第一章5 ~ミリアのお願い(脅迫)~

 その日の夜。あと数時間で夜も明けるという時間に、村の大人たち数名とオババ、ミリア、ゲオル、そして俺は村長宅(俺の家)に集まっていた。

 目的は今回の魔物襲撃事件の情報整理と、その魔物に今後どう対応していくのか方策を立てることだ。


 正直眠いし、俺は参加するつもりはなかったのだが、オババに強制連行されてここにいる。

 早く終わって床につきたいところだが、上座で胡坐を掻き、威厳のある強面顔の男が沈黙を貫いているため、早々に終わらなさそうか雰囲気があった。かれこれ五分ほど経過しただろうか。

 それを下座に座る面々が同じく沈黙を貫き、彼の言葉を待っていた。


「グリンブルスティ……。鍋にしたら美味しいな、あれは」


 その彼の一言に周りの人間は大きなため息を一斉に溢す。

 威厳ある面影は一瞬で崩壊し、張り詰めていた空気もどこへやら。

 かたや男は周りの反応が自分の思うものと違ったのか、左右の指を波打つように合わせながらおろおろし始める。


「親父、その強面顔で無理矢理場を和ませようとしなくていいから、さっさと本題に入れよ。見ていてこっちが恥ずかしくなる」


「そ、そうか? だがこう……重たい雰囲気だし、ちょっと明るくした方が。ほ、ほら、怪我人は出たけど一応は助かったわけだし」


「助かっとらんわ、アルク。重傷者の女子(おなご)の方は今夜が峠じゃ。それを乗り切れんかったら死ぬ。少しは顔に見合う発言をせんか、莫迦たれ」


 申し訳ないオババ。今回ばかりはあんたと同意見だ。

 この、見た目はごつく、堀の深い顔をしているため威厳と風格だけはある男の名はアルクだ。俺の実の父親である。見た目と反し、肝っ玉が小さく、頼りないエルト村の村長だ。

 アルクはオババに一喝され、しどろもどろな状態で口をパクパクさせ始めたため、オババが俺に目配せして来る。


 はいはい、いつも通り俺が代わりに司会進行をしろってことね。親父はこういうの苦手だからな。仕方ない。凄い眠いけど。


 俺は一度欠伸を噛み殺し、咳ばらいを一つ入れて皆が注目するのを確認してから口を開いた。


「えーと、ついさっきの話だからみんなも承知だとは思うが、改めて状況確認も含めて今回のことを話す。まず深夜一時ごろ、北門付近に魔物――グリンブルスティが現れた。そこで退治しようとした見張りの三人が応戦。しかしどういうわけか返り討ちに合い、一名は重症、二名は軽症だ」


「返り討ちか。まぁ普通に考えてあり得ないことだよな。エルの訓練法で俺たちは魔物に対抗する手段を確立しているわけだし、夜の見張り役は村の中でも精鋭の奴らだ。ここまで手酷くやられるのは久しぶりじゃないか」


 俺の言葉に付け足すようにゲオルが言う。

 ゲオルの言う通り、夜の見張り役は村の中でも実力派の連中が行っていた。しかも今回の三人はその実力派の中でも五本の指に入るほどの実力者たちで、仲も良好で連携も取りやすかったはずなのだ。

 いくら夜半で視界が悪かったとはいえ、のグリンブルスティに後れを取るとは考えにくい。


 ちなみにグリンブルスティの強さがどれくらいかと言えば、魔法が使えない俺でも仕留められる程度に弱い。個体が小さければ、恐らくフィルたちでもうまく連携すれば勝ててしまうだろう。

 子供たちでさえ勝てるような相手だ。なにか予想外のイレギュラーがあったか、あるいは村周辺の魔物が異常に強くなったのか。

 少なくとも後者であって欲しくはないと願う。


 俺はこの集会に集まる前にオババに頼まれて、襲われた軽症者二名に予めどんな感じの戦闘をして、相手は本当にグリンブルスティだったのかという聞き込みを行っていた。それも付け加えて皆に話しておく必要があるだろう。

