第一章6 ~忘れ去られた監獄~

 明朝早くから討伐に出立することになった。 

 まだ日も出ておらず、外は薄暗い。

 俺はまだ頭がぼーっとしており、眠気眼を擦りながら北門前にいた。他にもミリアと討伐隊に選ばれた数人の村人、そして俺たちを見送るために来た人たちの姿もある。

 村にいる人の数はさほど多くないため、討伐隊の面々は全員顔見知りだ。


「気を付けるんだぞ、レクス。それとミリアをちゃんと守るように」


「善処はするよ。親父こそ、村長としてもし俺たちが帰って来なかった時にオドオドしないようにな」


「こら、レクス。オジサマを不安がらせるようなこと言わないの。まったく、これから魔物討伐なのに少しは緊張感を持ちなさいよ」


 ミリアに窘められ、俺は肩を竦める。

 そういえば、今日のミリアの服装はどこかいつもより気合いが入っている気がする。普段はオーバーオールか、昨日着ていた薬師の医療服のどちらかだが、今日は黒のショートパンツに、上はTシャツ、その上からフード付きの黒いジャケットを羽織っている。編み込みの黒のロングブーツも履いているせいか、足がすらりと長く見えた。


 なんだろう、村の住人でもあまり着ないような服装だな。前世記憶にあるコスプレイヤーみたいだが、妙にしっくりくる。着慣れているというか、安っぽさがないというか、とにかく似合っている。ミリア自身の素材がいいためだろうか。

 ミリアにしては大人っぽく、格好いい系でまとめてある。


「ねぇ、レクス。……どうかな?」


「服装のことか?」


「う、うん」


 なんか赤面しながらもじもじと太ももを擦り合わせ、目を明後日の方向に逸らしながら両の指を前でつんつんしている。


 可愛いな、おいっ!


「う、動きやすそうでいいんじゃないか。普段とイメージが変わって俺はいいと思う。似合ってるよ。王都とかで流行ってる服装なのか?」


「う、ううん。これは薬草とか取りに行くときに着てる服なの。私のオリジナル。ふふ、でもそっか。似合ってるかぁ」


 どうやら気分を害さずに上手く褒めることができたらしい。

 赤面しつつも、ミリアの口角は上がっており、嬉しそうだ。

 あり大抵の主人公はここで一つ惚けて、女の子をむすっとさせるのだろうが、俺はちゃんと褒められる男だ。

 前世記憶での彼女、都と伊達に付き合っていたわけではない。都曰く、女の子はどういう形であれ、褒められれば嬉しいものだと言っていた。

 まぁ、夢だけど。ある意味そんな想像をする自分が気持ち悪いとも思ったけど。


「そういえば、レクス。頼まれてたもの出来てるけど、渡しておく?」


「ん、嗚呼。頼む」


 ミリアははたと何かを思い出したように、背中に背負っていた小さなリュックから二つの竹筒を取り出し、俺に渡してくる。

 竹筒は両側の節の部分が蓋をされており、片側だけ紐のようなものがついている。

 これは昨夜の会議後、ミリアに頼んで造ってもらった爆弾だ。俺は基本戦闘に参加することができないだろう。かといってそれを理由に足を引っ張りたくはなかったため、それを補うことができる保険が欲しいとミリアに相談しておいたのだ。


「で、これどうやって使うんだ。投げればいいのか?」


「ただ投げるだけじゃダメだよ。中に火薬と、雷酸水銀とかの起爆薬が入ってるんだけど、その紐を引っ張ると、中身が混ざる仕組みになってるの。それから投げるなりして衝撃を与えると爆発する仕組みだよ。扱いには気を付けてね。下手したら懐に入れてて爆破して、バラバラになっちゃうかもしれないから」


