第一章10 ~ゾンビなミヤコ~

 ごくりと喉を鳴らして俺の血を嚥下した都が前世記憶にある俺の名前を呼んだのは直後のことである。

 突き立てていた歯が弛み、都が目を見開いて俺の顔を見つめる。俺も何が起きたのか把握できず、同じく硬直していると、突然都の顔に影が差した。


「がぶっ」


「痛っ!? なんでまた噛むんだよ!」


「あんふぁ、ふぁれよ。あふぁしにふぁにをふぃふぁ」


「なに言ってるかさっぱり判らねぇよ。とにかく、噛むのをやめろ、都」


 都は睥睨し、警戒心を丸出しにしながらもゆっくりと口を放す。

 血の混じった唾液が糸を引いて俺の腕と都の唇に橋を架けた。こんな状況でさえなければ、中々にエロいシチュエーションだっただろう。少しそこが悔やまれる。

 腕には綺麗な歯形が刻まれていた。骨にまでは達していないようだが、中の肉が見えてそれなりに出血している。


「……何者なのあなた? なんで私の名前を知ってるの? それにここはどこ? 私の処女は無事なんでしょうね? 事と次第によっては殺したあとに死体をバラバラにして、箱に詰めて、親元に送りつけてやるわよ」


「出会って早々辛辣過ぎるだろ!? てか、最後の質問に関しては今気にすることかよ」


「重要なことよ。私の身体は、いいえ、身も心も全てあの人に捧げたものだもの。あなたみたいな童貞クソ豚野郎に私の純潔を奪われたというのならあなたを殺して、私はもう一度自殺してやるわ」


「こ、言葉の暴力が凄いな。つーか、もう一度? まるで一回自殺したことがあるみたいな言い方だな」


 都は身体に巻き付けているだけの麻布を胸の谷間を隠すように持ち上げ、次いで金糸の髪をその細く、しなやかな指で掬い上げ、耳にかける。

 さすが前世では鉄壁の要塞と言われただけあり、その防御力は健在らしい。布一枚を器用に使って最大限肌を隠している。エロさが薄れ、凛とした清廉さが雰囲気として漂う。


「あるわよ。……好きな人を奪われて、私は復讐するために自殺を一度したことがあるわ。心臓を滅多刺しにした挙句、首も落としたはずだからまず生きているはずがないんだけど――」


 言って、自分の肌を抓ったり、額に手をあてたり、首の脈を計ってみたりする。

 そして出た結論が、


「――やっぱり私、死んでるわね」


「いや、冷静過ぎるだろ。つか、心臓滅多刺しで、首落とすってどんな自殺方法だよ」


 まるで自分に無関心であるかのようにあっけらかんとした様子で言う都。これ以上自殺方法に関しては訊かない方がいいかもしれない。

 それ以外にも気になる疑問はあるが、気が抜けたせいか突如として腹部に厭な痛みが走り、それどころではなくなる。

 熱く、刺すような痛みだ。呼吸が上手くできなくなる。

 俺は顔を青くしてその場で腹を押さえながら踞った。


「ぐっ……」


「あなた、怪我してるの?」


「嗚呼。色々あってな。ここに来れば、外に出られる希望があると思ったが……それも潰えた。しかもここに来て少し傷がヤバくなってきやがった」


 腹部に刺さったグリンブルスティの牙が、先ほどの取っ組み合いでさらに傷を抉ったらしい。

 内蔵を引っ掻き回されるような熱い痛みに冷や汗がじわりと全身に滲む。

 そんな俺を都は見下ろし、無様とでも言いたげに、


「死にそうね。ま、死のうが私の知ったことじゃないけど」


「はは……相変わらず、他人にはとことん冷たいな、都」


「ねぇ、その名前を気安く呼ばないでくれる? 不快だわ。都なんて呼ぶのを赦したのはヒロだけなんだから」


「だろうな……。親にすら自分の名前を呼ばせないような奴だもんな」


「……なんでそれを知ってるの」


「それは俺が……」


 そこで俺は続きの言葉を言い淀んだ。

 都の顔色が変わる。

 興味もない冷徹な眼差しが、少しだけではあるが俺に興味を示す色合いを見せた。

 正直、自分の中で本当に前世があったかどうかなんて実感はまだない。だが都が目の前におり、あまつさえ前世の俺の名前まで口にしていた。都の性格も丸っきり前世と同じなのを見ると、俺には前世が確かにあったのかもしれない。