 個人的に気になることもあるので、皆の意見を仰ぎたい。

 ゲオルの言葉を皮切りに、周りが意見や推測を言い合う中、俺は静かに手を挙げる。それを見てミリアが拍手(かわしで)を一つ打ち、視線が一瞬ミリアに集まる。すぐに俺の挙手に気づいて皆が口を閉ざした。

 ありがとう、ミリア。


「オババに頼まれてここに来る前に襲われた二人から話を聞いた。それによるとどうやら相手はグリンブルスティで間違いないと俺は思った。だが普通ではないグリンブルスティだ」


「普通じゃないじゃと。それは強さ的な意味で、あるいは見た目的な意味で言っておるのか」


「両方……っていうのが正しいだろうな。まずグリンブルスティの見た目は猪とあまり変わらない。違いと言えば異常に発達した牙と、普通の猪よりも二回りほど巨大という点ぐらいだろう。だが襲ってきたグリンブルスティは身体が――していたらしい」


 その言葉に再び周りがざわめきだす。

 腐敗というこの二単語が、いまいち理解できていないのだろう。言葉の意味的な理解ではなく、その腐敗しているのに動いて、生きているという状態が。


 俺自身も未だ半信半疑である。

 腐敗ということは、生物であれば細胞が死なない限り起こらない現象だ。

 魔物というのは、地中深くにある龍脈と呼ばれる魔力の源泉から魔力が漏れ出し、それを動物や植物などが多量に摂取することで細胞に影響を生じさせ、突然変異した姿のことである。通常の生物より肉体は強靭になり、自我は崩壊し、獣としての欲求が異常なまでに高くなるというのも特徴の一つだ。

 しかしだからと言って生物としての域をでるわけではない。

 首が飛べば身体は動かなくなるし、心臓を潰せば臓器の活動は止まる。そのどれもが人間にとって害悪であるというだけで、ちゃんと死という概念が存在する立派な生物だ。


 負傷者二名の話によれば、その腐敗グリンブルスティはとても生物として見られるような動きをしていなかったという。剣で斬りつけ、内臓を引きずり出そうが、魔法で巨躯を吹き飛ばし、地面に叩きつけて首を折ろうが、心臓を槍で貫こうが。まるで痛覚がないかのように三人の攻撃をくらいながら尚も攻撃一辺倒で暴れまわっていたと。

 最後はどこかへ逃げていってしまったらしいが、魔物でも痛覚がないわけではないため、よろめいたり、攻撃の手が緩んだりすることはあるはずなのだが、それすら見られなかったという。


 俺も気になって北門を開けて少し戦場を見たが、地面が赤黒い血で染まっている惨状を見て、相手は相当深手を負っていたのは確かだろうことは容易に想像できた。

 加えて、そこにはグリンブルスティの内臓と思われるモノも落ちており、腐敗ガスが吹き出していた。内臓を置き去りにして、生きているなどやはり普通ではないだろう。

 その見てきたモノも一通り伝え終わると、周りから不安の声が上がり始める。

 そんな中、ミリアが俺の袖を数度引っ張ってきて、鼻を摘まみながら俺の後ろにあるものに指をさした。


「ところでレクス、それ何なの? なんかちょっと臭いんだけど」


「これは戦場を見に行った時に落ちてた戦利品だよ。ほら、三人が使ってた武器の残骸と、あとこれはグリンブルスティの牙だろうな」


 風呂敷で包んであった戦利品を自分の前に持ってきて広げる。

 運んでいる時にも思ったが、戦利品に附着した血から腐敗臭がするのだが、時間が経ってさらに濃くなっている。周りにいた連中が俺から距離をとっていく。


 そんな蜘蛛の子を散らすように逃げなくても。運んだ俺を少しくらいは労ってくれてもよくない?