「凄い笑顔で怖いこと言うなよ。けど、なるほど。手榴弾みたいなもんか。悪いな、徹夜だったろ」


「ううん、お婆様も手伝ってくれたから。それよりしゅりゅーだんって何? なんかカッコいい気がする」


「あ、嗚呼……まぁ気にするな。似たような爆弾が王都だったか、何処かであったなぁと思っただけだから」


 前世記憶にある知識をぽろっと口にしてしまう。ミリアも薄々俺の前世の知識なのではないかと感づいているようで目をキラキラさせている。


 どんだけ、前世とか転生話信じてんだよ。面倒だから、はぐらかしておこう。


 それはそうと、集まった民衆の中にオババの姿がなかった。ミリアが先ほど爆弾製作を手伝ってくれたとか言っていたから、きっと火力の調整などを最後までしてくれていたのかもしれない。怪物ババアではあるが、医療の腕は確かだし、薬に関しての知識も豊富な人だ。爆弾造りといえど、手を抜くような人ではない。

 俺の手に収まる竹筒は信頼できる、高品質の爆弾であるのは確かだろう。ミリアの言う誤爆もまず起こらないはずだ。


 準備もそこそこに、あとは腐敗グリンブルスティがどこにいるのか、それを捜索して、仕留めるだけだとなる。

 まぁ、恐らく今日は手掛かりを見つけるのが関の山だとは思うが。


 それから俺たちは山間から朝日が顔を出すのと同時に、村の皆に見送られながら出立した。

 土地勘のあるミリアを先頭に最初は商人が使う街道を歩く。だが徐々に道は逸れていき、深い山道を掻き分ける形になっていった。一時間も歩かないうちに、気がつけば足場の悪い獣道を歩き始める。

 先導しているミリアは傍から見れば無作為に歩いているようにしか見えない。山の景観は大して変わり映えしないし、俺自身も何処を歩いているのか既に見当がつかなくなっていた。だがミリアは適当に歩いているわけではない。その証拠に度々歩を止めては、近くの木々に触れて頷いたり、虫なんかにも喋りかける姿が見受けられた。


 これは彼女が共感覚コネクションという、動植物と会話ができる魔法を使っているときに見られる行動だ。ミリアはこの魔法を使ってグリンブルスティの情報を仕入れながら山道を歩いているのだ。

 親父がミリアを討伐隊に推薦したのは、彼女の魔法がグリンブルスティの早期発見に繋がると見たからだろう。加え、ミリアがいるだけで山で遭難する確率はほぼゼロだ。

 ミリア本人は戦闘ではまったく役に立たないと言っていたが、それ以外ではかなり応用が利きそうな優れた魔法だと俺は思う。

 ただ本人曰く、欠点もあるという。会話すると言っても現実に喋ることができるわけではなく、思考や記憶を読むことができるという方が近いらしいのだ。ゆえに動物に関しては思考や感情が邪魔で、心を通わせることが難しいらしい。なので植物との対話がほとんどになってしまうと。


 ま、それを差し引いても山しかない田舎村であれば、かなり重宝される魔法だけどな。


 一方、最後尾を歩く俺は背後からグリンブルスティや他の魔物が襲撃してこないか警戒することくらいしかできない。

 本当に俺はこの討伐で役に立つのだろうか。やはりついて行く意味がないんじゃないだろうか。

 そんな思考をぐるぐる頭の中で考えながら、さらに一時間ほど歩いた頃だろうか。


 ふと密林が開け、目の前に聳え立つ岩肌の絶壁が俺たちの前に姿を現した。


「凄げぇ。高さで言ったら数十メートル以上は余裕であるんじゃないか。こんなところにこんな高い壁があったんだな」


「お婆様曰く、ここは二つの大陸がぶつかり合う場所らしいよ」


「二つの大陸? エムセリア大陸って陸続きの巨大な一つの大陸じゃなかったのか」


「うん、そうなんだけど、昔は少し違ったみたい。エムセリア大陸は元々今よりももっと大きな大陸だったんだって。海の向こうから大陸が流れてきて、エムセリア大陸とぶつかって、陸地同士が削れて上に隆起して出来たのがこの連峰らしいよ。まぁ大陸が小さくなったのは戦争とかで、海の底に陸地が沈んじゃったせいらしいけど」


