第13話 レギン

「おはよぉー朝だよぉー」




元気いっぱいのシーナの声で起きた




あれ?こんなストーカーにも慈悲を?あんた本当に天使




「ほらほら、アタルさんの大好きな激辛スープパンが待ってるよ♪」




前言撤回・・・どうやら俺をじわりじわりといじめ倒すらしい・・・小悪魔め!




部屋の外から声を張り上げるシーナの所へ行こうとベッドから立ち上がると足に激痛が走る・・・山を歩いている時より痛い・・・




「わっ!?・・・びっくりしたぁ・・・足音が聞こえなかったからまだ寝てるのかと・・・」




とりあえず浮きながら歩き部屋のドアを開けるとシーナを驚かせてしまったみたいだ




「ご、ごめん・・・足が痛くて・・・く、靴が合ってないのかな?・・・ははっ・・・」




なんで?と聞かれる前に理由を話す・・・これ以上ボロを出せば言い逃れするのが難しい・・・恐らく昨日のうそと言ったのは夕食に激辛料理が出たと言う事と短剣にキズがついていたと言う2つ・・・一昨日のは味覚障害があり、辛いかどうか気付かなかった事にして、短剣は借りてた事にすれば良い・・・ギルド登録もしたし、鍛える為にとか言えば誤魔化せるだろう




じーと俺の足元を見ているシーナ。顔を上げるとニッコリ笑って俺の手を引き1階へと誘う




どうやら怒ってはないようだが、このテンションが気になる・・・油断させてボロくずのように罵倒されるのだろうか・・・怖っ






「今日はどうします?勉強します?それとも休みます?それとも・・・」




え?何この流れ・・・激辛スープパンをなるべく表情を変えずに食べていると、シーナからご提案・・・まるで食事にします?お風呂にします?それとも・・・みたいな流れにドキドキしながら次の言葉を待った




「町の外に出ます?」




へ?外って・・・




「いや、だって・・・ねえ?」




俺は外出禁止令を出しているハムナに助けを求めチラリと見た。しかし、ハムナは俺を無視して激辛スープパンに夢中・・・お小遣いなしだ!