 手、臭いんだよ。でも運んだんだから。


 俺は取り敢えず、ミリアから予め貰っておいた医療用手袋を嵌め、槍の刀身部分らしきものを拾い上げる。もはや鋭利さはなく、血に濡れて赤く染め上がったそれは、触れると粉上に原型が崩れていく。

 まるで酸化して錆びているようにも見えた。


「おい、レクスそれなんだよ。なんでそんなもん持ってきてんだよ」


「仕方ないだろ。オババに現場検証も頼まれてたんだから。んで、こいつは戦いで使われた武器の破片だ。恐らく戦闘をしていて得物が破壊された――というより腐敗したとか風化したとか、そう表現した方が正しい壊され方をしているが、たぶん三人が負けた原因はこれだろう」


「つまり、腐敗グリンブルスティの体液には風化させたり、腐らせたりする効果があるってこと?」


「まぁ、そういうことだな」


 ミリアが鼻を摘まみながら簡単にまとめてくれる。

 それにしても離れ過ぎじゃないか、ミリアよ。そんな出入り口付近まで距離を置かれると、なんだか悲しくなってくるんだが。

 俺、泣いちゃうよ。


「他にもグリンブルスティがたしかに腐敗していた証拠もある。この牙だ。見てくれ、中身がスカスカでかなり脆くなってるだろ。これは腐食して骨に雑菌が繁殖しないと起こらない現象だ。グリンブルスティが腐敗していたのはほぼ間違いないと思う」


「ほぅ、童(わっぱ)、よくそんなことを知っておったのぉ」


「ん? 嗚呼、昔刑事ドラマの司法解剖で……いや、何でもない。たまたまだよ」


 俺の刑事ドラマという単語に周りが首を傾げる。

 まさかここで前世記憶の知識が入り込んでくるとは俺自身も予想していなかった。

 というか、初めて前世記憶が役に立った気がする。


 ちょっとだけかっこいいことが言えてご満悦な俺を尻目に、それまで沈黙を通していた親父が唐突に声をあげる。


「えーとそれで、その腐敗グリンブルスティの能力というか生態が判ったわけだが、訊く限りかなり危険だろう。なら早急に討伐すべきじゃないかい」


「そうじゃな、アレクのいう通りここは討伐隊を編成して、こちらから打って出たほうがよかろう。腐敗させてしまうような体液を持つ化物が野放しでは、山の自然や生態系にも悪影響が出るじゃろうしな」


 アレクの言葉にオババも同意を示し、周りも特に異論はないのか何も言わない。

 ここまで話がまとまれば、あとの討伐隊の編成などは親父の仕事だ。そこまで俺がやってしまっては村長としての威厳を保てなくなるだろう。

 一仕事終えた俺がほっと息を吐くと、親父は討伐隊の候補者の名前をさっそく挙げ始めた。

 どれも村の実力派の人たちだ。


「あとはミリアも行ってくれるかな。山であれば薬の調達で他の人たちよりも入る機会が多いから土地勘があるだろうし、何よりもキミの魔法は今回かなり役に立つだろう。ついでにレクス、お前も同行しなさい」


「はい、判りました」


「嗚呼、判った……って、今なんて言った?」


 同行しろという単語が聴こえ、思わず訊き返す。


「なんじゃ、自分が討伐隊に編成されんとでも思っていたような発言じゃな」


「当たり前だろ。知らない訳じゃないだろ、皆だって。俺は魔法が使えない。ついて行ったところで何もできないし、戦闘になったら間違いなく足を引っ張るだけだ。連れていくメリットがないだろ」


 自分で言っていて己の非力さを自覚しているようで悲しくなるが、ここで見栄を張っても良い結果は生まれないだろう。それくらいは弁えているつもりだ。

 普通のグリンブルスティであれば参加することに反論はしなかったと思うが、今回の相手は普通ではない。戦闘になれば後ろで傍観を決め込むしかできないだろうし、もし連携が崩れて俺に敵意が向けば、村の住民は優しいから俺を必死で護ろうとするだろう。


 それくらい俺は弱いのだ。

 自分のせいで誰かが死ぬなんて経験をしたことがあるわけではないが、容易にそんな場面が想像できる以上、もしそれが現実に起こってしまったら後味が悪すぎる。

 そんなレクスの胸中を知りもせず、ゲオルが声を張り上げた。


「俺もレクスが行くことに同意するぜ!」


「おい、おっちゃんまで何言ってんだよ。他人事だと思って、悪巫山戯はよせよ」


「巫山戯てなんかいねぇさ。今回の件に関して、おめぇは役に立つはずだ。そう思ったから言ったんだよ」


「理由がふわっとしてて説明になってねぇよ。とにかく、俺は行かない」


 何より面倒だ、というのは口が裂けても言えないが、こう見えて俺という人間は省エネ主義なのだ。自ら危険な、それも手間の掛かりそうな討伐には行きたくない。というのが、実のところの本音である。