「あの婆さん、ほんと博識だな。年の功ってやつか」


「それ、本人の目の前で言わない方がいいよ。女性に向かって年齢を彷彿とさせる褒め方は失礼だって怒られると思うから」


 見た目ババアのくせに、女という看板はまだ捨てていなかったらしい。

 それはそれで若干恐怖なんだが……。


 ともかく、これ以上先に進むのは難しいだろう。グリンブルスティも、さすがにこの絶壁を登ったとは考えにくい。というか、登っていたらそれはそれで化物過ぎて俺たちの手には負えないだろう。

 行き止まりでは仕方がないので、引き返して別ルートを散策するべきかと、周りの連中に相談していると、ミリアが突然声を掛けてくる。


「待って、皆。あれ……あの洞窟。たぶんあれがグリンブルスティの住処だと思うんだけど」


 言われ、ミリアが指さした方に視線を移す。

 横にずっと続くように聳え立つ絶壁。その途中で洞窟らしき穴が空いているのを見つける。

 俺たちは一度顔を見合わせ、武器の調子をちゃんと確認してからその洞窟に近づいた。俺も竹筒爆弾をいつでも取り出せるように、懐に忍ばせる。


「ぐっ……この腐敗臭。間違いなさそうだな」


 洞窟の入り口に立ちつと、昨夜嗅いだ臭いと同じ、いや、それよりも酷い鼻を刺激するような悪臭が漂ってくる。

 この奥に腐敗グリンブルスティがいるのは間違いなさそうである。

 討伐隊一行は俺とミリアを最後尾に移らせ、近接戦闘を得意とする村人を先頭に洞窟内部に入ることになった。


「中の通路は入り口に比べて意外と広いな。壁に埋まってるこの光る鉱石のおかげでほんのり明るいのは助かるな。てか、なんなんだこの鉱石。叩くと光った埃みたいなのが飛ぶんだが」


 壁に埋め込まれた鉱石は青白く発光しており、叩くと見た目に似合わずヴィブラフォンを鳴らしたような綺麗な音が木霊する。


「魔力結晶だよ、それ。叩くと出るのは魔力の粒子。そもそも魔力は結晶化しないからね。絶妙なバランスで固体を保ってるから少し衝撃を与えるだけで気化しちゃうのよ」


「へぇ、これが魔力結晶か。初めて見たな。そこそこ高く売れるんだろ、これ。商人に言ったら喜んで採掘しそうだな。にしても、なんで壁に埋め込まれたようになってるんだ? 本来固体にならないんだろ」


「それはたぶんこの地下に魔力溜まりがあるからじゃないかな。龍脈は地中をゆっくり動いてるんだけど、時折魔力がマグマ溜まりみたいに地中に溜まることがあるのよ。それが限界まで溜まると、圧縮されながら地上にゆっくり染み出して溶岩石みたいに魔力が結晶化するの。でもこれが多いってことは、これを食べたりする動物とかもいるってことだから奥に魔物がいる可能性も高いはず。だから警戒は緩めないようにして進みましょう」


