第14話 望郷

教会に帰った後、俺は事情を話しハムナにお金を渡した。事情と言っても殴られた事とかは省いてだが




昼飯を食べた後、気分が優れないと言うシーナを教会に置いて俺は町の外に出た




少し汚れてしまったパンツを洗うのと同時に心を鍛える為だ




テムラに殴られ、レギンに睨まれて俺は何一つ出来なかった・・・巨大なクマを倒せていい気になってたかもしれない・・・力があっても使えなければ意味が無い




でも、心を鍛えるってどうすんだ?




と、悩んだ挙句に出した答えは若干トラウマにもなっているあの場所・・・




パンツを洗い終えた俺は生乾きのパンツを履いて、いざ森の中へ




そして辿り着いたのはあの落とし穴




下にはまだ犬っころが餌が落ちて来ないかと待ち構えてるはず・・・あの時は逃げてしまったけど・・・今の俺なら逃げずに撃退出来る・・・はず




しかし、複数の相手にどう立ち向かうか・・・落とし穴を前にして考えているとそんな場面があった事を思い出した




あれは無双シリーズの最新作をやってる時・・・普段はバッタバッタとやっつけているから気にした事がなかったが、最新作は敵が急に強くなって追い込まれる場面が多々あった。スキルブッパで抜けれる時もあったが、スキルも使えず、槍一本で突破しなければならない時・・・俺は切り抜ける為にある策を用いた




壁を背にして正面からの敵に集中する




こうすれば後ろからの攻撃は気にしなくていい。壁を背にして槍を振れる違和感はこの際無視して、あの戦法で犬っころ達を撃退しよう




俺は大きく息を吐くと落とし穴へと自ら飛び込んだ






着地の瞬間だけ浮くようにしてなるべくMPを保存・・・森の中も痛みを我慢してなるべく念動力は使わずにきた




この落とし穴の中でMP切れを起こしたら死も同然。笑管理にだけは気を付けないと




すると奥の方から獣臭がした・・・どうやらさっそく嗅ぎつけてやって来たらしい・・・パンツを洗って正解だったな・・・下手すればアンモニア臭で寄ってこなかったかもしれん




ゴクリと唾を飲み込むと、徐々に姿を現す犬っころ達・・・相変わらず凶暴な顔をしてやがる




《また来たのか・・・肉よ・・・》




あん?誰が肉だコラ!・・・って。え?・・・犬っころ・・・喋った?




《ここは我らが縄張り・・・それを侵すにはそれ相応の理由があるのだろうな・・・肉よ》




犬っころ達が左右に分かれると奥から犬っころの倍近い大きさの犬っころが登場した。コイツが喋ってんのか?




「に、肉言うな・・・アタルって名前が・・・」




《名などどうでも良い・・・我の質問に答えよ》




目の前の巨大な犬っころが鼻にシワを寄せると風が吹いたように感じた・・・そして、俺の奥歯がカタカタと鳴る・・・あれ、俺・・・ビビってる?




「あ・・・」




言葉が出ない・・・ジリジリと近づいて来る巨大な犬っころに俺は後退りし、いつの間にか壁際まで追い詰められていた・・・さ、作戦通り




《言葉も話せぬのか・・・所詮は肉か・・・》




うるせえ!・・・怖くなんか・・・怖くなんかないぞ!




