第一章2 ~訓練~

 この世界には魔法という概念が存在している。

 ただし前世記憶(なんかノリで夢に名前をつけてみた)にある魔法と、今いる世界の魔法には少し認識に齟齬がある。

 前世記憶でいう魔法といえば、魔力を源動力として魔法陣のようなものから火球を出したり、水を生み出したり、土で壁を造ったり、風を使って竜巻を起こしたり。地水火風のような属性があって、その組み合わせで氷や雷といった属性まで生み出せたり、あとは魔力が体内に備わっているのか、外気中から体内に取り込むのかなど。


 挙げればキリがないほど魔法には種類がある上、運用方法も多数。超絶便利な、ある意味ロマンの詰まった力だ。

 とはいえ、前世記憶の中にある世界では、実際に魔法を使えたわけではなかった。それらは空想の産物であり、あるいは科学で説明できない不可思議な現象を魔法と位置付けていたに過ぎない。


 だが今いるこの世界には実際に使える魔法が存在している。

 空想の産物などではなく、現実として不可思議な現象を、あるいは奇跡を、個人が引起こすことができるのだ。

 ただ齟齬があるとするなら、この世界の魔法は俺個人が思うに、魔法というよりもどちらかといえば超能力に近い部類な気がする。


 昼前の時間帯。この村――エルト村ではとある訓練が毎日この時間になると実施される。

 その訓練とは自身の魔法能力の向上と、身体的武術の強化である。


 その目的は大きく分けて二つ。

 一つはこの村では一七歳になると、村で農民として働くか、それとも村を出て王都などに出て働くかの二択を迫られるからだ。

 前者はともかく後者のように外で働くとなると、ある程度戦えた方がお金を稼ぎやすいのだ。職人のような業種にでも就かない限り田舎者はお金を得ることが難しい。そうなるとギルド的な所に所属したり、フリーの依頼を受けて生計を立てることでしかお金を得ることができない。

 ギルドの仕事をするにせよ、フリーの依頼を受けるにせよ、内容が殺伐としていることは少なくないため、そのための準備という名目も兼ねた訓練なのだ。


 二つ目はこのエルト村に残った場合である。

 エルト村はエムセリア大陸の極東に位置する小さな村だ。王都に行くにも二日ほどかかる田舎中の田舎である。

 そんな小さな村ゆえ、騎士や憲兵が在住しているということはない。そのため、村の治安維持は村人たちが自分自身で行う必要があるのだ。

 特に村の外にいる魔物が、餌を求めて時折村の中に侵入してくることがあるため、それを撃退するための力が必要になる。


 将来、どちらを選択したとしてもこの訓練は生きていくために必要なものであるため、昼前と夕方の二回に分けてまで訓練が日々行われている。

 ちなみに訓練場は俺の家の近くにある広場だ。背の短い草が地面を覆う原っぱになっており、訓練時以外はよく子供たちが鬼ごっこなどをして遊ぶ場にもなっている。

 定刻になるとそこへ男はもちろん、女子供も含め、多くの者が集まり、各々鍛練を始めるのだ。

 ある者は剣技を。またある者は口から霧のようなものを吐き続け、魔法の強化を。そしてある者はひたすらに筋トレに取り組む。


 そんな中、俺はどんな訓練をしているのかというと中学生くらいの元気溌剌な少年と相対していた。少年は木刀を振り上げながらこちらに向かって走ってくる。対して俺は何の装備もしていないが、そのまま迎え撃った。


「行くぞ、レクスっ」


 直線的に振り下ろされた木刀を、俺は半身だけ身体を逸らして躱す。鼻先を木刀が通っていくのを見送り、遅れてやってくる巻かれた風を感じる。そのままお留守になった足を素早く自分の足で刈り取った。


「ぐわあっ」


 少年が情けない声を出しながら前のめりに倒れる。それを転ばないように俺は手で支えてあげる……というのはあくまで建前で、そのまま少年の首に腕を回し、自分の身体に張り付けにするようにして拘束。