 無論、足手まといになるというのも事実ではあるが……。

 一人ごねていると、ミリアが俺の目の前まで来て、右手をぎゅっといきなり両手で包み込んできた。

 突然の行為に心臓が一度大きく跳ね、思わず顔が熱くなる。

 手、柔らか。つか、小さいな。


「ねぇ、レクス。レクスの言い分も判るけど、私はレクスが足手まといになるなんて思わないよ。それにその言い分だと私も足を引っ張る側の人間になるし。ほら、私の魔法って戦闘向きじゃないでしょ」


「それは……けど、ミリアの場合は今回役に立てるだろう。山で遭難する確率もお前がいるだけでグッと下がる。それにお前も戦えないなら尚更、俺までついて行ったら周りの負担が大きくなるだけだ。どう考えてもデメリットが大きいだろ」


「そんなことないよ。レクスがついて来るメリットは、そのデメリットを差し引いても恩恵が大きいと私は思うもん」


 ミリアは真剣な眼差しで俺を真っすぐ見つめる。

 なぜそこまで俺に拘るのだろうか。もしかして俺に気があるのか。ついてきて欲しいってことなのか?

 いや、そんな不純な理由で同行を促すほど、ミリアは阿保ではない。きっと何かあるのだろう。

 俺はミリアを見つめ返し、その理由が語られるのを黙って待った。そしてミリアは一度軽く息を吸い込むと、日葵のような眩しい笑顔と柔和な声で言った。


「たしかにレクスは魔法が使えないよ。でも私はレクスには特別な力があると思うの」


「特別な力? なんのことだよ」


「レクスには優れた状況判断能力と、分析力があると思うの。今回の敵は普通じゃないでしょ。どんなことをしてくるのか不明な点もまだ多い相手だし、そういう敵に対してレクスなら適格に相手を分析して、策を練ってくれそうな気がするの」


「いやいやいや。何を根拠に俺にそんな特別な力があると思ってるんだよ。過大評価にも程があるだろ」


「根拠ならあるよ。何回か魔物討伐にレクスと参加したことがあるでしょ?」


 ミリアはにこにこしながら、にじり寄ってくる。笑顔だが、よく見ると目元が笑っていなかった。

 こいつ、絶対なにか企んでいやがる。

 しかもこの手の握り方。始めは女がお願い事をする際によくする媚びるためのものかと思ったが、どうやら違う。俺が逃げないように手を握られているだけだ。だって近寄ってくるにつれて、握っている手の力が強くなっていってるもん。

 地味に俺の指がひしゃげて痛い。

 

「ま、まぁ……あるにはあるが。ただそれは村周辺の魔物が増えないように定期的に討伐しに行くからだろ。たまたま畑とか、田んぼの収穫時期と被って人手不足を補うのに参加しただけで。それに討伐した魔物も弱い魔物ばかりだったと思うが」


「うん、弱い魔物ばかりだったね。でもレクスが倒しに行ったときって、大抵魔物の繁殖期だったでしょ」


「そ、そうだったかなぁ? まぁ言われてみれば、数は多かった気がするが」


「気がする、じゃなくて実際多かったのよ。通常よりも数が多いっていうことは、いくら弱い魔物でも掃討には時間も掛かるし、怪我だってする可能性が高い。なのにレクスがついていった討伐隊はそのとき無傷で、しかも普通の数を倒すときより帰ってくる時間帯が早かったよ」


「あははは……。それは周りの皆が凄かっただけだろ。ほら、調子のいいときだってあるだろうし。それに買い被りすぎだ。俺は大したことをしたつもりはないぞ」


 本心からの言葉である。

 確かに俺は通常よりも厄介な時期に魔物討伐に駆り出されることが多かった。だがそれは次期村長を継ぐためのポイント稼ぎでやったことだ。

 毎日ぐーたらしていたら、村長を譲って貰えないのではないかと危惧していたから。だから本当は痛いのは嫌いだし、死ぬなんてもっと厭だし、何より面倒くさかったが頑張ってみたのだ。なるべく弱い魔物の討伐次期を選んで。