 ミリアの言葉で一行は気を引き締め直し、奥へ、さらに奥へと進んで行く。

 進めば進むほど、悪臭はより強くなり、虫や蝙蝠こうもりがそこら中を飛び回り始める。

 そうして歩いていくと、出口らしき終点を見つけ、長い通路をようやく抜け出す。出口を潜り抜けると、開けた場所に一行は辿り着いた。

 通ってきた道よりもさらに多くの魔力結晶が壁に埋め込まれており、とても明るい場所だ。ドーム状の部屋になっており、壁が三階建てのように段々になっている。


「なんだ……ここ。明らかに人工物じゃねぇか」


「牢屋……みたいだね」


 そこには壁を削り出して造ったのだろうと思われる牢屋がいくつも並んでいた。

 鉄格子が等間隔に配置され、中には白骨化した死体も見受けられる。だがその死体からは腐敗臭はせず、わりと綺麗な状態でそこに置かれていた。


「見るからにだいぶ年月が経ってるな。牢屋も風化して蹴飛ばせば壊れそうだ」


「うん。白骨化した死体も状態から見て数十年は経ってると思うから、戦時中の捕虜とかじゃないかな」


「……惨いな。こんなところに放置してたのかよ」


 感傷的になるつもりはないが、それでも子供と大人の白骨化した死体が寄り添うように倒れる姿を見るといたたまれなくなる。

 グリンブルスティの一件が終わったら、埋葬くらいはしてあげた方がいいだろう。


「ん? おい、さらに奥があるみたいだぞ」


 しばらくその部屋を散策していると、二階の牢屋が並ぶ場所、その隅の方で一枚の不自然な扉を見つける。

 それは木製の一枚扉で、見るからに他の牢屋と比べて真新しさが目立った。汚れも、傷もあまりなく、あまつさえ扉が開けられて擦れた傷跡が地面に残っている。

 最近まで誰かが使っていたのだろうか。

 ミリアと俺は一度顔を見合せる。

 好奇心も相まって、俺はおもむろにドアノブに手を掛け、扉を開こうと捻った。


「…………。開かない」


「ちょっと、誰か居たらどうするのよ。皆を呼んでから開けようとしなさいよ」


「悪い悪い。つい、好奇心に負けて。でも鍵が掛かってるみたいだな。抉じ開けることもできそうだが、さすがに一旦皆を集めるか」


 突然の俺の行動にミリアが慌て、次に頬を膨らませ怒る。さすがに軽率が過ぎたか。

 ただそんなに慌てておろおろし、開かなかったことに安堵して、次いで睨みをきかせながら怒るミリアも可愛かった。

 表情がころころ変わる反応は、見ていて面白い。あとで仕返しが怖いが……。


 ともあれ、もしかしたら奥にはこの腐敗臭の原因を知っている人物、あるいはこの状況をつくりだした張本人が潜んでいる可能性は十分にあるだろう。

 この部屋を調べても白骨死体しかなさそうだし、状況を一転させる意味でもこの奥を調べることは時間の無駄ではないはずだ。


 皆を集めようと振り替える。


「うあぁぁぁぁぁぁぁぁあああっ」


 部屋に絶叫が木霊したのはそれとほぼ同時だった。俺とミリアは発声源に視線を走らせる。


 一階の広場中央。そこに連れてきた村人たちが四体の巨体に囲まれている姿を見つける。


「な、なんだよ、あれは……。しかもどこから湧いて出やがった」


 目を疑った。

 その巨体の正体は間違いなくグリンブルスティであった。しかし生きているのか、と問われれば素直に頷くことは出来ない見掛けをしている。

 皮膚は溶け出して、筋肉や骨が剥き出しになっており、口からは得体のしれない緑色の液体がごぼごぼと泡立って垂れ流れている。目の焦点は合っておらず、鳴き声もどう形容していいの判らないほど、苦しそうに、喉から捻りだしたような呻き声を漏らしていた。

 しかも異様なことはそれだけではない。前脚が折れている個体もおり、後ろ脚だけを使って身体を引き摺りながら歩いている姿だったり、内臓を溢れさせながらよろよろ歩く個体もいる。


 死んでいてもおかしくない状態で、尚も飢餓に飢えた獣のように、討伐隊の面々ににじり寄って行く。

 これを異常と言わずして何といえばよいのか。俺の脳裏でこいつらはまともに相手をしてはダメだという警鐘が鳴り響き、咄嗟に懐から竹筒を取り出し、紐を引っ張った。


「全員、ここからすぐに逃げろっ!」


 叫び、竹筒を投げる。俺の声に反応したのか、グリンブルスティたちは一瞬俺の方に視線を集め、次いで一斉に咆哮を上げた。

 耳を劈くような異様な咆哮。不気味で、背筋が凍りつくような聞いたこともない不快音が身体を突き抜け、全身の肌が逆立つ感覚を覚える。

 だがその一瞬の隙を見逃さず、村人たちは一斉に来た方向に戻り始めていた。そして数瞬遅れて、眩い閃光が弾け、続いて轟音とともに地面が盛大に爆ぜた。


 ――――!!!!