 少し離れた場所にいる子供たちに向かって、少年を盾にするように構えた。


 ちなみに誤解のないように最初に言っておくが、これはイジメではない。訓練だ。


 盾を構えた先には三人の女の子たちが地面に手をついて何やら力んでいた。拘束された少年を見るや、それぞれ地面に手をつくのをやめる。


「ず、ずりぃぞ、レクス。人質なんてっ」


「ズルくはないだろ。俺だって魔法で攻撃されるの厭だし」


「うっせぇーっ。放せよ、このおたんこなすっ」


「ほぅ、そんなこと言う奴には少しお仕置きが必要だな。おーい、メイ、アリア、レイ。フィルが俺ごとやれっ、て男気見せてるぞー」


「なっ!? 言ってない! 言ってないから! お前らも顔を見合わせて撃っちゃおっか、みたいな感じで頷くな!」


 三人の少女は地面に手をついたまま、再び力み始める。

 最初に変化を生じさせたのは俺から見て一番左側にいる金髪ショートボブの少女ーーメイだ。

 彼女の髪がまるで重力に逆らうかのようにわななき始め、次いで小さな砂粒が彼女の周りで浮遊し始める。しかもただの砂粒ではない。どの砂粒もその色が黒い。


「砂鉄か。考えたな」


「ばっ、マジでやる気かよ!」


 グッと目を瞑った盾――もといフィルは足をバタつかせながら、両腕で顔を隠す。

 メイがそれを見計らったかのように、片手を俺に向ける。同時に砂鉄がこちらに向かって放たれた。


「うわーっ」


「…………」


 ファサー……。


 効果音をつけるならば、そんな感じだ。砂鉄が俺とフィルに覆い被さるように降りかかる。肌にチクチクとした感触を覚え、むず痒い。

 目に入ると痛いし、ゴロゴロしそうなので俺も自然と目を瞑った。たぶん目眩ましのつもりなのだろう。


「そんなので目眩ましになると思って――ぐぉっ」


 目を開ける。瞬間、何かが目の前で爆ぜた。

 眩い閃光が網膜を刺激し、太陽を直接目視してしまった時のように視界が明滅する。

 どうやら本命はこっちだったらしい。メイの放った砂鉄は威力が弱いことを知っていたため、莫迦正直に砂鉄の雨をくらったのだが、この閃光を避けられないようにするための布石だったようだ。

 思わずフィルを拘束していた手が緩む。さらに左足が突然ぬかるんだ地面でも踏み抜いたかのように滑る感触を覚え、俺の態勢が後方に崩れる。


「フィル! 今よ!」


「判ってる! くらえ、レクスーーんなっ!?」


 突然視界が遮られたため、何が起こったのかは判らない。

 ただこのまま態勢を崩すのは悪手だと、咄嗟に判断した俺は転ぶ勢いに任せて、そのままバク転をするように足を振り上げた。

 カツンっ、と何か爪先に当たった感触を覚え、そのまま手を地面につき、足で屈伸するときのように肘をバネにしてさらに後方に飛ぶ。


「まだよ! これでどうだ!」


「わりと鬱陶しいな」


 着地と同時に聞こえた声。取り敢えず勘もクソもなく、左側に身体を転がす。

 右から熱風が届き、先ほど俺がいた場所に何かが起きたことだけは判る。恐らく先ほど俺の視界を奪った閃光を発した魔法だ。こんな魔法を使えるのはアリアか。

 俺は目を擦り、魔法が飛んできた方を注視する。フィルと背中辺りまで髪を伸ばした女の子らしき影が朧気に見えたので、俺はそこに向かって走り出した。


「わわっ、来るぞ」


「な、なにビビってんのよ。さっさと木刀を拾いなさいよっ」


 俺は走る勢いに任せて両腕で二人のお腹辺りをホールドするように突進する。

 そのまま米俵でも担ぐように二人を肩に乗せ、


「小賢しいマネしてくれたなぁ。これはそのお返しだあっ」


 喉の奥からわざと低い声を発し、そのまま右足を軸にして高速回転する。

 イメージは羽生◯弦の四回転トーループ(ジャンプしないver.)だ。


「おわーっ! めっちゃ早ぇ!」


「ちょ、放しなさいよ。うぷっ、き、気持ち悪くなってきた……。降参……降参するからやめてーっ」


 その言葉を聞いて俺は二人を地面に下ろす。

 呆気ない。まだ十回転くらいしかしていないのに。


 ようやく見えるようになってきた視界には、気分を悪くした二人が地面に四つん這いになってえずいている姿があった。

 女の子の方は赤髪で、少し吊目の気の強そうなアリアという少女だ。えずきながら、降参したはずなのにこちらを睨んでくる。


「降参じゃないのか?」


「ふふ……おえっ。あれは嘘よ!」


「じゃあ、もう一回」


「う、嘘よ! 冗談、冗談! 降参だから!」


 指をわしわしさせながらにじり寄ると、慌てて両手を上げ、器用に足だけを使って後退りしていく。

 座り込んだ状態で、女の子がそんな動きをしていいものなのか。本人は気が付いてないが、スカートが地面に擦れて捲れ上がり、可愛いクマちゃんパンツが見えている。


 うむ、もう少し大人になれば眼福だ。


 残念ながら俺はロリコンじゃないため、アリアのパンツはただの布にしか見えなかった。

 本当だよ。


「で、アリアはこう言ってるが残り二人はどうする?」


 アリアのパンツから視線を外し、少し離れたところにいるメイと、その隣で地面にう◯こマークを描き始めていた青髪の女の子――レイに問う。


 というか、レイは何をしているんだ?