「昨日帰って来た時に番人さんがこの辺の魔物は冒険者があらかた倒したから安全だよって教えてくれたの・・・町にいて聞いてなかったんですか?」




ニヤニヤしながら言うシーナも可愛い・・・にしても優秀な冒険者だ事・・・そっかー川解禁か・・・川魚凄い美味いしな・・・行きたいな・・・でも




「いや、まだまだ知りたい事があるから今日は図書館に・・・」




「知りたい事?」




「あっ、いや、思い出したい事・・・」




やべえ・・・設定ブレブレだ。俺は異世界から来たんじゃなくて、あくまで記憶喪失のチェリーボーイ・・・風魔法ぽいのと名前だけは覚えてる孤独な男さ




「分かった!じゃあ今日は図書館に行きましょ!」




・・・主導権を握られている気がする・・・元々だけど、今日は特に激しいような・・・






流されるまま図書館に到着・・・いつものように図鑑で教えてもらっていたが、今日は図鑑に載っていな事を聞くことにした




「シーナ・・・この世界・・・って言ったら変だけど、種族ってどれくらいいるの?」




「種族?・・・ああ、人種って事ですか?」




シーナは机に広げた図鑑を閉じ、指を折って数えながら教えてくれた




人種は人間、エルフ、ドワーフ、ホビット、獣人に大分されている




細かく言うと人間とエルフの子、ハーフエルフだったり、獣人でも動物の種類が違ったりと様々だ




良かった・・・ホビット族にゴビットって言ったらぶっ殺されるところだった・・・




特に種族間での争いはないが、若干の縄張り意識はあるらしく、人間の作る町に来る他種族は少ないらしい




だからこの町であまり他種族を見なかったのか




そうするとテムラって野郎が連れていたエルフは珍しいんだな・・・女のエルフは是非見たい・・・そんな事を考えているとシーナに小突かれた




「今・・・変な事考えていませんでした?」




「い、いや・・・別に・・・」




鋭い・・・なんちゅう鋭さだ・・・




ついでに金の事も聞いておいた。これから稼ぐとなると、金の価値が分からないとぼったくられる可能性があるからね




お金は最小で1ゴールド・・・それで何が買えるか聞いたら大体日本円にして100円のものっぽい・・・つまり1ゴールド100円・・・ドルみたいなもんか




それ以下の物を買うとしたら、1ゴールドになるよう抱き合わせで売るんだとか・・・セントとか細かいのはないんだな




ちなみにあのローブ・・・50ゴールドもした・・・5000円かよ!さっそくぼったくられた・・・ただの布なのに・・・




俺がローブの価格に怒りを感じていると図書館に招かざる客がやって来る・・・そう・・・奴だ




「シーナ・・・ここに居たのか。お前の取り分だ」




まあ!ここに居ると分かってて来ただろうに白々しい!




テムラはシーナの前に小袋を置いた。ジャラって音がしたから金だろう・・・俺がハムナに渡されたくらいの大きさだから100枚くらいか?命懸けの仕事して100ゴールド・・・1万円か・・・割に合わないな・・・




「要らない・・・3人で分けて」




そっぽを向いて答えるシーナ・・・おやおや?これは帰り道で何かあったかな?テムラがシーナのおトイレを覗いたとか・・・有り得る・・・羨ましい!




「そう・・・言うなよ。これは正当な報酬だ。きっちり4等分に・・・」




「私は準備の時のお金も出てないし、役に立たなかったから受け取れない・・・どうしてもと言うなら教会に寄付しといて・・・行こう、アタルさん!」




と言いつつ1人で図書館を出て行くシーナ。いやいや、借りた本返さないといけないし・・・と思っているとテムラはチョマテヨと言ってシーナを追いかけて出て行ってしまった




残されたのはテムラの取り巻き2人と俺1人・・・気まずい雰囲気に耐えられなくなったのかイケメンエルフは無言で立ち去って行った




さて、最後に売れ残ったのはビジュアルなかなかの魔法使い風女の子・・・ちょっと吊り目で性格キツそうだが、どっかのアイドル集団に居てもおかしくない。胸はストーンだがな!




「貴方いい根性してるわね」




はいい?なぜゆえ根性を持ち出して来る?何かしたっけ俺・・・もしかして心読まれた?




「テムラが怖くないの?アレでも結構腕立つよ?・・・そのテムラに丸腰で挑む気?」




良かった・・・胸ストーンの事じゃなかった。それにしても、怖い、腕立つ、挑む?なぜそのような単語が並ぶか頭を捻って考えていると、魔法少女はため息をついた




「呆れた・・・覚えてないの?テムラが貴方に言ったでしょ?戻って来た時にまだ居たら討伐対象だって」




あー、言ってた言ってた。そう言えばそんな事を言ってたな。勝手に人を緊急クエストの相手にするなっちゅうんじゃい・・・って、あれってマジなの?




「それとも・・・テムラ如きじゃ武器も要らないくらい強いの?ローブの人は」




ポーカーフェイス発動・・・多分カマかけしとる・・・バレたらムチで叩かれるんだ・・・アタイの獲物を横取りしやがってーって




「・・・あー、黙っててあげる。でも今度からローブを買う時は私の馴染みの店で買わない事ね・・・バレバレだから」




!?・・・しくった・・・そう言えばこの魔法少女もローブを着ている・・・まさかあの店主が口を割ったのか?数日前にイケメンがローブを買っていった事を!