「ミリア、走るぞ!」


「う、うん」


 ミリアの手を引き、急いで階下に向かう。

 グリンブルスティが爆発で三体ほど壁際に吹き飛んだおかげで、来た道をどうにか戻れそうだ。もう一体がどうなったかは知らないが、爆発の煙でまともに俺たちを捉えることはできまい。オババに感謝である。


「レクス、後ろ!」


「ちぃっ」


 ミリアが叫ぶと同時、咄嗟にミリアを抱きかかえ、直感で横に飛ぶ。

 少し遅れて何かが俺たちのいた場所を猛スピードで駆け抜けて行った。その際、横腹に何か熱い感触を覚えるが、それを気にする余裕もなく、視界が目まぐるしく回転する。


「レクスっ」


「……大丈夫だ。ちょっと横っ腹に牙が掠めただけだ」


「掠めたどころじゃないでしょ。牙が突き刺さってるじゃないっ。抜いちゃダメだからね」


 起き上がると横腹にグリンブルスティの牙が突き刺さっていた。擦れ違いざまに刺さったのだろう。幸いなことに身体が腐敗しているせいか、牙も脆く、俺の自重で牙は折れたらしい。

 もし折れていなかったらそのまま引きずられ、壁に頭を激突させて自身の頭すらひしゃげさせているグリンブルスティのように、俺も潰されていたかもしれない。


「肩貸すから掴まって」


 俺はミリアに肩を借りながら出口に繋がる通路に入る。


 不覚だった。奴らは普通ではないのだ。爆煙に乗じて逃げられるなんて考えが浅かったのだろう。吹き飛ばせなかった一体が、あの爆煙の中、狙い澄ましたように突進を繰り出して来たことに一体どうやって、という疑問が湧く。

