第一章3 ~サボり~

 昼前に行ったフィルたちの訓練は実践形式的なものだったが、夕方の訓練は魔法の強化に重点が置かれる。

 各々、メイであれば磁力の強化を、アリアなら発火の威力を、レイなら転移の正確さを、フィルなら感知の練度を、という具合だ。

 訓練場で昼間の四バカを発見し、熱心に練習する姿を見つけ、俺はしばらくその光景を見入っていた。


 まず視界に入ったのは普段は気弱で、人見知りなメイだ。

 メイは磁力を操ることができる魔法の持ち主で、自分自身の身体を磁石みたいにしてモノを引きつけたり、逆に反発し合うような磁力を出してモノを飛ばしたりすることができる。だが彼女の磁力はそこまで強力ではない。精々、鉛筆ほどの大きさの鉄の棒を操れる程度だ。

 どうやら少しでも磁力を鍛えるため、その質量の限界値である鉄の棒を地面に落とさないように引き寄せたり、逆に飛ばしたりを何度も繰り返している。


 そのメイの近くでは闘争心が激しく、負けず嫌いのアリアが額に汗を滲ませながらサッカーボールほどの石と格闘を繰り広げている。

 アリアの魔法は発火だ。とは言っても、火そのものを操れるわけではない。あくまで一瞬爆発するような感じで激しく発光しながら一瞬火が爆ぜるだけだ。なのでその爆発力を高めるために、少し大きめの石に向かって何度も発火を繰り返し、石を破壊しているらしい。たしか本人は一日五個破壊するのがノルマだと言っていた気がする。


 アリアが格闘している奥ではなぜか片足立ちをしながら、両手に大事そうに持った硝子コップを頭上に翳しているレイの姿があった。相変わらずミステリアスというか、予想の斜め上をいく子である。あのポーズには何か意味があるのだろうか。

 レイは転移(テレポート)の魔法の使い手だ。恐らく、素早く、かつ正確に自分の思う場所にコップを転移させる練習なのだろう。掌サイズのコップを用意し、それを自身の転移可能範囲ギリギリの三十二メートル四方に置かれた机の上に音を立てずに転移させるという訓練を繰り返している。ポーズは謎である。


 最後に女の子たちとは少し離れた場所で、木刀を持った大人三人に囲まれているフィルを発見する。集団リンチだろうか。明朗快活で、猪突猛進な元気な男の子ゆえ、空気が読めない節があるため、訓練と称してイジメられていないか心配になる。

 だがフィルの魔法は感知だ。相手の敵意などを朧げに読み取れるというものであるため、フィルはそれをより鮮明に感じれるように目隠しをして、剣技の訓練をしている人と相対ているのだろう。攻撃が当たらないように素早く相手の動きを感知する訓練……うん、きっとそのはずだ。


 他にも昼前の訓練で魔法の鍛錬に費やした者は武術を、逆なら魔法をという具合に訓練を行う人たちが多数いる。

 どの訓練法を見ても、ちゃんと利にかなった訓練が的確に行われている。

 それもそのはずだ。この訓練の時間や魔法の強化法は俺の姉であるエルが提唱したものだ。今では村の日課になるほど、そしてその練度もわりと高度なものになりつつある。

 横暴で粗野で快楽主義者と、とんでもない三拍子が揃った姉ながら、むかつくほど有能なのは確かだ。


 現に数年前まではただ魔法をぶっ放す作業的な訓練だけで、大した魔法強化の向上は見られなかった。だがミアが二年前に魔法の威力や正確性、範囲の拡張など、的を絞った訓練を教えたことで効率的に魔法が強化され、今では王都で働いても問題なく暮らしていけるレベルの人も多くなっている。

 武術に関してもそうだ。最初は素人知識で槍を木に突き立てたり、とりあえず剣を振るうばかりであったが、今はちゃんとした型や振り方を何度も反復している姿が見受けられる。これもエルが村人に仕込んだものだ。


 訊く話では、王国騎士の伝統的な型や素振り法らしいが……。そんなものを辺境の村人に教えても大丈夫なのだろうか、と思わない訳ではない。

 うん、でもまぁ、深くは追及すまい。触らぬ神に祟りなしである。

 面倒事に巻き込まれるのはゴメンだし、何より皆一生懸命だ。それを邪魔するようなことを言うほど、俺は邪推ではない。

 それにエルの訓練法のおかげで、去年のエルト村での農作物や家畜に対する魔物被害は初のゼロが達成されたのだ。結果だけ見れば、何ら問題はないし、むしろプラス効果の方が大きい。