 だからこそ、俺自身がそのヒロトであると今ここで伝えるのは憚られた。


 これからまた死ぬのに、また都に辛い思いはさせたくないな。

 いっそこのまま死んだ方が都もこの世界で暮らしていきやすいんじゃないか。


 そんなことが頭に過ったのだ。

 前世記憶の最後、都は泣いていた。

 あんな顔をもう二度と見たくなんてなかった。出会って早々にまたヒロトの生まれ変わりが目の前で死ぬ様なんて見せるのは、あまりにも残酷な気がする。


「あなた、名前は?」


「は……? レクスだけど」


「そう……だとしたらあの女が言ってたことって……」


 都は何か独り言を呟き、しばし思考を巡らせる素振りをみせる。

 髪の毛を指先でくるくると弄び、視線を斜め下にさげる。前世でもそうであったが、これは都の癖みたいなものだ。考え事をしているときはいつもこの仕草が現れる。

 個人的にだが、この仕草が何気に俺は一番好きだった。

 そうしてしばらく考え込む都に見惚れていると、ふと自分の中で何か答えが出たのか、都は俺の方を再び見て問いかけてきた。


「ねぇ、いくつか質問。言っとくけど拒否権はないわよ」


 地面にうつ伏せに倒れる俺の前で、都は正座をする。

 どこか瞳の奥に好色の色が伺える気がした。


「私の誕生日は?」


「な、なんだよいきなり――」


「いいから答えなさい。どうせ死ぬなら答えても、答えなくても一緒なんだから。あなたは私のことを知ってるんでしょ。それを確かめたいだけよ」


 言われ、答えたくない気持ちが揺らぐ。

 答えてしまったらヒロトだとバレる可能性がある。だが前世の記憶があるせいか、俺はどうやら都がまだ好きらしい。

 答えたい気持ちが、俺がヒロトであるということを認知してもらいたい承認欲求が、心の中でふつふつと沸き起こる。

 そして気がつけば、俺は口にしてしまっていた。


「…………。三月三日」


「私とヒロの初めてのデートの場所は?」


「駅前の……小さなカフェ」


「私のスリーサイズは?」


「そんなの知るわけ……あ、いや待て。たしか上から八七、五四、八三だったか」


「変態なのかしら。いいえ、変態ね」


「たぶん……って、今のなしだ! つか、断定形にするんじゃねぇ! 俺もなんで都のスリーサイズなんて答えられるんだよ!」


「ヒロ」


 そこで名前を呼ばれ、俺は思わず返事をしそうになったのを一歩手前で言葉を飲み込んだ。


「違う。俺はヒロトじゃない」


「なんでそこで意地を張るのよ。ほぼ確定じゃない」


「お前はなんで俺がヒロトだって疑わないんだよ。顔も名前も、何もかもが前とは違うだろ」


「疑わないわよ。だってそんなこと些細なことじゃない。それに私の個人情報をすらすら答えられるのなんてヒロしかいないもの。枕元で毎日私のスリーサイズを言い聞かせていた甲斐があったわ」


「俺がスリーサイズを答えられたのってそれが原因!? しかも枕元って俺が寝てる時の話だよね!?」


 聞き捨てならないことを訊いた気がした。別に同居していたわけではないから、うん、不法侵入されていたみたいだ。その件について問い質したくなる気持ちもあったが、俺の中でこれ以上踏み込んではいけないという直感が働き、静かに口を閉ざした。