 だがその思考も冷静に物事を判断できるような段階になれば、腹部の痛みも鮮明になり始め、疑問など考える余裕がなくなる。


 ヤバイ。かなり傷が深いな。痛さで気を抜いたら意識が途切れそうだ。


「レクス、しっかりして。もう少しだから」


 冷や汗を浮かべながら朧げな足取りで歩く。

 だが不幸とは立て続けに起こるものらしい。


『ガァ……グガァァァ……。ガァァァァアアアッ』


 地の底から聴こえてきそうな呻き声が徐々に迫ってくる。


 さっき突進で頭が潰れた個体だろうか。それとも爆発で吹き飛んだ個体だろうか。どちらにしろ通常の生物とは縁遠い存在だ。生きていても不思議ではない。

 この調子で歩いていては、いずれ腐敗グリンブルスティに追い付かれてしまう。

 そう判断した俺はミリアの肩に掛けていた腕を外すと、そのままミリアを突き飛ばした。そして帯刀していた剣を引き抜き、牢屋の方に振り返る。


「先に行け」


「な、なに言ってるのっ。一緒に帰るのよ。莫迦な真似してないで早く――」


 袖を掴まれるが俺はそれを振り払い、ミリアを睨みつけた。

 ミリアはビクッと身体を跳ねさせ、数歩後ずさる。


「俺を抱えたままじゃ追いつかれる。追いつかれたら二人ともお陀仏だ。それにここを出たとしてもあいつらは追ってくるはずだ。下手したら討伐隊の連中も死ぬぞっ」


「で、でも……」


 涙を浮かべ、どうしたらいいのか必死に模索しているのだろう。目を泳がせ、何か打開策になるものはないか探している。

 だが今はその時間すら惜しい。俺は懐からもう一本の竹筒を取り出し、紐を引っ張った。


「何してっ!?」


「さっさと行けっ! お前がいると邪魔なんだよ!」


「ひっ……」


 心にもない罵倒だった。だが言わなければ、きっとミリアはここに残ってしまうだろう。

 爆弾で洞窟を崩壊させる。もうこの方法しかない。だが出口まではまだもう少しあるはずだ。グリンブルスティの追撃を洞窟の崩壊で防げたとしても、俺を抱えたままでは洞窟が連鎖的に崩壊した際、逃げきれず下敷きにされる可能性が高い。

 だったら生存率の高いミリアを生かすことに俺の命を使うべきだ。そしてグリンブルスティの驚異を皆に知らせてくれれば、少しは俺が死ぬ意味もあるだろう。ここでの情報は決して無駄ではないはずだ。


 そんな偽善に満ちた言い訳を脳内でしながらも、本音を言えば死にたくなんかない。だがミリアが俺なんかを助けようとして、一緒に死ぬのはもっと厭だった。

 ミリアだけであれば確実に助かるはずだ。道連れを選べるほど、俺に度胸はない。

 俺の痛烈な一言はミリアに確かに突き刺さったのだろう。俺の言葉の真意を汲み取れないほど、互いに長い時間幼馴染みをやっていない。

 ミリアは数歩後ろへ下がると深呼吸を一つ。


「レクス……あんたってほんとに莫迦よね」


 そう言って、ミリアは涙を頬に伝わせながら出口に向かって走り出した。

 それを少し見送ってから俺は洞窟の壁に寄りかかる。


「はぁ……やっぱついて来るんじゃなかった。結局、俺はまた童貞のまま終わるのか。前世記憶、ほんと何の役にも立たねぇな」


 一縷の望みがあるとすれば、牢屋の方に爆弾を投げて道を上手い具合に塞ぐ。そして洞窟がその衝撃で崩壊しないことを祈りながら出口に向かう他ない。

 まだ諦めるのは早計だろう。

 俺はどうか上手い具合に崩壊しますようにと祈りながら爆弾を投げた。

 そこへ丁度姿を現した腐敗グリンブルスティ。その頭部に竹筒がカツンっと当たる。

 俺は目を瞑り、爆風に巻き込まれないように身を縮めこませる。


「――っ」


 ――――。


 衝撃。そして遅れて爆発。

 衝撃? 


 爆発前に俺の身体に叩き込まれた衝撃。車にでも撥ね飛ばされる勢いを身体に受け、肺から空気が一気に抜ける。身体がひしゃげた気がした。足が地から離れ、軽く宙に投げ出される浮遊感を覚える。

 どういうわけかは知らないが、出口側の通路から何かが飛んできて俺の身体にそれがぶち当たったらしい。


 その直後、爆弾が閃光を放ち、爆発する。それもなぜか俺よりも出口側に近い位置にいるグリンブルスティの傍で。俺とグリンブルスティの位置が入れ替わったのかとも思ったが、そうじゃない。さっき爆発前に受けた衝撃で牢屋側に吹き飛ばされたからだと理解する。

 同時に爆風に巻き込まれてさらに奥へと身体が吹き飛ばされる感覚を覚えた。

 もう視界は自分が何を見ているのかすら判らなかった。何が起こったのかすらも理解できない。視界が目まぐるしく回転を繰り返し、景色が残像を霞ませて消えていく。


 そして俺は地面を何度かバウンドし、最後に地面に顔面から叩き付けられた。視界が明滅する。死を直感した。

 まだ息はあるようだが、この爆発で死なずとも、グリンブルスティ三体の巨躯を盛大に吹き飛ばすほどの威力を誇る爆弾だ。洞窟が崩れて、下敷きになってすぐに圧死するだろう。


 ミリアはちゃんと逃げきれたかな……。


 そんな他人の心配を胸中に残しながら、俺は意識を暗闇へと落とした。

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