 畑や家畜が魔物に潰されて、ひもじい思いなんて誰だってしたくはないだろう。


「はぁ……こういのを見ると、俺はつくづく姉貴には何一つ敵わない気さえしてくるな。まぁ、そもそも張り合うこと事態が間違いだけど」


 エルは現在、王都にあるとあるギルドに所属しているらしい。

 らしいと言うのは、自由奔放な正確なため、既にギルドなんて辞めて冒険者にでもなってる可能性も否定しきれないからだ。

 実際、一時期は王宮の騎士として名を馳せていたことがあるのだが、性格上堅っ苦しい規律があるのを好まないため、騎士になって一カ月で辞めてしまっている。


 身体能力に恵まれ、魔法は理不尽なほど凶悪で、頭もキレる。

 騎士になるべくしてなったような強さを持つというのに、それを放り出すとは。小心者の俺にはそんな安泰な人生を送れる職業を捨ててしまうなんて考えられない。

 度量の違い、器の深さの違いというやつなのだろうか。


 手紙を送ってくるのと、一年に一度は帰ってくるのでその時にしか話すことはないが、家族であることを贔屓目に見ても天才という部類の人間なのは間違いないだろう。

 我が姉に親の遺伝子のいいところだけを全て持っていかれた気分だ。


「おう、レクス。おめぇ、訓練もせずに何やってんだ」


「ん? 嗚呼、おっちゃん。いつものサボりだよ。昼間は四バカ相手にしたからな」


 しばらく訓練場を覗いていたが、さすがにじろじろ見ては邪魔になるだろうとその場を後にし、村を当てもなくぶらぶら歩いていると背後からしゃがれた声が飛んでくる。

 振り返るとそこにはタオルを首にかけ、服が泥だらけの男が立っていた。白地のTシャツの上からでも判るほど筋骨が発達し、巨漢とまではいかないものの、それに近いぐらいの大柄な男。髭面で、見た目からは四十代半ばとは思えないほど、若々しい活発なイメージが先立つ。

 おっちゃんという愛称で子供たちから呼ばれる男――ゲオルは、俺の隣に立つと背中をバシバシと叩いてきた。


「ごほっ、げほっ。な、なにすんだよ」


「お前、またエルのこと考えてたろ」


「別に……そんなんじゃねぇよ。俺のお姉様は凄いからな。張り合うのなんて当の昔にやめてる。無駄だって判ってるからな」


「んじゃあ、魔法のことか」


「…………」


 図星を突かれ、苦虫を噛み潰したような顔をゲオルに見せつけてやる。

 ゲオルは破顔し、豪快に哄笑を上げながら「なんだ、図星か」と笑い飛ばす。

 さすがフィルの親父である。相変わらず空気の読めない男だ。


 俺は溜息をこぼしながら訓練場を横目に見やる。

 どうして俺が夕方の訓練に参加せず、こうして無駄に時間を浪費しているのか。それは俺がこの村で唯一、魔法を使えない人間であるからである。

 本来なら俺くらいの歳で使えないなんてことはありえないのだが、生きてきて十六年、一度も魔法を使ったことがなかった。


 俺がこうして夕方の訓練をサボっているのは、一重に魔法の練習をする必要がない、というか、できないからだ。

 だったら剣術の修行をしろよ、とも思うかもしれないが、そこは姉が天才である。そんな奴と日々過ごしていた時期があったのだ。修行相手にボコ殴りにされるのが厭で、必死に剣技を練習した結果、姉がいなくなってからは村一剣を扱うのが上手いことになっている。


 そのため村の中でこれ以上強くなっても、まず目標がないのだ。姉がいた時は生死が掛かっていたため必死だったが、平穏が訪れた今、目標もなく、ただ強くなろうとするのはわりと精神的にキツいものがある。