 だがその次期がなぜかことあるごとに繁殖期に当たるのだ。

 正直毎回焦っていた。通常の魔物討伐よりもミリアが言う通り難易度が高くなる。

 そこで力のない俺は知恵を絞ったのだ。早々に、かつてっとり早く討伐を終わらせるたに罠を仕掛けたり、少し戦い方を工夫したのだ。たまたまその罠や作戦が上手く嵌まって、討伐がスムーズに終わっただけの話である。

 準備こそ自分でやったが、討伐日当日は傍観していたことに変わりはない。実質なにもしていないに等しいのだ。

 そんな俺の胸中を知ってか知らずか、ミリアは遂に俺の顔間近まで迫り、あと少し動けば鼻先が触れるのではないかという距離で誰にも聴こえない小さな声で言った。


「レクス……つべこべ言わずに来なさい。そしていざという時の私の盾になりなさい」


「てめぇ、本音はそれか! 笑顔で何てこと考えてやがんだ」


 ついに本性を現しやがった。なんて奴だ。ひどい。


「冗談よ。本音はレクスを囮にして、襲われているうちに私が逃げるためよ」


「盾より扱い酷くなってるんですけど!?」


 この幼馴染みはサイコパスなのだろうか。

 ついて行く意味が囮とは悲し過ぎる。

 そんな俺たちのやりとりを見兼ねてか、ミリアの後方からオババの声が飛んできた。


「まったく、からかうのはその辺にせんか、ミリア」


「でもお婆様。こいつはこうでも言わないと、喜んでついてこないでしょ」


「囮だったら尚更ついて行かねぇよ。つか、俺がドMみたいな言い方をさらっとするんじゃねぇ」


 オババは呆れたように溜め息を吐きながら、杖を俺とミリアの間に差し込み、引き離す。

 至近距離のミリアを堪能できなくなり、少し残念な気持ちになる俺がいる。否定しておいて何だが、俺は実はMなのだろうか。


「はぁ……童(わっぱ)。お主は少し自分を過小評価し過ぎるところがあると儂は思うぞ。さっきだってグリンブルスティの生態を実物も見ていないのに暴いてみせた。儂が童(わっぱ)に調査を頼んだのもお主のその観察眼を認めていたからじゃ」


「あくまで推察だ。間違ってる可能性もあるだろう」


「かもしれん。じゃが、大きく的を外しているとも思えん。それだけ納得のいく推察なのは事実じゃ。それにただ強いだけの魔物と判断していた場合、危険を犯してまでこっちから出向いて討伐はしなかったじゃろう。恐らくまた現れたときの対処法を考えるだけに留まり、山に住む動植物の被害を考慮できなかったはずじゃ」


 言われ、悪い気はしなかった。

 周りの連中もオババの意見に同意なのか、頷いている。

 断れそうにない雰囲気が漂う。


「それだけレクス、お主には才があるのじゃ。物事を多角的に観られる才がのぉ。じゃから、討伐隊に参加をしてほしいんじゃ。未知数の敵ならばお主のような者が一人いるだけで、危機的状況がもしかしたら一変するかもしれん。ここまで言っても討伐に参加せんか?」


「はぁ……。そこまで言われるともう逃げ道がないじゃないか。でも一ついいか?」


「なんじゃ?」


「面倒だから行かないって言ったらどうする?」


「レークースーっ」


「で、ですよねー。冗談冗談。だから拳を握りしめて構えるのはやめてもらえます? ミリアさん」


「まったく、冗談を言っていいときと、悪いときくらいの区別はつけなさいよ」


「悪かったよ。ついてくから。ただ言い訳だけしておくぞ。もし討伐が失敗しても文句は言うなよ。俺は責任を取れないからな。ちなみに俺は身の危険を感じたら脱兎の如く逃げるんで」


「構わん。どうせ童(わっぱ)にそんな度胸はありはせんからのぉ」


 オババはにやりと笑みを浮かべ、「それに、どうせミリアに捕まって逃げられはせんじゃろうしな」と付け足して釘を刺してきた。

 なんか色々見透かされている気がして腹立たしくはあったが、観念するしかあるまい。

 こうして俺は討伐隊に参加することとなるのだった。

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