《この前は見逃してやったが・・・今回は逃がしはせぬ!》




は、速い・・・地面を蹴って飛びかかってくる犬っころになんの準備も間に合わない俺・・・食われる・・・そう思った瞬間、全力で念動力を犬っころにぶつけた




少し犬っころの巨体が震え、押し戻す事に成功・・・だが、全力の念動力でただ押し戻しただけ・・・格が・・・違い過ぎる・・・




《妙な技を使う・・・魔法ではないな・・・》




警戒してか犬っころは俺から距離を取り左右に動く・・・対抗手段は『理力斬』だけ・・・でも・・・躱されたら・・・




ゴクリと喉を鳴る・・・犬っころは目を細めてタイミングを見計らってるみたいだ




こうなったら最後の手段・・・




「シュワッチ!!」




俺は一目散に地上へと飛び上がり地上に出た。三角飛びをしなくても一気に飛び上がれる自分の成長に驚いた・・・火事場のクソ力ってやつか・・・




《逃げるか・・・肉よ・・・》




「ばーかばーか!やってられるか・・・え?」




落とし穴の中を覗き込みながら犬っころをバカにしてると、犬っころの顔がどんどん大きくなる。腰が抜けてへたり込むと犬っころは落とし穴から出て来て俺の顔をベロリと舐めた




《我の流儀に反するから食わずにやるが・・・食われたくなったらいつでも来い・・・肉よ》




犬っころは言うと落とし穴の中に消えて行き、残された俺はただ呆然とその場に座っていた




アイツらはわざと落とし穴の中に居て、獲物が落ちて来るのを待っているんだ・・・決して外に出れない訳じゃない・・・それなのに俺は・・・




トラウマを克服するつもりが、もっと大きなトラウマを植え付けられてしまった・・・もう日本に帰っても犬派には戻れない・・・今日から猫派だ




股間の辺りを見てまた川に行く為に立ち上がろうとするが、足が震え上手く立ち上がらない。行きよりも倍近く時間がかかり川に到着・・・サッとズボンとパンツを脱いで洗濯する




「はあ・・・帰りたい・・・」




こっちに来てから初めて弱音が出た




対能に追いかけられて、研究所に入り込んで、異世界に来て・・・何とか言葉も覚えたし、魔物も討伐した・・・あんな大きいクマを倒したのに・・・ゴブリンだって2体倒したのに・・・俺は全然強くなんてなってなかった・・・




多分テムラだって・・・あのレギンだって・・・犬っころだって超能力を上手く使えれば勝てるはず・・・それなのに俺の心が弱いばっかりに・・・








教会に帰るとシーナに怒られた




帰るのが遅いと説教されていたが、何かに気付いたのか急に黙り込む




恐らく俺があまりにも情けない顔してるから呆れたのだろう




俺は食事もとらず部屋に引き込むとベッドに横たわる・・・今更になってテムラに殴られた所がしくしくと痛み出した




天井を見つめるとボヤけている・・・それが涙のせいなのは知っているが拭かずに溢れるまで放っておいた・・・その時






・・・ピカリーン☆・・・ピカリーン☆・・・ピカリーン☆・・・






マジか・・・着信音変わってるし・・・






・・・ピカリーン☆・・・ピカリーン☆・・・ピカリーン☆・・・






うるさい・・・今は出たくない・・・






・・・ピカリーン☆・・・ピカリーン☆・・・ピカリーン☆・・・






「うるさい!今は出たくないんだ!」




「ご、ごめんなさい・・・」




あれ?シーナの声・・・もしかしてノックしてた?




不味いと思って涙を拭い、急いでドアを開けるがシーナは居なかった。違う・・・シーナに言ったんじゃなくて・・・でも、なんて説明するんだ?頭の中に話し掛けたと?・・・もう・・・どうでもいいか・・・






・・・やっと出たと思ったら・・・何してんの?・・・






「うるさい・・・お前のせいで・・・くそっ」






・・・今日は・・・新たに目覚めた人が・・・居るから・・・紹介しようと・・・






「新たに目覚めた?」






・・・うん・・・私達は・・・この姿にされて・・・強制的に目覚めさせられる・・・それでも・・・反応無い人もいるけど・・・今日私と城さんの他にもう1人・・・目覚めた人が・・・