「ふふっ・・・分かりやすい。冗談よ・・・そこのお金、貴方がシーナに渡しといて・・・それは正当な報酬・・・シーナは受け取る義務がある。もし受け取らなければ貴方が貰ってもいいし、教会に寄付してもいいわ。とりあえず・・・シーナを守ってくれて・・・村の人達を助け出してくれて・・・ありがとう」




そう言い残すと魔法少女は去って行った。ありがとう?てっきり責められると思ったけど感謝されてしまった・・・まあ、あのテムラって奴に知られたらめんどくさい事になりそうだが・・・






俺は袋を懐にしまい本を戻すと図書館を出た。そう言えば魔法少女と話している時・・・俺一言も発してないな・・・コミュ力上がってそうで、そうでも無いのか?




そんな事を考えながら教会目指して歩いていると前からテムラが歩いて来る。どうやらシーナのご機嫌取りに失敗したらしく酷く落ち込んでいる様子だ・・・ざまーみろ




てか、イケメンエルフはテムラを追って行ったんじゃないのか?あの野郎・・・いたたまれなくなって逃げ出しただけかよ!




と、心の中で突っ込んでいる内にテムラとの距離がどんどん近付いてきた




どうする?路地裏に逃げてやり過ごすか?




そう思った時に嫌な記憶が蘇る




元クラスメートから逃げたからこうなった・・・苦い記憶




俺は意を決して逃げずに通り過ぎる




気付くな・・・気付くな・・・そう思ってたら・・・




「・・・てんめぇ・・・」




はい、気付かれました!




怒りの籠った瞳が俺を射抜く・・・俺何かした?ただ君の想い人の家に転がり込んで毎日図書館でイチャイチャしてるだけよ?・・・俺が君の立場なら・・・充分死刑に値しますなこれは




「ちょっと来い!」




胸倉を掴まれて凄まれた・・・俺はやっとの事で頷くとテムラは離しついて来いと言わんばかりに顎をクイッと教会とは逆の方向に向けた




こんな場面をシーナに見られたら不味いもんな・・・分かるよ、その気持ち




ダッシュで逃げたろか?とも思ったが、仕方なくついて行く




そして、お決まりの路地裏・・・ジャンプでもさせるつもりだろうか?今ならシーナの報酬があるからチャリンチャリン音するぜ?




「どういうつもりだ?俺はどっか行けと言ったよな?」




ええ、言いましたね・・・先程まで忘れてましたけど・・・




「出て行ってないって事は俺に喧嘩売ってるって事だよな?」




なぜそうなる!?どういう理屈で・・・




「今日!今!さっさとこの町から出て行け!さもないと・・・」




再び胸倉を掴むテムラ・・・掴む手が喉に当たって苦しい・・・って思ってたらタイミング悪くアレが地面に落ちた・・・




「てめぇ・・・これはシーナに渡した・・・」




いやいや・・・君のチームメイトさんから預かっただけで・・・決してパクろうとした訳じゃ・・・




「どこまで根性腐った奴だ・・・もう許さねえ!」




ひえぇ・・・待てって・・・誤解だぁ・・・ダメだ・・・声が・・・出ない




ズドンと腹に一発・・・息が出来なくなる・・・そこから怒涛の攻め・・・しかし頑なに顔面には打って来ない・・・恐らく顔面だとシーナに殴ったのがバレるから・・・くそっ・・・汚ねえ奴だ・・・




散々殴った後にペッと音がしたと思ったら、冷たいものが頭に・・・ああ・・・コイツ・・・唾を吐きやがった・・・そして俺の目の前にもうひとつの袋が落とされる・・・これって・・・




