさんの魂が重なる。壊した肩には何の不安も感じない。後はあの結界の綻びに、火のついたライターを全身全霊で投げ込むだけだ。
俺は右手を大きく振り抜き、火が付いたジッポライターの軌跡は糸を引くようなレーザービームとなって、内部に杉花粉が充満している結界の綻びに吸い込まれた。
そして起こる大爆発。粉塵爆発だ。
俺は、その爆風を避けるため、麗さんに被(かぶ)さり地面に臥せる。背中に掘立小屋が飛び散った破片や杉の皮がパラパラ当たる。
「錬、重い」
俺の下で麗さんが微笑みながら呟く。そうか。俺は麗さんの上から降り、麗さんの手を掴んで引き起こす。
そして二人で振り返り、道魔法師が立っていた場所が、跡形もなく吹っ飛んでいるのを見て、俺は自然に笑みが浮かんだ。呪いの杉花粉もすべて燃え尽きたはずだ。
「帰りましょうか? 麗さん」
「錬、その前に服を着なさい!」
爆風で吹っ飛んだ服を探して、俺たちはしばらく裸でうろうろすることになってしまった。とてもヒーローのすることじゃない。ベネトナッシュも感じたのだろう。すでに俺の体を離れて天に帰ったようだった。
俺と麗さんは沢に倒れていたバイクを押して旧日本軍の研究施設に帰って行く。とりあえずエンジンがかかるかどうか心配なので、乾くまではエンジンを掛けない。
途中串刺しになった生け贄の中に、杉田がいるのを見つけた。
「まだ、息がある……」
麗さんが呟いた。よわよわしい唸り声を上げていたので、俺たちは杉田だということに気がついた。その時、内ポケットからスマホの呼び出し音が鳴った。
俺は思わず自分のスマホだと思って電話にでる。どうやらラインのようだ。思わずラインを読むと次のことが書かれていた。
「今日は、どんな奉仕がご希望ですか?」
なんだ。このライン? 俺は同じ人から来たラインの経過を遡る。どうやら毎日の定期連絡のようだ。さらに遡ると、杉田がこの女性にどんなことをしてきたのかも、ヤリサーと繋がっていたかも分かってしまった。
どうして繋がったんだ? ここは圏外だったはずだ。
「もう終わりにする。連絡もいらない。今まででのことは許してください」
俺は、ラインに返事を打つ。
杉田のやったことは許せないが、俺たちを救ったのも杉田だ。結局、まだ死んでなかったために、生け贄は千人そろっていなかったんだ。それで結界にほころびがあったんだろう。そして携帯がつながったことも……。
これらの偶然はすべて杉田の懺悔なのか?
「もう助からないだろう。このまま置いていきましょう。スマホも置いていきます」
そう言って、俺は杉田が刺さっている木の根元に穴を掘ってスマホを埋めた。
「スマホ、なに?」
「ただの広告メールですよ」
そういうと重苦しい空気が流れたが、麗さんは、それ以上は聞いてこなかった。
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