「こ、降参です……」


「こうさーん。アリアとフィルの前衛が戦死したから後衛の私たちにはなにも出来ない」


 メイが片手を挙げ降伏宣言すると、レイも地面にう◯こを描きながら同じように宣言する。


「ちょっと、レイ! 少しは抗いなさいよ! ていうか、勝手にあたしらを殺すなーっ」


 冷静に、だがそもそも興味無さげにレイがあっさり降参宣言した挙句、勝手に死亡扱いされたことにアリアが憤慨する。

 レイの隣にいるメイはそんなアリアを止めようと、だがどう止めるべきか気の弱いメイには難題らしく、二人を交互に見ておろおろすることしかできない。

 そろそろ止めに入らないと、メイが少し可哀想だな。


「はいはい、四バカ共。模擬戦は今日も俺の勝ちでいいな」


「ちょ、四バカって言うなっ。くそぉ……レクスのなめプ腹立つぅ。武器くらい装備しなさいよ!」


 アリアが地団駄を踏み、敵意がレイから俺へとシフトする。

 メイが少しほっとした表情になった。


「でも今日はいつもよりよかったんじゃないか。俺の捕まった時の迫真の演技も含めて、あの連携にはさすがのレクスも焦っただろ」


「あれ演技だったのかよ。あー……でも、うん。焦った焦ったー。目がチカチカして焦ったよー」


「絶対焦ってないじゃない! なにその棒読み! 腹立たしいんだけど! あとフィルには作戦内容伝えてないでしょ。何が迫真の演技よ!」


 俺の心のこもってない称賛が、アリアは気に入らなかったらしい。

 小さな八重歯を剥き出しにして、今にも噛みついてきそうにこちらを睨んでくる。

 というか、フィルは作戦会議に混ぜてもらえなかったのだろうか。可哀そうに。


「アリア、落ち着いて。レクスは村一番の剣術使い。子供の私たちに勝てる見込みは薄かった。でも私たちはこれから一歩前進する」


「どういうことよ。しかもなんで未来形なのよ」


 頬をぷくっ膨らませ、むくれるアリアにレイは宥めるように言う。

 アリアもそうだが、メイもフィルも、そして俺すらも、レイが何を言っているのか理解できず、疑問符を頭の上に浮かべる。

 レイは仕方ないとでも言いたげに、青のワンピースに付いた砂埃を掃いながら立ち上がり、腰に手を当てて自信満々に言った。


「だってレクスは私のう◯こを見て今後動揺せざるを得なくなる。これは次の戦闘のための伏線。名付けてう◯こ作戦」


「「「…………」」」


「……ちなみに訊くが、なんでう◯こ作戦なんだ。戦闘にう◯こ関係なかっただろ。あと女の子がう◯こ言わない」


「関係ある。見て、このう◯この絵を。レクスの未来。これでレクスの心はかき乱されるはず」


 レイは指で描いたソフトクリームのアイス部分に、湯気が立ち昇るマークを付け足し、よりリアルにして俺に見せつけてくる。


 いや、思ったよりう◯このクオリティーは高いけど、やってることが意味不明なんだが……。


 レイという少女は少し変わっている。こういう奇行を見るのは初めてではないが、一体何を考えているのか未だに理解できない。

 俺が悩ましげに眉間を押さえると、レイが付け足すように言う。


「だってこの前、レクスが言ってた。戦闘は如何に相手のペースを崩せるかだって」


「いや、確かにいったが、う◯こでペースが崩れるわけないだろ。しかも戦闘後にそれを見せられても、動揺を通り越して困惑しかねぇよ」


「なに言ってるの、レクス? 戦闘中にう◯こ……使ったよ」


 言われ、そこにいた全員が石像のように固まる。

 するとメイが何かに気が付いたらしく、一歩、二歩と後退りし、俺から距離をとり始める。


「あのー、メイさん。どうして心の優しいあなたが、そんな汚物を見るような目で後退りしてるんですか?」


「だ、だって……お兄ちゃん、その、左足……」


「あ? 左足?」


 俺は左足を見る。

 何か変わった所は特にないが……なんだろう。不快な臭いが漂ってくる気がする。まるで畑の肥料に混じってる獣の糞のような。

 続いてアリアも顔を青冷めさせ、同じく後退し始める。


「れ、レイ……あんたまさかレクスの態勢を崩す方法があるって言ってたけど……」


「うん。私の魔法は掌サイズのものであれば、半径三十二メートル以内のモノを自由にテレポートさせられるから」


「なぁレクス、なんか臭わないか。しかもレクスの方から」


 フィルの言葉で、ようやく理解に至った俺は恐る恐る左足の裏を見る。

 そこには強烈な臭いを放つ茶色物体がこびりついていた。


「ぎゃーっ! レイ、てめぇ! あの滑った感触の原因、これだったのかよ!」


「んなっ!? こっちに靴脱いで投げてくんなよっレクス!? しかも女共、脱兎の如く逃げて行きやがったし!?」


 レイの言う通り、確かに今後う◯こを見る度に動揺するかもしれないと思う俺だった。

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