「その金は餞別でくれてやる!このまま町を出ろ・・・出なければ・・・分かってんな?」




人の言い分を聞かずに一方的に殴りやがって・・・しかも唾まで・・・俺の大っ嫌いな不良そのものじゃねえか・・・




「ああ!?なんだその目は?何か文句あんのか!?今日は完全オフだから剣は持ってねえが、てめえ如きなら素手でぶっ殺せるぞ!?」




「それは聞き捨てならないな。町の中で堂々殺し宣言か?テムラ」




「・・・レギンさん・・・」




声の方に振り返るとそこにはイケメン長髪の男が立っていた。テトラみたいな安っちい革鎧じゃなくて、テカテカのハーフプレートに身を包み、困り顔でため息をつく




「これ以上やるなら俺は止めるぞ?町を守るのは何も魔物からだけじゃないからな」




「レギンさん・・・別に俺は・・・」




「いいからさっさとそのクソみてえな殺気を引っ込めろ・・・殺すぞ?ガキ」




ヒエッ・・・さっきまでの優男風から一変・・・テムラの髪を鷲掴み、顔を近付けるとドスの効いた声で呟いた・・・俺が言われた訳じゃないのにチビりそう・・・




「す、すみません・・・」




「うん、それで良い。喧嘩もいいけど程々にな・・・町で殺しなんかあったら隊長が何を言い出すか・・・前に殺しがあった時なんて無償で町の見回りやらされたんだよ?デートの約束もあったのに・・・分かる?この気持ち?」




「は、はい・・・」




何この人・・・ギャップが凄すぎてついていけない・・・今は満面の笑みでテムラの肩を叩いてる・・・もしかして二重人格?




「・・・君は?」




ヤバい・・・俺に聞いてる・・・




「あ、アタル・・・です・・・」




「・・・ふーん・・・知らないなぁ・・・で、なんでそのアタル君はテムラにボコボコにされてるの?」




「それはコイツが・・・」




「今はアタル君に聞いてんだ・・・黙っとけ」




「・・・はい・・・」




怖ぇ・・・超怖ぇ・・・何この人・・・何なの・・・俺が向けられた訳でも無いのにテムラへの威圧でチビったんですけど!




「あの・・・俺が・・・その・・・」




「うん、あの、俺が、その・・・で?」




ひえぇ・・・イライラされてらっしゃる・・・




「その・・・教会の・・・シーナの・・・」




「教会のシーナの?何それ?」




「その・・・住ませて・・・」




「なるほど!教会に間借りしてる余所者って君の事か!噂は聞いてるよ・・・で、なんでそれがテムラにボコボコにされる理由になるの?」




噂?・・・そんな噂が・・・てか、ボコボコにされた理由って言われても・・・




「もしかしてヤキモチ?テムラはシーナ狙ってるぽかったもんな・・・だから俺も遠慮してたし」




「そ、そんなんじゃねえっすよ!」




「あ?じゃあ俺シーナ狙っていい?」




「あっ・・・それは・・・その・・・」




何このヤンキーの先輩後輩の会話みたいな流れ・・・どこの世界にもあるんだな・・・




「冗談だよ!冗談!そんな困った顔するなって・・・今俺の相手10人いるって知ってんだろ?このまま増え続けたら干からびちまうよ・・・なあ?」




俺に聞くな・・・干からびてみてえわ




「ま、そんな訳で揉め事は起こしてもいいけど、やり過ぎるなよな?お前もさっさとシーナに告っちゃえよ・・・なっ?」




「は、はい・・・いや・・・だけど・・・」




「ウダウダ言ってねえでさ・・・まあ、振られたら教えてくれよ・・・チャコが来月結婚するって言うから1人空くし・・・なんならお前んとこの魔法使い・・・エマちゃんだっけ?あの子でもいいぜ?」




「レギンさん!」




「おー、怖い怖い・・・冗談だよ・・・だけど次俺に睨み利かせたら・・・分かってんな?」




シャレにならん・・・この人・・・シャレにならんよ・・・10人の彼女の中に来月結婚する人がいるって・・・何してんの?・・・何?10人キープしとかないと死んじゃう病気なの?




やっと恐怖のレギンが笑顔で立ち去り、その後にテムラは俺の事を放っておいて無言で立ち去った。残った俺は何故か増えてしまったゴブリン退治の報酬を手に、教会へと戻るのであった


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