 しかしこうもあっさりヒロトだと認識されてしまうなんて正直思っていなかった。

 バレてしまった後悔と、むしろ認識されて嬉しく思う感情がごちゃ混ぜになって、自分の中でも気持ちの整理が追い付かなくなる。

 ただ一つ言えることは俺は都に甘えてしまったのだ。好きな人に知って貰いたい気持ちが、死ぬ間際になってふつふつと沸き上がって口に出してしまった。

 やってることは最悪だった。死ぬ前にこんな残酷なことを都に強いてしまうなんて、本当に最低だ。

 すると都は口を三日月形に歪め、俺を仰向けに寝かせて徐に俺の太もも辺りに馬乗りになった。


「ぐっ……。おい、何してんだよ」


「ふふ、何をすると思う?」


 ぺろりと自分の指を舐めて、目を細めてこちらを見てくる。

 まさかとは思うが、死ぬ前に搾り取るとでも言うのか。それはそれで嬉し――げふんげふん。とにかく、やめてもらいたい。

 本当だよ。強がってなんかないよ。


 俺は生娘が如く、両手で顔を隠した。

 都は顔を俺の耳元まで近づけると、熱の篭った吐息を吐きかける。


「まだ死んじゃ駄目。せっかくまた一緒になれたんだもの。今度は絶対私が護ってあ・げ・る」


「は? ぐっ、ぐああぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああっ!?」


 その言葉を言い終わるや否や、腹部に激痛が走った。

 いや、激痛なんて生易しいものではない。内蔵を鷲掴みにされ、引きずり出されるような、熱く、とても形容し難い痛みだ。

 涙が自然と溢れる。呼吸ができない。地面に爪を突き立て、ただひたすらにもがこうとするが、都が足を押さえているためそれも叶わない。

 死ぬ。これはさすがに死ぬ。


 涙で歪んだ視界で腹部を見れば、都が素手で俺の腹部に刺さったグリンブルスティの牙を引っこ抜いている最中だった。

 半分ほど抜けたその牙は、赤くべっとりと俺の血で濡れている。

 もしこれが完全に抜ければ、血が吹き出して俺は死ぬだろう。そうでなくとも、今更ここで抜くのをやめても激痛で死ぬかもしれない。

 そうこうしているうちに、ぐちょっと何かが抜ける音が聞こえた。


「かはっ……」


「ふぅ、やっと抜けた。さてと」


 都は近くに落ちていたメスを拾うと、それを自身の腕に突き刺した。そのまま肘辺りまでメスを走らせ、腕の肉を切り開く。

 ドバドバと赤黒い粘性のある血が、そのまま俺の傷口に流し込まれる。次いで肉が焼けるような音を発しながら、俺の腹部の傷から白煙が立ち上った。


「な、何してやがる……」


「言ったでしょ。私が護るって。でも今死なれたら護れないでしょ。だから愛の治療をしてあげてるのよ」


「い、意味が判らねぇよ……ぐぅ」


「ヒロ……いえ、今はレクスだっけ。自分の右腕見てみて」


 言われ、俺は視線だけを右腕に移す。

 特になんてこともなく、そこには俺の右腕があるだけだ。

 あれ? でも傷が……。


「ふふ、凄いね。この身体便利かも。どうやら私の体液には治癒の効果があるみたいよ」


 そこで先ほど都に噛まれたのを思い出す。

 唾液が噛まれた傷口に染み込んで、傷が治ったとでもいうのか。

 俺が一人困惑していると、いつの間にか俺の胸元に倒れ込んでいた都が、上目遣いでこちらを見上げていた。


「痛くなくなった?」


「あ、嗚呼……そういえばそうだな」


「ふふ、よかった。姿、形、名前も変わってるけど、本当にヒロなんだね。また出会えて嬉しいなぁ」


 先程までの冷徹な態度が嘘のようにべったりとくっついて、にこにこ笑顔を見せる都。

 腹の傷も都が覆い被さっているせいで見えないが、出血や痛みがないのを見るに完治しているのだろう。

 これは都自身の魔法なのだろうか。だとしたら、かなり強力な魔法だ。あの大怪我を一瞬で治してしまうなんて、恐らくこの大陸各地を巡ってもそんな魔法を持つ者はいないだろう。

 ただ一つ気になるとすれば、今し方見せた治癒が本当に魔法だったのかどうかという疑問だ。


「なぁ、都。お前のその力はどうやって使ってるんだ?」


「んー、よく判らないけど、ただ体液をぶっかけただけだよ。レクスの腕が治ってるのを見て、もしかしたらって思ったの。それにしてもレクス、女の子にぶっかけるとか言わせるなんて相変わらずエッチなんだから」