 それに村一剣の扱いは上手くても、仮にこれ以上強くなっても、意味がないという理由もある。

 どういことかというと、魔法を使える人たちとの戦闘では俺は八割方負ける。剣と銃だったら、遠くからでも相手を殺傷できる銃に軍配が上がるのと同じで、遠距離、中距離系の魔法をくらえば、どんな達人でもひとたまりもない。仮に近距離魔法を扱う連中とやっても同じだ。同じ武器を使っても、それを強化ができるのとできないのとではやはり差が生まれる。

 魔法を使えないというのは、それだけでかなりアドバンテージを背負うことになるのだ。


 それに加え、村周辺の魔物駆除だって、俺は魔法が使えないから基本行かせられない。行ったとしても、剣を持っているのに後方で立たされるだけだ。

 だから強くなる意味すらない。ゆえに昼前か、夕方の訓練のどちらかは参加するが、それ以外はこうしてサボって、若者の贅沢な時間を無駄に浪費してみているのだ。

 そんな俺によく話しかけてくるのがおっちゃんだ。たぶん気を遣ってくれているのだろう。


「心配するこたぁねぇって。俺なんか魔法は確かに使えるが、見ろ」


 そう言って、ゲオルが地面に手をつき、少し力む。すると目の前の地面が少しだけボコッと突出した。


「な? ヘボいだろ。俺の魔法はいわゆるハズレってやつだ。おめぇが教えてるガキんちょ共の方がよっぽど将来性がある」


「将来性ねぇ。そういう意味で言ったら、俺はその土を隆起させることすらできないんだ。将来性はないだろ」


「バーカ。おめぇ、知らねぇわけじゃねぇだろ。俺たち人間には必ず魔法が備わってる。例外はねぇ。なら、おめぇにも何かしらの魔法はあるはずだ。少なくとも俺よりかはマシなものがな」


 元気づけようとしてくれているのか、ゲオルは豪快に笑いながらまた背中を叩いてくる。

 確かにこの世界にいる人間には必ず一人一つ魔法が備わっている。

 だがゲオルは例外はないと言ったが、何かしらの病気で魔法が使えなくなるという病は存在する。

 気づかずに俺がそれに罹患している可能性もなくはないだろう。


 なにせ、普通であれば物心つく頃には大方魔法が使えるようになっているはずなのだから。

 どんなに遅くとも小学生の年齢を越えるまでには、誰に教わるでもなく、最初から備わっていたかのように自然と扱えるはずなのだ。


 一度、エルト村唯一の薬師であるミリアの祖母に診てもらったこともあったが、判らんと言われ突っぱねられた。

 あのクソババアめ。本当に医者なのか。


 とはいえ、ゲオルと話していると少しだけ気が楽になる自分がいるのも事実だ。

 ゲオルも自分自身で言っていたように、魔法には当たり、ハズレがある。姉貴のように騎士に上り詰めるほど恵まれた魔法を持つこともあれば、ゲオルのように何の役に立つか判らない魔法もある。

 そういう意味では当たりなのか、ハズレなのかまだ判らない俺の場合、まだ将来性があると思えてくるのだ。

 そんな矮小な自分に嫌悪はするが……。

 

 だが別に将来が暗いわけではないのだ。ただ魔法が使えないからこの村に残る以外の選択肢しかないだけ。自分で将来を選択できないだけである。

 一応村長の息子だし、親父のあとを継げば生活していく分には困らないだろう。

 人生をまったり、村の皆と過ごすのも悪くない気がする。


 ミリアも残るみたいだし、あわよくば結婚でもして……って、前世記憶の中の俺もなんか似たようなことを考えていた気がする。

 転生しても根っこの部分は変わらないってことか?

 いや、前世とかまだ信じてないけど。


「要は考え方だぜ、レクス。おめぇにはおめぇにしか出来ねぇことがあるし、それにまだ十六だろ。四十過ぎのおっさんじゃ、人生これから変えようと思っても上手くいかねぇ。でもおめぇはまだ若ぇんだ。人生これからだぞ」


「……そうだな。そうだよな。おっちゃん、ありがとな」


「なんだよ。俺は何もしてねぇだろ。それに俺はサボり仲間に声かけただけだ」


 夕日が沈み始めるのを見ながら二人で笑う。

 ゲオルが泥まみれなのは、訓練のせいではなく、どうやら畑を弄っていたかららしい。

 魔法が使えるのにサボりとは、悪い奴め。後で嫁さんに報告しておこう。

 ゲオルが後で嫁さんにボコボコにされる未来が視える気がした。

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