「へーへー、そうですか・・・で、その人は役に立ちそうな能力なの?」






・・・透視能力・・・






「クソの役にも立たねえじゃんか!そんなん寝かしとけよ!」






・・・おーおー、言うねえ・・・これで聞こえてんのか?・・・ヒカリちゃんよう・・・






・・・ええ・・・聞こえてるはずです・・・






「・・・男で透視能力?・・・ただのエロジジイじゃん」






・・・ハッハッハッ・・・違いねえ・・・捕まったのもよう・・・壁越しに風呂を覗いてたら・・・不審人物って事で通報されてな・・・巧くりゃあ良かったぜ・・・






「・・・もう通信切ってもらって良いですか?」






・・・おう・・・待て待て・・・ちょっとな・・・頼みを聞いて欲しいんだよ・・・






「・・・また・・・俺を殺してくれ・・・とかですか?」






・・・は?・・・殺してなんて言わねえよ・・・逆に殺して欲しいんだわ・・・ここにいる奴らと対能とか言われてるバカ共を・・・






「・・・結局・・・殺してじゃないですか・・・」






・・・ん?・・・まあ、そうなるわな・・・細けえことは気にすんな・・・






「・・・自分で・・・やればいいじゃないですか・・・」






・・・あん?・・・聞こえねえな・・・腹に力入れて喋れや・・・






「自分でやればいいじゃないですか!何でもかんでも俺に言って・・・人を殺してくれ?俺は・・・俺は日本に帰ったらアンタらと無関係に・・・1人でコソコソ生きていくんだ!もうほっといてくれよ!」






・・・おいおい・・・おめえも見ただろ?・・・俺っちの体を・・・






「知らねえよ!ドジって捕まったアンタが悪いんだろ!?自分で何とかしろよ!」






・・・ごめんなさい・・・アタルさん・・・もう通信しません・・・おうおう待てやヒカリちゃん・・・おう、聞こえてるか?アタル・・・






「・・・何ですか?」






・・・俺の名はケンってんだ・・・聞いた通り透視能力の持ち主よ・・・でな、透視能力ってのは何も服を透かして見るだけじゃねえ・・・心も透かして見れるんだよ・・・だからな・・・おめえの心も俺にはビンビン伝わってきやがる・・・






「・・・だったら・・・何なんですか?」






・・・おめえ・・・びってんだろ?・・・






「当たり前じゃないですか!こっちには魔物がいるんですよ?人食いクマや武器を持った魔物・・・人の言葉を喋る魔物・・・ビビって何が・・・」






・・・違ぇよ・・・おめえは俺っちにびってる・・・






「はあ?何で遠く離れた・・・しかも脳みそ相手にビビんないといけないんですか?」






・・・アタルさん!・・・良いって事よヒカリちゃん・・・確かに俺っちは脳みそだけの状態だ・・・多分そこらの計器をいじりゃあすぐにおっ死ぬ・・・でもよぉ・・・おめえはそんな俺っちにびってんだよ・・・






「そんな訳・・・」






・・・だったらよぉ・・・なんでおめえは俺っちに敬語なんだ?・・・年上っぽいからか?・・・






「・・・そうだよ・・・それがどうした!」






・・・違ぇな・・・おめえは物差しを待ってんだ・・・んで、測れねえ奴にはへーコラすんだよ・・・俺っちの声を聞いて・・・例え脳みそだけって分かっても・・・おめえの物差しを越えちまった・・・だから虚勢を張ってんだ・・・それがバレねえようにな・・・






「ふざけんなふざけんなふざけんな!!」






・・・おっいいね・・・そのまま物差しを壊しちまいな・・・杓子定規な考え方じゃあ・・・世の中見えねえ部分が多すぎるぜ?・・・もう城さんが限界みたいだ・・・次の機会を楽しみにしてるぜ・・・じゃあな・・・アタル・・・






勝手な事言いやがって・・・何が物差しだ・・・俺の事を知りもしないで・・・こっちの世界を知りもしないで・・・簡単に・・・身勝手に・・・










俺は・・・何がしたいんだ?




日本に帰りたい




もう無理だよ




誰か・・・助けてくれよ・・・

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