「ぶっかけただけって……。やっぱりか。お前のそれは魔法じゃないんだな」


「魔法?」


 きょとんとする都。どうやら都は魔法についての知識がないらしい。都がいつこの世界に来たのかは不明だが、恐らく都としての自我を取り戻したのは今日が初めてなのだろう。

 俺はそれを察して少しショックだった。

 というのも、この世界における魔法は手を翳したり、ましてや血をぶっかけるだけでほいほい使えるものではないのだ。

 昨日、メイたちと訓練をした時、メイやアリア、レイが魔法を使う直前、一度地面に手をついていたのを覚えているだろうか。


 そう、この世界の魔法は使う前に地面に手をつき、地中にある龍脈から魔力を一度吸い上げなければいけない。そうやって自分の中に一度魔力を溜め込み、それを魔法へと変換して、ようやく様々な事象を外部に引き起こすことができる。

 だが都はこの手順を無視して、俺の傷を癒してみせた。

 つまりそれは都の治癒は魔法ではないということの証だった。

 俺は確かめるように都の手を取る。


「いっぱい触っていいよ」


「嗚呼……。クソ、やっぱりか」


 都自身も自分は死んでいると言っていたし、俺も今都の手を触ってそれを改めて実感する。彼女の手はとても冷たく、ぬくもりがまるでない。目を見ると瞳孔は開ききり、息もしていなかった。

 ふにゅっと俺の腹部あたりに当たる柔らかな胸の感触からも、心音は一切伝わってこない。


 それが確信に繋がった。

 都は人ではない。どちらかといえば、魔物に近い部類の何かなのだろう。都の今見せた治癒は魔法というよりも、どちらかと言えば能力や性能といったものに近かった。

 そんな並外れたことができるのはこの世界では魔物くらいのものだ。グリンブルスティも、言ってしまうと地味だが並外れた嗅覚を有している。都の能力もそれと同じものだ。

 前世記憶で都のような状態を魔物や怪物で例えるなら、それはまさしく――、


「ゾンビだな」


「ゾンビ? まぁ確かに死んでるのに動いてるしね。ゾンビなのは認めるわ」


「なんでにこやかなんだよ。転生して、ゾンビにされたんだぞ」


「転生? 嗚呼、やっぱりそうなんだ。うん。でもセックスができないわけじゃないでしょ? なら問題ないわ」


「さらっと何口走ってんだよ。はぁ……なぁ、一つ訊いていいか?」


「何? 私の性癖でも知りたいの?」


 冗談混じりなのか、あるいは本気で俺が都の性癖を知りたがっていると思っているのか。恐らくは後者なのだろうが、都はもう完全に俺がヒロトだと確信している様子だった。

 顔も名前も違う、中身だけが同じ人物に対してこうもあっさり都が心を許してしまうことにヒロトの記憶を持つ俺としては複雑な気分だった。

 顔などの外見で好きになったわけではないということが判ったことは素直に嬉しいが、それではまるで前世の俺には外見的な魅力がなかったみたいではないか。少し悲しい気分である。

 俺はそんな感情を仕舞いこみ、都に向かって気になっていたことを訊くことにした。


「都、なんで自殺なんてしたんだ?」


「え? そんなの決まってるじゃない。ヒロのいない世界なんて私には興味なんてないもの。それに言ったでしょ。私はヒロを奪った奴に復讐したいんだって」


「俺を奪った?」


 先から会話の中で度々、奪ったや復讐などという物騒な単語が飛び出している。そこで俺は前世記憶のヒロトの最後を思い出していた。

 そういえば、俺はなんで前世で死んでしまったのだろうか。

 たしか学校帰り、都と帰っているときに上から何かが降ってきたのは覚えているが、結局それが何だったのかは記憶にない。

 それを都に尋ねようとすると、先を読んでいたのか、都がその疑問に答えるのが早かった。


「前世とでも言えばいいのかな? とにかく、ヒロトはね、事故じゃなくて他殺されたんだよ」


「た、他殺!? え、何? どういうことだよ。俺、誰かに殺されてたの」


 都から意外な解答が飛び出し、動揺を隠せなくなる。

 前世の最後はてっきり上から何か重いものでも落下してきて死んだのかな、とか勝手に予想していたが、まさかの第三者が絡んでいるとは。

 それなら恋人を奪われて復讐を企てる都の気持ちも判らなくはなかった。


「ヒロはね、殺されたんだよ。状況を簡単説明するとね、空から透明な魔方陣? みたいなのが降ってきて、それがヒロを丸呑みにしようとしてたの」


「魔方陣……。なんか突拍子もない話になってきたな。で、その魔方陣が俺を殺したのか」


「まぁ間接的に。ほら、ヒロってラノベとかよく読んでたでしょ。その影響で私も多少読んでたからその時察しちゃったのよ。たぶんこれは、異世界転移させられるんじゃないかって」


「い、異世界転移。そうか、俺は異世界に転移されそうになってたのか。ん? でも待てよ。ならなんで俺死んでるんだ?」


 当然の疑問だった。

 異世界転移というなら俺が死ぬのは少しおかしい。身体が別の世界に飛ばされるというのが異世界転移の王道パターンなのだから。

 それとも実は異世界転移の魔方陣ではなく、異世界転生の魔方陣だったのだろうか。転生させるために一度殺されたとか。それだったら確かに俺がこうして転生していることにも納得がいくが。

 だがその俺の考えは次の都の言葉であっさりと否定されるのであった。


「なんで死んだのか、か。それは……連れていかれそうになるヒロの身体を私が引っ張ったら……こう、ブチブチって」


「ブチブチっ……え? 俺、もしかして転移をお前に邪魔されて死んだの?」


「悪気はなかったのよ。たぶんヒロの下半身は今頃別の異世界に飛ばされて大変なことに……。だから許せなかった。私からヒロ(息子)を奪った罪は重いわ。絶対に異世界召還者を亡き者にしてやるわ」


「いや、俺が死んだのお前のせいじゃねぇか! え? しかも何それ。下半身だけ異世界転移とか前代未聞過ぎて、恥ずかし過ぎるんだが!? 復讐の動機も俺の下半身奪われたからってこと?」


「だってヒロの子種が……」


「涙潤ませて、しゅんっとした顔しても一ミリも共感できねぇよ!」


 どうやら俺は彼女によって殺されていたらしい。

 まぁそもそもの原因はその魔方陣とやらのせいでもあるが……。

 だがこれで納得はした。してしまった。

 前世で死ぬ間際、たしか足の感覚がなかった覚えがある。それもそのはずだ。だって下半身だけ異世界転移させられているんだもの。

 たぶん異世界転移を試みた人もびっくりだよね。だって下半身だけ転移してくるんだもん。

 ある意味シュール過ぎて笑える光景ではあるが、俺からすれば恥ずかし以外のなにものでもない。

 俺は都の頬を両手で摘まむと外側に引っ張った。


「れくしゅ、いふぁい(レクス、痛い)」


「はぁ……まぁもう過ぎたことだし、別にいいよ。こうしてお前にまた会えたし、それに命まで救ってもらったからな」


 頬を放し、頭を撫でる。

 猫みたいに目を細め、幸せそうに頬を赤らめる姿は愛らしかった。


「さてと。一応、危機は乗り越えたが、この後どうするかな」


「どうするって……こ、こんな場所でヤるの? 私、まだ処女よ。初めてはもっと綺麗な場所がいいんだけど」


「そういう意味じゃねぇよ。ここって洞窟の中なんだ。けど出入り口は天井が崩壊して出られないんだよ。他に出口とか知らないか?」


「冗談よ。んー、って言われてもね。私、ぶっちゃけ感覚的には今異世界転生した気分なのよ。なんで自分がここにいるのか、ここがどこなのか、どんな世界なのかもよく判ってない状態だから」


「そうか……」


 どうやら都には前世の記憶しかないらしい。

 俺が転生したのが十六年前だとして、都もすぐに自殺しているなら同じくらいの時間をこの世界で過ごしているはずだ。だが先ほど自我を取り戻したような素振りがあったのも鑑みるに、それまでは本当にただの動く屍だったのだろう。

 その期間について何をしていたのか押し問答をしても仕方がないが、少なくともそんな自我のない都をこんな部屋に閉じ込めた奴がどこかにいるはずだ。


 もしどこかで見つけたら、必ず一発は殴ってやる。

 俺はそう胸に決意しながら、部屋の中を探り始める。

 とはいっても、あるのはグリンブルスティの死体と血濡れた医療器具ばかりだ。秘密の出口らしきものは見つからないし、これ以上探しても進展はなさそうだ。

 ここに長居したくない気持ちもあり、都の手枷を外して早々に階段を上り、牢屋がたくさんあるドーム状の部屋に戻ることにした。

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